第1話 ようこそ、五秒前の世界へ(2/6)

「……」

 視線の集中する先には、教室の丁度真ん中辺りの席。俺とカオルは、一番後ろの席に座っているのでよく見える。

 そこには、一人の女子学生が講義中にも関わらず立ち尽くしている。

 髪型はポニーテール、顔はこの位置からじゃよく見えない。白い色の半袖に茶色いロングスカート、服の色からしてカオル程では無いが、地味な服装の学生だ。

「な、何かね君!」

 ぼーっと立ち尽くす彼女に、教授も不審に思ったようだ。誰でも変だと思うだろう。

 トイレじゃないのかと思いつつ、その子が次にどんな行動をするのか気になり、様子を伺っていると、

「……」

 無言で教室から立ち去ろうとする。

「い、いったい何なんだね?」

 教室一同の台詞を代弁してくれる教授に対して、女子学生は口を開く。

「……です」

 何か喋っているようだが、ここからでは聞き取れない。教授や、他の学生達も聞き取れなかったようで困惑している。

 彼女はそれに気づいたのか、教室全体に聞こえる程の声で言い放った。


「この世界は、もう終わりなんです!」


 彼女が、何を言っているのか分からなかった。教室内の学生達も口を半開きにしている者やクスクスと笑い始めている者達もいる。

 続けて彼女は、こう告げてくる。

「今のうちに、ご家族にお別れの電話をした方が良いかと思いますよ」

 まさか、教授やカオルよりも訳の分からないことを言う奴が居たとは、上には上がいたものだと感心してしまう。

「何だよアレ? お前の仲間か?」

「酷いよ! 私、電波属性は持って無いからね!」

 と、二人でコソコソ話し合う。

 周りの奴らも「何だアイツ」とコソコソ笑い混じりに騒がしくなっていく。

「いい加減に……」

 教授が怒鳴ろうとした時異変が起こった。

「あ……ああ……あ……」

 俺は……いや、教室の皆が唖然としたであろう。

 教授が急に動かなくなる。

 そして、体の形が変わっていく。

 何かが皮膚を突き破り、変な物が体から生えてきた。

 木?

 あれは、木なのか?

 皮膚が破れ、教授だった肉の塊が血を吹き出しながら倒れた。

「あああああああああああああああああ!」

 今度は、違う場所から絶叫が響きわたる。

 一番前の席に座っていた生徒が首を押さえながら暴れ狂い始めたのだ。よく見ると、押さえた手が異様に大きく見える。

「あ……ああ……あ……」

 そして動きを止め、そいつも体中から木の枝が生え始めた。枝の生えた肉塊は、その場に倒れる。

「う、うわああああああああああ!」

「きゃああああああああああああ!」

 もはや講義どころの騒ぎではない。

 学生達は、散り散りに教室から飛び出し、その場で嘔吐する学生もいた。

「……」

 俺とカオルは、状況が掴めないまま、その場から動けなくなってしまった。


「貴方達は、逃げないのですか?」


「え……」

 目の前に、ポニーテールのあの子が立っていた。華奢な体付きでその顔はよく見ると可愛いらしい顔立ちで、優しそうな印象を受ける。だが、覇気の感じられない、疲れ切った雰囲気が漂っていた。

「カ、カツヤ君、し、知り合いの人?」

 と、カオルに尋ねられるが、俺だって彼女のこと何て知らない。

「え、えっと……君は?」

 戸惑いながらも、俺は彼女に尋ねてみる。

 すると、彼女は目線を逸らし、

「私は……何でもありません」

 と言って、教室から出ていく。

「あ! お、おい!」

 呼び止めるが、そのまま立ち去ってしまった。彼女の横顔が少し見えたが、何故か悲しそうな表情を浮かべているようにも思えた。

 気がつけば教室内には、俺とカオルしか残っていない。一緒に放心していたカオルが、俺を揺する。

「わ、わわわ、私達も逃げようよ!」

「あ、ああ……」

 カオルの言う通りに、俺達は凄惨な教室から逃げることにした。

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