第16話 シュレディンガーのゴリラ(3/3)

「あれ? 佐藤君とカツヤ君って、もしかして知り合いなの?」

 俺と筋肉男を見比べるカオル。

 筋肉男は、見るからに俺へ殺気を放っていることが窺える。

「俺、ちょっと用事を思い出したわ……」

「え? 急にどうしたんですか?」

 驚くユキを無視して俺は後退りする。

「じゃ、じゃあなユキ、カオル。楽しんでてくれよ」

 俺がその場から去ろうとした時だった。

「ちょっと、待てえええええええええい!」

 その刹那、いつの間にか筋肉男が俺の背後を取り、太い腕をガッチリと俺の肩にかける。

「てめぇ……竹人のなんだ?」

「……は、はあ?」

 突然の問いに理解に一瞬及ばなかった。

 肩にまわされ、何故かそのままカオル達から俺ごと離れる。

「ダチか! それとも彼氏か!?」

「はあ!? 彼氏じゃねえよ!」

 唾を飛ばしながら筋肉は問い詰めてくる。しかも突拍子もないこと聞いてきやがった。

 筋肉は続けた。

「神瀬お嬢と親しと思いきや竹人と……しかも下の名で呼ばれいるみてえじゃねえか!」

「だ、だからなんだ! 俺とアイツはただの幼馴染みだ!」

「な、なにぃぃぃぃ!? お、幼馴染みだと!?」

 まさに漫画みたいな驚きようの筋肉は、次第に炎がたぎったように鬼の形相へと変貌する。

「蛮行の極み! 何て羨ましい奴なんだ……やはりあの時に亡き者にするべきだったか!」

「な、何言ってんだお前!?」

「俺と竹人の間を邪魔する奴は許さんぞ!」

「……はあ!?」

 とんでもない連続発言と共に、筋肉から溢れ出す殺気を肌で感じた時だった。

「ねぇねぇ、佐藤君?」

「お、おう?」

 俺達が振り返るとカオルが近づいていた。

「もしかして、佐藤君とカツヤ君って友達だったの?」

 首を傾けるカオル。

 分かっていないカオルに真実を伝える。

「いや違う、この前コイツに殺されそう……」

 俺が話そうとした時にガッと口を大きな手で押さえられた。

「ガッハッハッハッ! そうだ! コイツとはこの前の昼休みにいろいろあってな、名前も知らないまま別れちまったんだ! まさかこんな所で会えるとは奇遇だ!」

「へーそうだったんだ! 友達同士が知り合いだったなんて、こんな偶然本当にあるんだね! 凄い凄い!」

「……ッ!」

「あれ? カツヤ君は何で佐藤君に口を押さえられてるの? もしかして、そういうプレイ! しかも男同士で!」

「ッ!?」

 俺は口を押さえられながらも首を横に振ろうとするが、頭が固定されて動けない。

 佐藤と呼ばれた筋肉はガハハと笑い飛ばす。

「なーに、男同士で通じる友情の証みたいなもんだ! それより竹内、お前に聞きたいことがある」

「ん? なに?」

「お前……このひょろガリ茶髪のことが好きなのか?」

「……へぇ?」

「……もしかしてコイツと付き合っているのか!?」

「へ……へぇえええええ!?」

 厳つい顔をした神妙な面持ちの筋肉佐藤の質問にカオルは甲高い声を上げ驚く。

「つ、つつつ付き合っているか……だと!? ふ、フフフ、わ、私は人間を遙かに凌駕した存在故、人間の血と交わるなど愚の骨頂。このけ、汚れたマグルの血め!」

 いつもの謎口調が震えるカオル。

 それが通じたのかどうかは知らないが、筋肉佐藤は笑う。

「ガッハッハッハッ! 竹人が言うならそうなんだろうな! お前は嘘吐くのが下手だからな! ガッハッハッハッ!」

「く、クックック……わ、分かればよろしいのだよ……」

 謎の決めポーズを取りながらも目が泳ぎ、頬と耳を赤くして苦笑するカオル。

 高笑いする佐藤は俺を拘束しながら、もう一度彼女達に背を向ける。

 俺の口を押さえていた大きな手を彼は退かし、小声で呟く。

「良いだろう……お前等が付き合っていないことは信じてやろう……ただの幼馴染みなんだな?」

「お前は何様だ……っていうかお前、佐藤……だったか? まさかカオルに気があるのか?」

