第17話 シュレディンガーの猫(3/4)
「さっきから言っていたことだけど、僕は基本的に外のカオルちゃんがあの大きな穴を作った犯人ではないと思っている。理由は……もう良いよね?」
大野の主張は、外のカオルの行動理念から例の下水道に出来た穴を作るはずがないと主張している。
アイツが狂人か今までの言動が嘘でない限りは、そうなのかもしれない。
大野が続ける。
「なら誰が作ったのかという話になるけど……外部犯は考えられないだろうか?」
「……外部犯」
俺の予想はまたも根底から覆された。
「ちょっと待てよ……その外部犯って」
「うん……外のカオルちゃんでないと考えるなら、他の誰かである可能性がある。今現状にね」
「結局、それは外の世界に誰かが生き残ってる話じゃねえか」
「……ああそうだよ。完全に僕の言っていることは矛盾している」
開き直ったように大野は答え、話を続けた。
「でも、人間が原因不明の疫病で本当に全滅する可能性って……本当にあり得るのかなって思っていたんだ」
「どういう……ことだ?」
「……僕達の認識が外の世界に通用するなら、海を跨いだ国々が沢山ある。地球全体がその疫病で満たされている状況なんてあり得るのだろうか?」
そんな前提の話をされても困る。
現にそうなってしまったのだから、こんな事態になっているのだ。
「そんなこと言ったって、そうなっちまったんだからしょうがない。でも、アンタは生き残りの人類がいるとでも言うんだろ?」
「その可能性は大いに考えられると思う。現に理由は分からないが、カオルちゃんは生き残りだ。彼女のように生きてはいるが、通信環境の整っていない場合だって考えられる。それに……クローン実験をしていた他の地域にも研究チームがいたはずなのに、彼女達の話では全滅しているみたいじゃないか?」
確かに、この前ユキが俺達に話した内容はそうだった。世界各国で生き残りが集まって、クローン実験を用いた人類再生を図っていた。
しかし、疫病に持ち堪えられなかった人類は全滅してしまった。
これが今までの流れだ。
大野は少し言葉にするのをためらうように間を開けた。
「もし生き残りが居たとする、その人達が……こちらに対して、善意を持っているとは限らないという可能性も考えられる」
彼の言葉に、俺は何も答えられなかった。
あくまで予測の話であって真実ではない。
だが、実際に人が生きていたとしたら良い人間である可能性は、はたしてどれほどのものなのだろうか。
どれほどの人間が、人類再形成に協力するのだろうか?
人類が絶滅し生き残った人間は、法も秩序もない世界で、善人でいられるのだろうか。
俺は少し考えるが、ふと疑問が浮かんだ。
「なあ……もし仮にアンタの言う通り人類衰退は本当だが生き残りがいて、その生き残りさん達が遠くからでもこちらに攻撃してきているとしよう。あの穴も何らかの攻撃だとする」
「……」
「でも、例の大きな穴はどうやって作ったんだ? 外国からわざわざここまで来たのかよ? それに来たのなら何処にいる? そもそもここに来れるのかって問題もある」
俺の疑問に大野はゆっくり答える。
「……確かに、どうやって此処に来たのかという問題は難しい。インターネットがあっても遠隔で施設を増設することなんて、いくら技術が発展した未来であったとしても物理的には想像が難しい。遠くから日本へ安全な方法で訪れることが可能なら、そもそも疫病なんてもので人類が衰退することだって止めることが出来る」
「否定しないんだなアンタ……」
「……ああ、その問題は確かに考慮するべきだ。根本的に無茶かもしれない」
素直に認めた大野は考えるように腕を組んだ。
しばらくし、彼は別の意見を述べる。
「日本国内なら……いや、これも同じことになりそうだ。なら考え方を変えよう、遠くから来ていなかったんだ」
「遠くから来なかったって?」
俺が言葉に詰まったの確認し、大野は目線を反らさずに続けた。
「……このクローン実験に携わった人間達の中に、あの大穴を作った人物がいる。しかも……極秘裏にだ」
大野の話に俺は頭を抱えた。
「何の為にだ……っていうか、それも結局俺が外のカオルのことが怪しいと言っている理由と変わらないだろ」
「……そうだよ。対象がカオルちゃんから違う誰かに変わっただけだよ……」
俺は溜め息を吐く。
「じゃあ、どうやってこの施設を改造した? 改造した後、ソイツは何処に行った? もしかして死んだのか?」
「……たぶん死んだのだろうね。カオルちゃんしか人類がいないのだから」
そこまで話すと、大野は俺に視線を合わせた。
「どちらにしろ話は行き詰まる……やはり、根本的に何の意図があってあの穴を作ったのかという答えを手に入れないと話は進まない」
そういうことだ。
まあ、外のカオルが作ったかどうかは、どちらも可能性としては考えられることが分かった。
カオルが作った場合は、すでにアイツが狂人になっているか、俺達は娯楽の道具になっている。
カオルでなかった場合は……何を意図として作ったかによって答えが変わる。
そんな感じで話がまとまりそうだ。
そんなことを考えていると、大野から質問がくる。
「……君はあの穴を見てきたのだろ?」
「あ、ああ……そうだが……」
「直感で良いんだ……その構造物にどんな印象を受けたか覚えていないかい?」
そんなこと言われたって、なんて答えれば良いのか分からない。
大野が付け加える。
「感じたことなら何でも良いんだ……なかったとは思うが、例えば居心地が良かったとか……そんな雰囲気で良い」
たとえがあれだが、少し振り返ってみよう。
まあ……コンクリート作りの空洞で、明らかに人工物ではあった。
「入り口付近まで入ってみて、最初は警戒していたが……途中でこの空洞が階段状の坂道になっているの気付いたら、とにかく間違えて落ちても死にはしないのだろうって気はしたよ。ロープがないと戻れはしないけど……」
「……」
「どうだ? 何か分かったか?」
しばらくした後に大野は口を開く。
「……寧ろ、そこは人が降りる為に作ってある、と思えたってことで良いかな? 僕達クローンの大きさをちゃんと熟知して」
確かにそう聞かれたらそうなのかもしれない。ただ穴を作ったというより、この俺達クローンの誰かが降りられるように作ってあったのだ。
もし、俺が見た更に奥にも安全に降りられるように整備されているのなら……
それはつまり、降りてもらう為に作られたことになる訳だ。
でも、何の為に?
