第1話 ようこそ、五秒前の世界へ

第1話 ようこそ、五秒前の世界へ(1/6)

「なあ! おい!」

 ……

「聞こえてんだろ!」

 ……うるせえな、

「お前なら聞こえているはずだ!」

 ……今、寝てんだよ。

 だから――

「頼む!」

 ……だから、

「お前の世界を救ってほしい!」

 何言ってんだよ、お前……

「俺達の思いを絶対に忘れるな!」

 ……はあ?

「ユキを……カオルを……世界を……救ってくれ!」


「……」

 頬杖をつきながら、俺は目覚めた。

 ここは俺の通う大学の教室であり、今は講義の最中だ。

 時間を確認すると、時計は十一時四十五分を示している。前に見える黒板には、四文字熟語や英数字に似た専門用語がひしめきあい、教授がそれを某RPGのセーブ呪文のように意味不明な文章を唱えているのである。

 眠気を誘う呪文に勝てなかった俺は、どうやら眠ってしまったようだ。

 やってしまったな……これでまた一歩、俺は授業内容に付いていけなくなってしまったのである。

「くくく……良い夢は見られたかしら? 愚民よ」

 隣に座っている腐れ縁の女友達が、話しかけてくる。黒縁眼鏡にくせ毛気味のセミロング、中肉中背に地味な服装で、不適な笑みを浮かべて眼鏡をクイッと持ち上げる。

 コイツは、竹人たけひとカオルと言う。

「貴方が寝ている間に獣人化する薬を投与しておいたわ……フッフッフ、もうそろそろで効いてくる頃ね。直に痛みも感じなくなるわ」

 などと、コイツも教授に負けず劣らず訳の分からないことを言ってくる。本当にそんな物を盛っている訳ないし存在もしない。それは理解しているので……俺はコイツの話を無視した。

「なんで起こしてくれなかったんだ……まあ良いや、後でノート写させてくれよ」

「フッ……」

 鼻で笑うカオル。

「対価無しで、このソロモンの魔道書を見せてくれですって? 貴方は私に物を頼める立場だとでも思って? ……そうね、対価としてこのボイスレコーダーに、この醜い雌豚! っと罵りなさい! 今晩はこれをオカズに!」

 息を荒げるカオルの額を、俺は無言で軽く叩く。この竹人カオルという女は長い付き合いだが、未だに良く分からないけど、とりあえずバカなのことは分かる。

 コイツとは、小学校の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染みだ。

 小学校では、仲良く遊び、

 中学校では、そこそこ遊び、

 高校では、クラスが違ったので疎遠となり、大学進学で奇跡的に同じ大学に通うこととなったのだが、こんな性格になって再会したのだ。昔はもっと純粋で、汚れを知らぬ子犬の様なつぶらな瞳をしていた気がする。

 長所は人懐っこく、明るく、誰に対しても態度を変えないというところ。

 短所は一言で表すとウザいということだ。

 昔から喧しい奴だったが、大学でさらに拍車が掛かった。

 話に着いていけないと言っているにも関わらず、知らないアニメやゲームの話題を持って来るし、女の子があまり言って欲しくないような下ネタも多い。カオルが言っていた鳥肌の立つ言動や口調も、最近見ているアニメに影響を受けたからだそうだ。

「あ痛ああああああぁあ! 酷いんじゃないのカツヤ君!」

 こっちの反応が、素のカオルである。

「カツヤ君は、少し暴力的過ぎやしませんかねぇ! 事ある毎に打たれてるような気がするんですが! 一応私女の子なんですけど!」

 と、頭を押さえながらカオルは訴えかけてくる。

 軽く小突いた程度のはずがオーバーリアクション過ぎてうざい。思わず手を出さなきゃ良かったと公開する。

「大学デビューしてから茶髪に染めちゃうし、これじゃただのDQNだよ! DQN! せっかく顔はちょっと格好良いのに、このままじゃ、ただのチャラ男になっちゃうよ?」

「……どきゅんってなんだよ?」

 半分ぐらい何を言っているのか分からなかったが、とりあえず俺の顔は言う程格好良くはないし、暴力を振るいたくて振るっている訳ではない。

「とにかく、お前が変なことを言わなければ手を出さないし、髪を染めたのは、高校の時よりも社交的になろうと思ったからだ。茶髪の方が接しやすい印象になるだろ?」

「ムフフ、もしかして、髪を染めれば格好良いとか思っちゃったんだ! 可愛いなぁカツヤ君……痛い痛い痛い! ほっぺ! ほっぺはダメ!」

 俺は、カオルの頬を抓り上げる。

「とりあえず、全国の髪を染めている人達に謝れ」

 俺が抓った頬を抑えながらカオルは悶絶する。が、しばらくして痛みが退いたのか……

「うひぃぃ悔しい! でも、感じちゃううう! ビクンッ! ビクンッ!」

 と、痛さと気持ち悪さを、擬音を交えて表現してくる。実際は、本当に痛みが気持ち良い訳ではなく、カオルの冗談であることは、分かっているのだが……

「頼むからもっと普通にしてくれ……そっちの方がお前……」

「何を言う! これが私の普通だ! キモいとか、もっとなじってくれても良いのよ! うふふふ」

 自分を抱くようなポーズで、涎を垂らしながらウネウネと動くカオル。

 俺は口元を引きつらせつつ、言おうとしたことを止める。どうしてこんな奴と、縁があったのかと疑問に思ってしまう。


”俺達の思いを絶対に忘れるな”


「……」

 なんだ?

 ふと、さっきまで見ていた夢のワンシーンが、突然頭の中を過ぎる。だが、どういう夢なのかさっぱり思い出せない。

「なんだ、今の?」

 とても現実味があり、今さっきまで何かが起こっていたような……

 そんなことを考えていると、隣に座るカオルが声を漏らした。

「……ねえ、カツヤ君。あれ」

 急に素に戻るカオルに、少しビビる。

 それと同時に、教室内もざわめき始めた。

 どうしたんだ?

 俺もカオルが向く方へ方へ視線を移す。

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