 面白くない質問だが訪ねてみると、佐藤は声のトーンを変えずに返してきた。

「気がある? 当たり前だろ、俺はこの世界全ての女の子に興味津々だぜ?」

「あ、ああ……あ?」

 一瞬コイツの言っていることが理解が追いつかなかった。

「何を言っているんだ……お前……」

「俺はな、いずれ空手で世界最強の男になる。そして、全世界の女子おなごを俺のものにする。それがこの俺! 佐藤ゴウの夢!」

 佐藤は俺の拘束を時、タンクトップから溢れ鈍く光る上腕を強調する。

「この! 筋肉でな! ガッハッハッハッ!」

 さり気なくフルネームと自己PRを伝えた佐藤ゴウ。コイツの大声でいつの間にか談話室はシーンと静まりかえり、俺達は注目を浴びていた。

 帰りたい……

 思わずカオルに聞いてしまった。

「お前……何でこんな奴と友人なんだよ……」

 失礼極まりない聞き方をしたと自覚しているが、今までにない疲れる人間とまた面識を持ってしまうことに疲労が収まらなかった。

 正反対にカオルはウキウキとしながら答える。

「前にね、マルチ制作研究部でどうしても人を増やさなきゃいけない時があってさ! その時に神瀬さんからの紹介で、佐藤君が応援で来てくれたんだよね!」

「おう! そして竹人もまさかの同じカードゲームのデュエリストだった訳だ! 俺達はそこで意気投合! こうして談話室に集まって肉体と魂をぶつけ合っている訳だ! ガーハッハッハッ!」

「そう言えば、梅ちゃんとカツヤ君は何しに来たの? もしかして一緒にデュエルしにきたのかな!」

 佐藤の言葉をスルーして、カオルは俺達に尋ねてくる。

 ずっと俺達のやりとりにたじろいでいたユキが、カオルの言葉で我に返る。

「あ、はい! そうでした。今日はちょっと部室のパソコンでいろいろと調べ物をしようと思っていまして……それで、今日は絵が手伝えないかもしれないんですよ……」

「そっか、残念だなー。わかった大丈夫だよ! でも梅ちゃんも部室に居るんだよね?」

「はい! 居ますよ! 中村先輩は休みだったんですけど、さっきほどメールで許可を得たので心配はありません!」

 ならば良しと偉そうに踏ん反り返るカオル。たぶんユキの調べたい事とは例の穴についてのことだと思う。

 自分の把握しきれていないこの世界のシステムがないか確認してくれるのだろう。

 と俺は彼女等のやりとりを見ていた所で、佐藤が――

「おいお前! ちょっと来い!」

 またしても腕を回して、俺ごとカオル達から距離を取る。

「おい!」

「何だよ……」

「あの竹人と仲良くしているポニーテールの可愛い子は誰だ?」

「は? 何なんだよ、いきなり? ユキのことか?」

「まさかお前の彼女か?」

「ちげえよ!」

 佐藤はニンマリと笑みを浮かべ、俺の背中を軽く叩いて解放する。すかさず俺は佐藤に物申す。

「お、おい佐藤! まさかユキにちょっかいを出す気か!?」

「おうよ!」

「お前節操がなさ過ぎだろ! 神瀬の尻に敷かれてるかと思えばカオルを狙ってたり、今度はユキにってどんな神経してるんだ!」

「節操が無いだと……ふざけんな!」

 佐藤は大声を上げて上腕を見せつけるようにポーズを取る。

「俺をそこらの男と一緒にするな! 俺はこの世の全ての女を愛し、守り抜く自信がある! 筋肉でな!!」

 タンクトップ越しの背筋を俺に見せびらかす佐藤。

 何なんだこの筋肉至上主義者は……

「お嬢さん!」

 間髪入れずに佐藤はユキに近づく。

「は、はい!?」

 自分に来るとは思っていなかったのか、ユキは筋肉の塊が急接近したことにより後ずさった。

「な、なんでしょう……」

 恐怖を感じた面持ちで一歩ずつ下がるユキを気にしない佐藤は、唐突に片膝を突く。

 彼が顔をユキに向けると白い歯を煌めかせ、爽やかな笑みを浮かび上がらせる。

「お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 先ほどまでの言動には似つかわしくない丁寧な口調で彼女に問いかけた。