何の意図を持ってして?
そもそも、降りてもらう為なら何故人目の少ない下水道にその入り口を作った?
まあ、隠す為なんだろうけど誰から隠したかった?
発見される可能性だって、あんな下水道の一角にされていたら、普通に生活をしているクローンは気付くことすら出来ないはずだ。
なら、普通ではない異常があるから作られたのか?
異常が起きた時に、俺達のようにこの箱の中を捜索する者が現れることを想定していたのか?
だが、何故俺達がそもそも捜索することを想定されてある? そんな事は、外の世界の人間が管理すべきことであって、俺達に任せることではない。
それとも外の世界の人間が管理できなくなることも想定してあったからなのか?
そうだとしても、もし仮に外の世界の人間達が今以上に生存していたとしたら、この穴の存在自体が大問題になるはずだ。
何かの拍子にクローンが見つけてしまった場合、実験に支障が起こることぐらい誰でも想像出来るはずだ。
元々は蓋がしてあったとか?
いや、どちらにしろこの箱の世界でクローン実験のことはユキしか知ることの出来ないはずの情報なんだ。
やはり、ユキがこの穴を知らないこと事態がそもそもおかしい。誰も気付くことが出来なくなる。
なら、やっぱり俺達のような箱の異変に気付いた者達に見つけてもらう為だったとしよう。
そうしたら、外の世界の研究者達はいったい何をやって……
……
「まさか……」
俺の中に嫌な予感が巡った。
外の研究者達に伝えなかった理由。
それは伝えなかったのではなく、伝えられなかったのではないか?
何故伝えられなかったのか……
伝える前に作った人物が死んだ。
あるいは……伝える間に研究員達が全滅した。
……いや、そんなことになったらタイミングがあまりにも悪過ぎる。
まるで、タイミングを見計らったように……
そこで、俺はある一つの答えをみいだしてしまった。
「もしかして……人類滅亡が完璧に予測されていたのか?」
つまりこうだ。
この穴が作られた時、少なくともこの実験に関わる人間達が全員死亡することが確定されていたとしたら……
クローンに人類再建を任せる為のシステムなのではないだろうか?
本当の緊急用の設備だったとしたら……
「いや……それでもおかしい。結局なんで、生き残りのユキやカオルが知らないんだ? これが本当に最終兵器なら、知っていないことに違和感しかない」
俺が頭を抱え始めた所で大野が話しかける。
「どうやら、君も気付いてきたみたいだね」
「何が?」
「この増設設備の理由にさ、今後間違いなく調べる価値があると思う」
そんなこと分かっている。
どちらにしろ、答えは見なければ分からない。
今度の世界の終わりは、何が何でも覗きにいかなくてはならないだろう。
中に入って、万が一穴の中から戻れなくなっても、別の箱の自分に記憶を移すことが出来る。
俺は固く決意した。
そんな所で、俺は不意に大野が何をやっていたのか気になった。
「とりあえず、穴の話は置いておこう。どんなに話しても埒が明かないことが分かった。なあ、アンタもいろいろ調べていたんだよな? 何か分かったことはなかったか?」
「……僕が分かったことかい?」
そう聞き返した大野は、待ってましたと言わんばかりに自分の作業机へと近づいていく。
「そうだ……丁度、実験したいと思っていたんだ」
そう言いながら、大野は作業机の裏を触って探り始めた。
「何やってんだよ?」
俺の質問に間を置いて大野は答える。
「……ちょっと、この作業机の裏を触ってほしい」
「机の裏?」
俺は言われるがままに、大野が触っていた机の裏に触れてみる。
「……何もないぞ?」
「いや……実は机の裏に線を一列に何本か入れたんだ。その数が何本あるか言ってみてくれないか? 傷の数を見てはダメだ」
何をしたいのか分からないが、言われてみると確かに小さな切れ目があるのが分かる。
たぶん……これは三本だ。
俺は確認し、答えを伝えた。
「……いや、1本しかな――」
「……2本だ」
「……3本だ」
「……4本……か?」
「……ッ!?」
俺はあまりの出来事に息が詰まる。
俺の声が何重にも重なったのだ。
そして、この感覚は知っている。
世界の終わりの終わりと同じ既視感。
俺はとっさに外を見る。
「どういう……ことだ?」
……だが、空は赤くない。
放課後の暖かな蜜柑色が降り注いでいた。
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「ようこそ、 の世界へ」
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