第14話 シミュレーション仮説(3/3)
「……わかった。ここが小説の中だってことにしてやる」
「あら? もう諦めちゃったの?」
「いいや、それでも俺が俺であることには変わらないからだ」
俺は真っ直ぐ神瀬の目を見る。
「俺のことを誰かが面白がって見ていようが、この絶望的状況が誰かの娯楽の為に作られたものであろうが、俺のやるべきことは変わらない。放棄する理由なんてない」
「ウフフ……自分が誰かの手の上で踊らされていたとしても、貴方は自分を信じ続けるのね? でも、貴方の目的や守りたい何かがフィクションだとしても、貴方はこの物語を続けられるのかしら?」
「フィクションかどうかは、誰かが決めることじゃない。俺が決めることだ」
神瀬は、クスクスと笑う。
「それじゃあ、自己解決しているだけで証明出来ていないじゃない? あ、もしかして読者が見ているからこそ、そう強く主張しているのかしら?」
「ちげぇよ。アンタに言ったんだ。目の前にいる神瀬フウリにだ」
そう言って、俺は神瀬フウリの手を握った。
「……え」
神瀬も俺の唐突な行動に意表を突かれたのか、笑みが崩れ目をほんの微かだが見開いた。
「どうだ? 俺は今、お前の手を握っている。それは分かるよな?」
「……」
「俺の手の感触……分かるだろ?」
その言葉に彼女は何も答えず、じっと俺の手を見つめた。
「俺の手が温かいかどうか、それはお前にしか分からない。俺に手を握られて何かを感じたのなら、それはお前の感情だ。どれだけ心が無いと主張した所で、このアンタの感覚は嘘がつけないはずだ。この感覚は今アンタにしか分からない、アンタだけのものだ。アンタがここにいる証拠だ」
俺は神瀬を見つめ、そして投げかける。
「俺は、自分自身が本物だと思っている。アンタが本物かどうかは、アンタ自身が証明するべきだ」
彼女は分かり難いが、驚いているように思える。
そして、俺はゆっくりと言葉を伝えた。
「……例えここがフィクションだったとしても、せめてここにいる俺達だけでも……本物であると証明しようぜ」
遠くの蝉の鳴き声だけが熱されたアスファルトの上を木霊していた。
しばらくの沈黙の後、神瀬は笑いを堪えるように口を押さえて肩を揺らす。
「貴方って、中々ね」
褒め言葉かもしれないが、喜んで良いのか反応に困る。
何がツボだったのかは分からないが、静かに笑いを堪え終えた神瀬は俺握った手を優しく退かす。
「やっぱり貴方で間違っていないみたいね。私の目に狂いはなかった」
「……そうかい」
満足そうに笑う神瀬は、くるりと背を俺に向ける。
「それじゃあ、向かいましょうか」
「ちょ、ちょっと待て!?」
俺は慌てて彼女を止める。
「何だったんださっきの会話は! この世界がフィクションだってどういう意味なんだ! まさか、アンタは外の世界を――」
「気にしないで、今話したことは全部ウソだから」
「……はぁ!?」
彼女の意見の変わりっぷりに、驚きが隠しきれなかった。俺の反応をチラッと見た神瀬は――
「もしかして……さっきの私の話、信じてくれたのかしら?」
と、狐を思わせるような悪戯な笑みを浮かべた。
今更ながら分かった。
俺は完全にこの女に弄ばれているのだと、
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