 ユキは見るからに反応に困ったようにオドオドしている。

「う、梅沢……ユキです!」

「梅沢ユキ……ああ、なんて清楚で可憐な響きなんだ! 清楚で実に御美しい!」

 そう言って、佐藤は自身のタンクトップの胸元に手を突っ込みまさぐると、なんと胸筋の辺りから名刺を取り出した。

「俺の名前は佐藤ゴウです! まず友達から始めましょうか! 俺の携帯のアドレスも書いてありますので是非!」

「あ、あの……い、いえ、そんなお構いなく……」

 佐藤のタンクトップの裏から出てきた名刺にユキは困惑している。

 が、佐藤が半ば強引に彼女の手を取り、無理矢理名刺を持たせた。

「ガッハッハッハッ! 好きな時に連絡してもらって構いませんので!」

「は……はい……」

 ユキは名刺を持って硬直していた。

 それをフォローするかのようにカオルがユキに話しかける。

「佐藤君って面白いよね! いろいろな女の子に自家製の名刺を配ってて、持ち前の筋肉ネタで笑わせてくれるからさ! 芸人みたいで愉快な人だよね!」

「そ、そうなんですね……」

「ガッハッハッハッ! ネタじゃないぞ竹人! 俺は本気でこの雄々しい筋肉でナンバーワンを目指しているんだ! いずれお前も俺のこの胸筋無しでは生きていけない程惚れさせてやるからな! 覚悟しておけ!」

「そっか! でも大丈夫だよ佐藤君! 私は佐藤君の筋肉ネタ好きだからすでにファンだからね! もし動画配信でお金を稼ぐようになるならチャンネル登録するね! 毎日動画を見に行くから! 応援してるよ!」

「お、おう? そうか! ガッハッハッハッ! よくわからん間に、竹内の心をすでに射止めていたってことか! 気づいてやれなくてすまなかったな! ガッハッハッハッ!」

 噛み合っていない会話を聞いていると頭が痛くなってきた。

「……俺、そろそろ講義室に行ってるわ」

「え! もう行っちゃうの?」

 カオルが寂しそうにこちらへ問いかける。

「ああ……様子を見に来ただけだからな。後は皆でやっておいてくれ」

 もしかしたら、東サクマにまた会えるかもと思ったが余計な人物遭遇しただけだった。

 よくよく考えると東は漫研に行けば会えるのだ。今度行ってみるかな。

 と、今後のプランを頭の中で練っていた時だった。

「おい」

 後ろから佐藤が声をかけてきた。

「……なんだよ」

「こうしてまた会ったのも何かの縁だ。一つ忠告してやろう。夜道には気をつけろよ」

 それは俺を闇討ちするという警告なのだろうかと顔をしかめていると、カオルが代わりに返事をした。

「それって、例の不審者が徘徊しているって奴でしょ?」

「なんだそれ?」

 不審者? そう言えば、この前警察に電話した時も不審者がどうのとか言っていたが……

 カオルの言葉に佐藤は頷く。

「ああそうだ。俺と姉貴で夜に街の見回りしているから出会えれば一撃粉砕なのだが、用心に超したことはない」

 この佐藤に姉がいるのか、もしかして姉も筋肉ダルマなのかと想像してしまう。

 そんなことより、不審者のことについて気になる。

「その不審者ってなんだ?」

「さあな、正体は分からんのだが、何でも黒い甲冑を来た武者が夜な夜な徘徊しているとたまに警察へ通報があるらしい」

「……は?」

 思わずそんな声を上げてしまった。

「いやいや、武者って何だよ……いつの時代のオカルトだ?」

「俺に聞かれたって分からんわ! でもな、随分前から目撃例があるんだよ! 俺の姉貴は近所の警察官なんだ。だから近所の声を無視する訳にいかねぇんだよ」

 警察も大変だな。

 するとカオルが会話に混じってくる。

「私もその鎧武者の噂、聞いたことあるよ! 夜中に黒い甲冑を着た幽霊が屋根の上を歩いてたとか。電線の上を歩いてたとか」

「随分アグレッシブな幽霊だな。普通人が通る道とかに出てくるだろ、そういうのって。まるで猫だな。猫と見間違えたんじゃないのか?」

 少し馬鹿にしながら返事をすると、カオルも頷く。

「そうなんだよね。何か逆に人が通らなそうな所とかに出てきて、危害とかも加えてこないんだってさ。よく分からないよね」

 まあ、幽霊の話なんて都市伝説は、本当に出てくるかは別としてある意味溢れかえっている。

 立っているだけで何もしない幽霊だって聞いたことなら沢山あるさ。

「……」

 だが、少しだけ気になる。

 まあ、もし幽霊がこの世に居たとしても何か違和感がある。

 ここがということだ。

 わざわざこの小さな世界に現れた小さい幽霊であるということになる。

 何か作為的な物を感じた俺は、ユキを見てみる。

「……」

 ユキは俺と目を合わした途端、目線を反らした。本当に分かりやすい奴だな。

 まあこの場で言及するのは、カオルと佐藤が居るのであまり良くは無い。

 今度話を聞いてみるか。


 俺は分かったと伝え、三人を後にして講義室に向かった。

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