第14話 シミュレーション仮説(2/3)

 風が止む。

 車の排気音が遠くから響いてくる。町中にも関わらず俺達の周りに沈黙がのしかかった。いや、それはまるで俺にだけ乗っかってきたみたいだった。

「これは、貴方……松本君が主人公の物語よ。神に選ばれた貴方が理不尽な世界の中で足掻き、もがきながら真相へ到達する為の物語」

「……」

「平凡な大学生である貴方が、勇気と希望を抱きながら葛藤を繰り返すお話なのよ。貴方の見た悲劇達が、この小説を読んでいる人達へカタルシスを生み。そして貴方の立ち向かう姿に勇気をもらえる。それがこの作品の魅力であり需要よ」

「……くだらないんだよ」

 結局、言っていることはさっきと一緒だ。

 ありもしない理屈で、俺達の居るこの世界を嘘にしようとしているだけだ。

 そんなこと、冗談でもさせるかよ。

 俺は軽く溜息交じりに答えた。

「結局それも本当かどうかなんて証明は出来ない。俺もアンタもな」

 結局は神瀬の虚言からは抜け出せない。

 どれだけ理屈で証明出来ないと言っても、が信じなければ何の意味もないのだ。

 しかし、神瀬の言葉は続く。

「それなら証明出来るわ」

「は?」

 彼女の言葉に耳を疑った。

「私が、この世界が小説の中であることを認識しているからよ。そして、貴方がこの小説の主人公であることが分かった。それが何よりも証拠になったの」

「い、いや……そんなの証明になんかなってないだろ。アンタの言葉に信憑性はあるのか? それに何で俺が主人公だってことになる? 意味不明だ」

「フフフ……貴方は妙だとは思わなかったのかしら? 貴方の周りに起きている不可解な出来事、それに立ち向かい上手い具合にことが進んだ。そうじゃないかしら? 世の中ってこんなにも上手くいくもの? 劇的な展開が意図的に作られた予定調和だとは思わなかったの?」

 彼女は、今までの俺に起きた出来事を誰かに意図的に仕向けられた物だと言いたいらしい。

「そんなこと、後から何とでも言える話だ。まさに結果論って奴だ。第一、俺達にはちゃんとした心があるだろ。何かをしっかりと感じたりする。今の空気の匂いとか、暑さとか……無駄なことだって考えられる。これが小説なら、こんな感情はいらないはずだ」

 ここにある現実を否定することなど出来るはずがない。ここまでリアルな物をどうやって偽物だと思えば良い?

 この俺の感じている物を嘘だと誰が証明出来るのか?

 だが、神瀬はゆっくりと口を動かす。

「……その感情も作られているのだとしたら?」

「……どういう意味だ?」

 彼女は目を少し細めた。

「そう思うように、貴方は作られている。物語を動かす為にね。感情なんて無くてもそう思考する動作があれば人物っていうものは作り出せるもの」

「んな訳あるか。無感情でどうやって皆暮らしているんだよ。アンタだって、今こうして俺と話しているのは少なからず感情を持って――」

「私には、感情がない」

 思わぬ言葉の一撃に俺は硬直してしまった。

「私、昨日言ったわよね? 私の正体はただのNPCノンプレーヤーキャラクタだって、私はこの小説作品の中では貴方を引き立てる役に過ぎないのよ。そして……貴方達の周りに居るお友達もね」

「……ふざけんな」

 俺は息を整え、神瀬を睨み付ける。

「なら、アンタは感情が無いとか抜かして何で笑ってんだ」

 曲がりなりにも協力してくれた奴らが脳裏を過ぎり、彼奴らが馬鹿にされているような気がしてきた。

 カオルやユキや大野や中村や小倉……

 彼奴らに心が無いなんて絶対にありえない。

 神瀬はそれでも表情を崩さなかった。

「私達は貴方の前で演技をしているに過ぎない。貴方がより良い方向に物語を進めてもらう為にね」

「私達って……いい加減にしろよ! お前の茶番に他の人間を巻き込むな! 感情は絶対にある! 俺がまさに、俺自身の感情を持っていると思っているからだ! 例えお前が無いと主張しようと、俺は俺の感情や心を感じ取れる。どれだけ否定されようとだ!」

「……貴方に感情が無いなんて、私は言っていないわ。寧ろ貴方には感情がなくてはいけないもの」

「……どういう意味だ?」

「貴方の感情は、この小説を読む読者が見る為に必要だからよ。一人称視点って聞いたことある?」

 一人称視点……

 俺は神瀬の問いに頷いた。

 中村の手伝いをしていたから知っている。

 主人公の心の声をナレーションにする手法だ。読者が主人公に共感させやすく、作品の世界にも溶け込みやすくするものらしい。

 まさか……

「俺のこの感情は、小説を読む人の為に作られたものだって言いたいのかよ……」

「ウフフ、大正解。そして、私は美人キャラというモブの一人として生まれてきた存在。こうして表面上は演技をして貴方を困らせているけど、何も考えていないの。中身は空っぽ。感情すらもただの演技よ。これがこの世界の真実。私達はただ紙の上で踊らされている人形に過ぎないのよ」

 それが正解な訳があるか。

 この俺のいる世界が小説のはずが無い。

 絶対にありえないはずだ。

 だって俺は、今のこの場に生きていると実感しているんだ。

 息を吸って、景色を見て、神瀬を見て、こうやって考えているんだ。

 今までの出来事が、全部誰かの為の娯楽なんてたまるか。

 そんな訳ない。


 そんな訳ないよな?


 誰かが俺の心の中を覗いている訳ないよな?


 誰もそこにはいないんだよな?



「……」


 ダメだ。

 また足が浮いてきた気がする。

 自分が本当はどこにいるのかを見失い始めた。



 落ち着け、何が真実かを考えるな。



 何が大切かを考えろ。


 ……。

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