第17話 シュレディンガーの猫(2/4)

「……君と僕の推測を元に答えるなら、可能性も二つある」


 俺は黙って彼の言葉を聞いた。

「君の推測通りに行くなら、犯人は外の世界のカオルちゃんなのだろう。彼女が何かの目的で穴を作った。実験設備の改装をしたと言うことになる」

「でも、アンタは違うと思うんだろ?」

「ああ……彼女がやったと言うなら、念入りに例の穴を隠すはずだ。僕達はそれを見つけられないはずだ。彼女の考え方が浅はかだったのなら話は別だけど……」

「じゃあ、何が言いたいんだよ?」

「……外の世界にいる彼女以外の誰か」

「……え」

 俺の思考が一瞬止まる。

 大野が言ったことを理解が出来なかったからだ。

「ちょっと待て! それこそおかしいだろ? だって外の世界の人類はもうアイツしかいないんだぞ!」

「いいや、それだけの可能性って訳ではないよ……まだ彼女達以外の生存者が居た時に改装したのかもしれない。梅沢さんに報告をしていないのは、違和感があるけど……」

「あ、ああ、そういうことか……それなら、まだ可能性がある。アイツが単純に聞きそびれた話かもしれないよな」

「でも、だったら外のカオルちゃんから流石に改装の話を聞いているはずだ。だって、僕達が気付くまでは彼女達二人しかこの実験に関わっていなかったのだから」

 そうなら、やはり怪しいのは外の世界のカオルだ。

「やっぱり……外の世界のカオルが嘘を吐いているんじゃないか?」

「……嘘?」

「ああ、アイツがここを本当の世界にすること事態が嘘なんだ。アイツには何企みがあるんじゃ……」

「いや、彼女の環境と心理状況を考えれば、ここを本物にしたい彼女の願望も理解できる。嘘を吐いている可能性は薄い」

「だ、だが、それでもその可能性が……」

「外の世界のカオルが相当なサイコパスであるなら、そうかもしれない。もしくは彼女が嘘を吐くもう一つ可能性がある」

「何だよ……」

「……人類が滅亡していない可能性だ」

 俺は言葉を失った。

 その言葉は、俺達の認識を根底から引っ繰り返すとんでもないものだった。

「おい……それって……」

「……話によればこの実験場の外は、すでに荒廃した世界なのだろう。だけど……それは梅沢さんや外の世界のカオルちゃんから聞いた話であって、僕達がこの目で見た話では無い」

 その通りだ。彼奴等の言葉が真実であるという保証が無い。

 そう解釈してしまったら、つまりそういうことになってしまうのだ。

 大野は一呼吸置いて話を続けた。

「例えるなら……君は知っているかい? 古い映画なんだけど……ある男が平和で明るい日常を送っていたのだけれど、彼の人生はテレビで全てを放送されていたんだ」

 俺はその断片的な映画の情報に心当たりがあった。

「あ、ああ……俺もそれを見た記憶がある。かなり昔で、うろ覚えだがトゥルーマンなんとかってやつだろ?」

「……知っているんだね。意外だ」

「生憎、偏りがあるけど映画はそこそこに見ているんだ」

 妙な共通の話題を見つけてしまったが、今はどうでも良い。

 中学生の時に見た記憶があり、ただぼんやりと眺めていた記憶があるので本当にうる覚えだ。

 大野は無表情のまま、

「……じゃあ話が早い、その映画の展開は覚えているかな?」

 と、訪ねてくる。

 俺は記憶を絞り出しながら答えた。

「確か真相は、主人公の人生そのものがテレビのドキュメンタリーだった。ソイツは何も聞かされず、子供の時から大人になるまで日常を過ごしていたんだ。作られたスタジオセットがあたかも本当の街の中だと思ってな。そして、多くのテレビの向こうにいる視聴者達に見守られながらな主人公は生きていたんだ……」

 細かい所は覚えていなかったが、概要だけは結構覚えていた。

 そして大野がふった映画の話だが、大きな既視感を覚える。

 大野が伝えたい意図が伝わる。

 神瀬が言った虚言だ。

 シミュレーション仮説。

 この世界が小説の中である可能性を……

 自分達が虚構存在である可能性を……

「それじゃあ……アンタも、この事象全てが誰かの娯楽の為に作られたって言うのかよ?」

「……アンタも?」

「あ、い、いや……」

「娯楽……その言葉は、聞いたことがある」

 思わず口に出てしまった。大野は突っ込んでくる。

「……もしかして、神瀬に同じ事を言われたのかい?」

 お見通しだったかのような反応に、俺も隠すことはないと正直に話した。

「そうだ……まあ、違う言い回しだったが」

「……なるほど。彼女らしいよ」

 溜め息を一つ吐く。

「……彼女のように全てを信じないで否定していくのであれば、最終的に待っているのは悪意と孤独しかない」

「い、いや、別にそんな否定はしてる訳じゃ……」

「そうかい? まあ、君が否定的なのは今日に限った話ではないけど……何処かで区切りを付けなければ、誰も何も信じられなくなるよ。彼女に影響を受けたのなら、少し落ち着いた方が良い。彼女の考えは極端すぎる」

 俺は……神瀬に影響を受けているのか?

 自分はそのつもりではないが、そう言われると意識してしまう。だが、そういう大野も否定的で、しかも話が飛躍する傾向であると思うが……

 ここでそれを言ったら墓穴を掘りそうなので言わないことにした。

「わかったよ……とにかく俺の考えが本当ならトゥルーマンエンドを迎えるってことなんだな」

「まあね……それはそれで僕達にとってはハッピーエンドだよ。僕達は騙されていただけで、人類は全滅していない……」

 そう捉えることも出来るが、そんなことになったら俺は怒り狂うだろう。自分達のやっていきた事や悩んできた事が、全て無駄になるのだからな。

 ここら辺で話を区切って、俺は大野に尋ねる。

「外のカオルが嘘を吐いていた場合は分かった。それで、アンタの言っている謎の認識操作技術の可能性を教えてくれないか」

「……そうだね。それじゃあ僕の推測の話をしようか」

 大野は眼鏡の位置を調整して、俺に向き直った。

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