第16話 シュレディンガーのゴリラ(2/3)

「私も知っておこうと思うんです。管理している身として」

 そうなるよな。

 少し頼りない所もあるが、曲がりなりにもこの世界の管理者だ。

 俺はユキの申し出を断った。

「いいや、俺一人で行くよ」

「どうしてですか?」

「神瀬に会った時に、お前が会いたがっていたと前もって伝えておきたいんだ」

 まだ俺自身神瀬の信用を完全には得ている確証がない。ここで彼女に不信感を持たれて、彼女が持っている情報を逃す訳にはいかない。

 こんな真面目なことをユキに伝えると、一つ彼女は頷いた。

「……わかりました。なら、お願いしますねカツヤさん。私もカツヤのことはある程度信用してますから。ある程度は!」

 最後を強調しながらも、ユキは笑みを浮かべ頷いた。

 何とか丸め込めたようだ。

 しかし、少しユキには申し訳ない気分になる。後でアイスでも奢ってやろう。

「あ、そういえばカツヤさん」

「なんだ?」

「実はカオルさんに絵の件で用事があったのですが、今いないみたいですね? 何処かの講義でも受けているんですか?」

 ユキが普通の会話に戻り少しホッとしながらも、俺は答えた。

「ああ、アイツは友達と談話室でデュエってくるって訳の分からないことを言ってたよ」

「デュ、デュエ?」

「たぶんカードゲームだ。アイツ未だにそういうの好きだからな」

 そう言えばカードゲームなんて小学生以来やっていない。あの頃爆発的に流行っていて男女とはず大半の生徒達が持っていた。

 友人同士が持ち寄って一緒に遊ぶ一種のコミュニケーションツールだった。中学生の頃に学校へ持ってくる奴がいて一時期問題にもなったなぁ……なつかしい。

 ユキは納得したように頷く。

「なるほどです。確かカオルさん、私にもたぶんそのカードを見せてきた気がします。この女の子が可愛くて嫁だとか何とか?」

「まーたアイツは、興味のない人間に自分の趣味を押しつけてきたのか?」

「いえいえ、そんな押しつけ何てして来てませんよ。寧ろいろいろな世界があるんだなって教えてもらっていますから」

 まあ、迷惑をかけていないならそれでいい。アイツは空気が読めないから俺の居ない所で何をやっているのか不安になってくる。

 俺が出来の悪い妹のようにカオルの将来の心配をしていると、話を聞いたユキが少し悩んだ表情を見せる。

「そうですか……うーん、どうしましょう……」

「どうしたんだ? カオルに会いに行かないのか? 談話室の場所は分かるだろ?」

「ええ、場所は分かってますよ。この食堂の上の階ですよね? そうじゃなくて、カオルさんがお友達と遊んでいる所に行くのはちょっと気が引けると言いますか……」

 言葉を濁し目線も逸れていくユキ。

 何となく察したが、友人と親しい初対面の人間と会うのが気まずいのだろう。

 出来上がっているコミュニティーの中に入るというのは、勇気がいるものだ。俺達とはもうこうして気さくに話しているが、ユキはなんだかんだつい最近までボッチ学生だったからな。より入り辛いのだろう。

 まあ、カオルとカードゲームを嗜む友人なんだ。アイツと気の合うユキならすぐに親しめると……

「……ん?」

 俺はふと疑問が浮かんだ。

 はて、カオルにそもそも俺達以外の友人がいるのか?

