第15話 地底の光(4/5)

 俺は落ちない程度に、大きな穴の中を覗き込む。

 ただでさえ暗いのに、その先が見えないまま飲み込まれそうな程の黒い空間が伸びていた。足下を良く見ると、ことに気づく。

「この穴はね。ある日突然現れたのよ」

 穴を覗く俺の後ろで、神瀬はバックから取り出したロープを近くのパイプに括り付けている。何重にも巻き、頑丈に結ばれていく。

「私は昔から下水道の中で遊んでいたから、この近辺の地理は理解していた。でもこの穴は本当に突然現れたの」

「現れたって……いきなり開いたのか?」

 俺の言葉に彼女は少し間を置いて答える。

「開いた……というよりも、知らない間に開いてたっていうのが正しいかしら」

「……どういうことだ?」

「私が大学に通い始めた頃、今までこんな所に穴なんてなかった。しかもこんなに深くて整備されている穴が突然出来るなんてありえるかしら?」

 そんなことを言いながらロープを巻き終えた神瀬は、バックから新たに二十センチ程のスティックのような物を一つ取り出す。それを両手で掴むと「パキ」とヒビを入れたような音を鳴らす。

「……なんだよそれ?」

「サイリウムよ。アイドルのライブとかでよく使われているのを見たことない?」

 そんなことを言いながら、緑色に発光した棒を彼女は右手に構える。

「見ていて」 

 神瀬は、徐に持っていたそれを穴の中に投げ入れた。

 重力に逆らわないまま下へと落ちていく。

 床にぶつかり衝撃で跳ね返っては、スティックが宙でクルクルと回る。

「……ん?」

 俺は目を細めた。

 緑の明かりが洞窟を照らしていき、中が立体的に見えていく。

 中はやはり斜面になっており、途中で水平の道になっているらしい。

 だが、その先はまた斜面となっており、しばらく落ちるとまた斜面になっているように思える。

 そのままコロコロと転がり始めたサイリウムは、穴の天井に隠れ見えなくなっていく。

「これは……階段状になってるのか?」

 斜面で出来た階段状の穴……確かに整備された洞窟のようにも思えてくる。

 いったい何なんだ?

 これは何で出来た穴なんだ?

 俺がぼーっとサイリウムの行き先を見届けていると、横にいる神瀬が口を開いた。

「この穴、自然に出来たとは思えないでしょ?」

「あ、ああ……」

「どう見ても、下水道の水路や地下ケーブの為に着かれた穴ではないと思う。ロープや会談も無く。完全な一歩通行。落ちたら……戻ってこれそうにないわね」

「……本当にそうなのか? ここ以外に穴はないのか?」

「いいえ」

 俺の問いに彼女は首を横に振る。

 彼女がもし嘘を言っていなければ不自然だ。下水の構造には詳しくないが、単純にこんな滑り台にも似た底の見えない坂道を作るなんて……

 しかも、間違えて落ちないように扉を付けたりもせず、上がる為の階段すらない。

 もしこれが人工物だとしたら、落ちても戻ってくる必要がないということだ。

「それじゃあ、降りてもらおうかしら?」

「……は?」

 見透かされているのかと思うほど、俺の思考の真逆を行く神瀬。

 彼女は俺の腰辺りにロープを巻き付け始める。

「ちょ、ちょっと待て!?」

「何かしら?」

「いや! 何かしらじゃない! 何で俺が降りるんだ!」

 俺の抗議を軽く微笑んで神瀬は返す。

「ロープが届く所までで良いわ。実際に穴の中の調査を……」

「いや、そうじゃあなくてだ……こんなロープ一本で素人が降りて、もしロープが切れてで登れなくなったらどうするんだ」

「うーん……そうなったら予備のロープもあるし、それでどうしても無理そうなら救助隊を呼ばないといけないわね」

 それ以前に、いくら階段状になっているからとはいえロープがもし切れて、ロープが届かない所まで落ちたらどうしようもない。

 まず俺は神瀬を信用してはいないし、救助隊を呼んでくれる確証もない。

「ビデオカメラか何かをロープに括り付けて落とせば良いだろ」

 代替案を出すが、彼女は首を振る。

「ビデオカメラは何回も試しているけど失敗したり、ある程度の深さまでは撮れたけど限界があるの」

 彼女曰く、この穴が階段状になっていることが探索を困難にしているそうだ。

 カメラをヒモで巻き付けても途中で底についてしまい、その先へ下ろすことが出来ない。ラジコンを搭載しても距離が離れると操作不能に陥る。モーター式四駆道車輪の玩具を使っても、途中で横転して破損したり、ヒモが途中で解れたり、回収出来たこと事態が希だったらしい。

「ちょっと見てみる? 数少ない成功例の映像を」

 そう言って神瀬はビデオカメラを取り出し、その映像を見せてくれた。

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