第16話 シュレディンガーのゴリラ
第16話 シュレディンガーのゴリラ(1/3)
時間が飛んで明後日となる。
今現在の俺は食堂の窓際席で、夕方から始まる講義までの隙間時間、何度見ても変わらない晴れ渡る校舎内の景色を眺めていた。
飯を食い終わり、一昨日の出来事を思い出している。
世界の壁を壊す。
神瀬が言っていたその一言は、雷が自分に落ちたように凄まじい衝撃だった。
彼女はその方法や概要は教えてくれなかったが、その表情と声音には自信みたいなものを感じる。まあ、彼女の表情ほど当てにならない物もないのだが……
「なに黄昏れているんですか? カツヤさん」
「……ん?」
横からよく聞く声が耳に入ってくる。そちらを向くとポニーテールを揺らしたユキが荷物を抱えて立っていた。
「もしかして恋煩いですか? この前神瀬さんと会うって言っていましたし、まさかその……気になっちゃったとか。でも、ダメですよ。カオルさんが悲しんじゃいますよ」
「いろいろ突っ込みたいが、とりあえず恋煩いではない」
「えー、本当ですか? また会いたいなって顔に見えましたけどねー」
神瀬と違い可愛げのある悪戯な笑みを浮かべるユキ。そんなことを冗談交じりに、彼女は俺の横の席に座った。
「……」
何だろう。
凄くこの中身のない、すこぶるどうでも良い日常会話に心が癒やされるのを感じた。
「なあ、ユキ」
「はい?」
「お前、何か……可愛いな」
「へ……へぇえ!?」
「いや、可愛い。お前は絶対可愛い。キュートと言っても良い」
座ったユキは、椅子ごとスススと俺から距離を取った。
「い、いきなり何を言い出すんですか! わ、私はそんな気はありませんよ! それに可愛く何かありませんから!」
「どんな気だよ……いや、それにしてもお前は可愛い。この普通の感性の人間と話しているという感覚、すげぇ癒やされるよ。普通であるという有り難さを改めて実感したんだ。もっとお前は自信を持って良いと思うぞ。絶対モテるからさ」
「は……はあ……? あ、ありがとう……ございます?」
ユキを引かせながらも照れさせ、凄く複雑な表情にさせた。
何をやっているんだ俺は……
神瀬とのギャップに思わず感激してしまった。感激の思いが湯水のように口から流れ出てしまった。
まあ、コイツを引かせた所で何かある訳でもないし良いか。
「あの……カツヤさん?」
「何だ?」
「その……お疲れみたいですね? 神瀬さんとの会合……大変だったんですか?」
察してくれたらしく。ユキは何故か申し訳なさそうに眉をハの字にしながら笑みを見せる。こちらを心配してくれているみたいだ。
引かせた相手にこの慈母のような優しさで接してくる。
何だこの気を使える女子は!
やはり天使なのか?
普通の天使なのか!
ヤバイ、俺は何を考えているだ……
とりあえず話を別の方向に移そう。
「まあな、神瀬はとにかく面倒くさい奴だったよ……あれはマジで頭がおかしい分類の奴だ。意図的に支離滅裂に振る舞っている所もあるし、何を考えているか分からん」
「……それは大変そうでしたね。それで、何か分かりました? 神瀬さんについてとか、例の穴についてとか」
ユキの質問に俺は少し情報整理の間を開けて答える。
「まず、神瀬に関してだがアイツはたぶんこの件とは関係ない……と思う」
「と思う……と言うとどういうことですか? 曖昧な言い方ですね」
ユキに俺の考えを話した。
神瀬は、世界の終わりについて大野から聞いた為、知っているが記憶を継続しては居ない。
彼女はこの世界の真とやらを追い求めるだけのちょっと頭のおかしい一般人である。
彼女が見つけた地下の大きな穴は、彼女自身正体を掴んではいない。
世界の終わりが訪れた時、彼女はそこに向かい穴の真相を探っている。
彼女は俺達のような記憶を継続できる協力者を探しており、俺は彼女に捕まってしまった。
そこまで話すと、ユキがなるほどと頷いた。
「神瀬さんは、遺伝子暴走時の記憶を継続させる為にカツヤさんと交渉したってことだったんですね」
「ああ……あれを交渉と言うかはともかく、たぶんそのつもりなんだろうな」
「まるで、本のしおりみたいな扱いですね……確かに考えは面白いですが、神瀬さんが凄く恐ろしく思えます……ちゃんとお会いしたことはないので、こういうのもあれですけど……」
まあ、そうだな。
俺はアイツにとってはチェックマークみたいな物だ。
ゲームで言うところのメモリーカードとでも言えるだろう。自分がどこまでやったのかということを記憶させる媒体なのだろう。
ある意味、俺のことを信用していると言えるだろう。だが、自分の野望を実現する為に利用する道具のようにも思っているのかもしれない。
ユキが一つ頷き納得する。
「神瀬さんに関しては納得しました。そうですよね。記憶の継続をしている訳がありませんよね。でも、そうじゃないのに彼女なりに調査しているなんて凄いです。是非、ちゃんとお話してみたいですね」
凄いを通り超して頭がおかしいの域に達していると思うがな。
「ああ……今度、またアイツと一緒にいろいろ探索することになった。もう少し情報を探ってみるよ。後、俺達に協力出来ないかも聞いてみる」
「また会うんですね? 今度も例の穴の調査ですか?」
「あ、ああ……」
ユキの質問に俺は口ごもる。
次は穴ではなく、例の見えない壁の調査だ。しかも、何やら不吉なことを奴は言っていた。
世界の壁を壊す。
アイツはそう言っていた。そのことがもし本当だったら、例の見えない壁を壊すってことになる。
良いのか? そんなことをしてまずいことにならないだろうか?
ユキにこのことを報告するべきなのは分かっている。だが、これを伝えれば確実に制止させられる。
「……また、例の穴の調査をしてくる。この前は入り口辺りを調べたぐらいだったからな」
「なるほど、分かりました!」
と、嘘を吐くことにした。
やはりこの先の真実を知りたい。
すると、ユキは真剣な表情でこちらを見る。
「あの、私も一緒に行っても良いですか?」
「……え?」
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