 定期的にデュエりに行くカオルだが、俺はずっとマルチ制作研究部の奴らと楽しんでいるものだと思っていた。

 そうだったとしたら「友達と」ではなく「小倉と」とか「大野と」とか名前を言うと思う。

 名前を俺に伝えず「友達」と固有名詞ではなく名詞を使ってくるということは、つまり俺の知らない人物であるということだ。アイツがここまで考えているかは分からないが……

 しかも定期的に会って遊ぶ仲……

 カードゲームを女の子同士で遊ぶなんてあまり聞かないし、悲しいことにカオルが女友達と遊ぶという話題が、ユキを紹介するまで出てこなかった。

 同じ趣向の持ち主で男性である可能性が高い。絶対ではないが……

「……」

「どうしたんですか、カツヤさん?」

 俺の知らない友人……

「ユキ、俺も行くぞ」

「……へ?」

「カオルの友人がちょっと気になった」

 カオルの交友関係が気になった訳ではない

 俺の脳裏にある男が思い浮かんだからだ。

あずま……サクマ……」

 以前、中村に追い出されていたマンガ研究会の部長だ。

「あ、あの……東ってマン研の東さんですか? あの方がどうかしました?」

「ああ……カオルとよく遊ぶかもしれない人物って考えたら、あの人かもしれないって思ってな。よく、機材を借りてたしな。もしそうなら会って話をするのも良いと思ったんだ」

 さすがに世界の終わりや、今回のいろいろについて関係のない人物だとは思うが、何かあの人もいろいろ情報を持っていそうだ。

 中村が話していたメールのことも気になりはするし、関わっておくのも悪くない。

 そんなことを考えていると、ユキの口元が緩む。

「もしかして、やきもちですか? カツヤさん!」

「……はぁ?」

「カオルさんの交友関係が気になっちゃったですよね? カオルさんと男性が二人で一緒に遊んでいる。ってジェラシーを感じちゃったんですよね」

「んなわけあるか! 単純に東が居たら話してみたいのと、アイツが迷惑をかけていないか気になっただけだ」

「またまた~、そういう所はカツヤさん可愛いですよね! でも、ありがとうございます。私も一人じゃ行きづらかったので、良かったです!」

 ユキはいつもは真面目な割に、こういう他人の男女間のことは妙に強く出てくるなと思った。

「……ユキ、やっぱりお前可愛いわ」

「へぇえ!?」

「よし、行くぞ」

 最後におちょくって満足した俺は立ち上がり、荷物を抱えた。



 俺達は食堂の上にある談話室の前に来る。

 談話室の壁はガラス張りになっており、中の様子が窺える。講義を行っている時間帯であるが、次の時間を待っているのであろう学生達がチラホラと見られた。

 友人達と談話したり、ゲーム機で遊んでいたり、教材を広げ勉強していたりなど、各々有意義な時間を過ごしているのである。 

「カオルさん、見当たらないですね……」

 ガラス越しに談話室を覗き込むユキが、キョロキョロとカオルを探す。

 談話室は狭いわけではなく、ガラス越しからだと室内全てを見回すことは出来ない。

「中に入るか」

 先にカオルと遊んでいるであろう人物を確認しておきたかったが仕方ない。

 俺達は談話室に入りカオルを探した。すぐに見つかり談話室の端に設置された机へと近づいていた。

 気配に気づいたらしく、机に向かっていたカオルがすぐにこちらを向いた。

「あ! 梅ちゃん!! それにカツヤ君も!? どうしたのこんな所に?」

 笑顔に大声と生きの良いいつものカオル。手に持った何枚かのカードをヒラヒラ振ってこちらに存在をアピールしてくる。

 それに対してユキも「カオルさん!」と手を振り、互いを確認しあった。

 そんなことより俺は、カオルとカードゲームをしていた存在に目を向けると、

「なっ!?」

 その存在を認識した瞬間、あまりに予想外の人物だったことに俺は思わず声を上げてしまった。

 その人物はカードゲームに集中していたらしく手札のカードとにらめっこをしていた。しかしカオルの騒ぎに、遅れて顔を上げた。

「ああ? どうしたんだ竹人?」

 野太い声で顔を上げ、カオルを名字で呼ぶ男。タンクトップに丸太のような腕は部屋の光でテカりを見せつけていた。

 その男は細めた目線と、角刈りの角をこちらへ向けた。

 俺と目線を合わせたソイツは徐々に目と口を開いていく。


「「あああああああああああああ!?」」


 俺と男は互いに指をさし合い、談話室内に互いの驚き声を響かせてしまった。

 その男は……

 神瀬を追い掛けていた時、後ろから俺の首を絞めてきた筋肉ダルマ大男だったからだ。

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