第14話 シミュレーション仮説
第14話 シミュレーション仮説(1/3)
ギンギラに日が降り注ぐ土曜日の昼。俺と神瀬フウリは約束通り合うことになった。神瀬は白に水色の交えたワンピースに大きめのレディースハットをかぶり、その美貌も相まって絵に描いたような清純女性のように見えた。大きなバックを持っているのは少し異質に見えたが、そんなもの気がする余裕がない美女がそこにいた。
軽い挨拶を交わし、彼女の後ろを俺はついて行く。どこに行くのかを訪ねるが「ただブラブラと、おさんぽ」としか答えなかった。
俺はここへ来るまでの間、いろいろと世間話をしながらこの前のことを聞くプランニングを立てていた。
だが、突然先ほどの食あたりを起こしそうな意味不明の言葉を彼女は投げかけてきた。
「シミュレーション仮説って知ってるかしら?」
突然の謎質問に若干のデジャビュを感じつつ、彼女の問いを素直に返した。
「……いや、知らん」
「今この現実は、データ情報の中の世界なの」
「……はあ?」
「私達は、とある文明の知的生命体が何らかの理由でこの世界と私達を作り出した。この背景や私達の自我は何らかの目的で生み出されたこの世界の副産物でしかないの。高次元の存在の観測の為のね」
俺は黙る。
「このことが松本君に証明出来るかしら?」
まるで試しているかのように彼女は投げかけてくる。クスクス笑う神瀬に多少の苛立ちを覚えた俺は言葉に噛みつく。
「……アンタやっぱり分かってるだろ?」
今の発言は、どう考えても彼女が今のこの現状を理解しているとしか思えない。
「分かってるって?」
とぼけた口調で聞き返す神瀬に、俺は額を押さえた。何を俺から聞き出したいのか分からないが乗せられちゃ駄目だと今一度冷静になるように気持ちを入れ替える。
「何でも無い……どうして急にそんな話から始めたんだ? 理由があるんだろ?」
そう訪ねると神瀬は横顔をこちらへ向けた
「うーん、ただの世間話よ? 貴方のことを深く知りたいっていう意味もあるわ。私自身の自己紹介の意味も込めてね」
「……」
「そんなに警戒しなくて良いわ。少し聞きたいだけだから。そうね、松本君の立場上少し勘ぐらせる質問だったかもしれないし、お題を変えましょうか」
その発言が、そもそも分かった口とも言えるのだが深く噛みつくことはしなかった。
そして彼女は笑みを崩さず、新たに問いかけてきた。
「貴方は、この世界がゲームの中の世界だって言われたら信じられるかしら?」
「……はぁ?」
またも、間抜けな声が出てしまった。
「私達はテキスト情報と変数で組み合わされたデータ上の存在でしか無く、世界が終わってしまうという世界観に生み出されたキャラクタでしかないのよ」
「……」
ヤバい……マジで何言ってんだこの人。
「い、意味が分からん。突然何言ってんだよ?」
「この世界がフィクションであり、実在する人物も団体もいないのよ。私達はこの物語の中に生きていると思ってる本当は実在しない存在なのよ。つまりゲームの中のNPCってこと」
ある程度は構えていた俺だが、さっそくもうついて行けない。あまりの突拍子のない問いに言葉を失った。
それを見た神瀬の横顔は目元が隠れつつも口元は笑っていた。
「あら? 否定しないということは、やっぱりここがフィクションの世界なのかしら?」
「そんな訳あるか」
あまりにも非現実的過ぎて否定するほかない。それに対し、神瀬はわざとらしく驚いて見せた。
「あら? どうして貴方はその事実を否定出来るのかしら?」
「何が事実だ。そんなのアンタの虚言でしかないだろ」
「なら、その否定を証明してみせて」
不気味なまでに笑みを崩さない神瀬。
俺は思わずたじろいでしまった。
だが、こんなしょうもないことに押されてたまるか。
そんな反骨精神に火が付いた。
「この世界がゲームの中であるってこと事態がそもそもありえねぇだろ。それは、あまりにもリアル過ぎるからだ。飯の味も、臭いも、触った感触も、こんなにいろいろなことが出来るテレビゲームをお前は見たことあるのか? 洋ゲーでも見たことがないぞ」
「凄く発展したVR技術である可能性が考えられるわ」
「V……R?」
聞き慣れない単語に俺は聞き返した。
「バーチャルリアリティー。テレビなんかで見たことないかしら? 専用のゴーグルを付けてコンピュータで作られた仮想空間にいる感覚を味わえる代物よ」
何か最近ちょくちょく話題になっているのは知っている。確かにそんな技術でゲームが出来る時代になったらえらいことになりそうだ。
それにそんな技術がより発展した物だとしたらそんなの現実との区別なんて付かなくなっていく。
「だが、これがゲームのはずがない」
俺は神瀬に言い切る。
「これがもし百歩譲ってゲームの世界だったとしよう。そうなると、ここは紛う事なきクソゲーだからだ」
「へー……」
俺の否定に、彼女は面白そうにこちらを見つめた。気にせず俺も続けた。
「大学生の平凡な日常……いや、それを覆す異常現象はあった。だが、それはどれもこれも酷たらしいもんだったよ。あんな物、誰が望んで体験したいのかって思うほどにな」
「……」
「俺の知るゲームっていうのは、人を楽しませる物だと思ってる。だが、この俺のいる世界がとてもリアルなゲームだとしたら、あまりにも何も出来ず、理不尽で残酷だ……誰が好んでこのゲームをやっているのか分からん。少なくとも、ゾンビを銃で撃ちまくってる方がまだゲームとして成立してると思うぞ」
そして俺は断言する。
「この世界がゲームだと言うのなら、理に適ってない。ゲームとしての需要がなさ過ぎる」
正直に言うと論点をかなりずらしている。
彼女が言いたいのはこの世界が仮想空間である可能性であって、ゲームかどうかではない。
だが、俺は何となく察していた。神瀬の言うシミュレーション仮説は大野が前に言っていた世界五分前仮説と同じ証明不能問題だ。今までの経験上、この話をまともに取り合っていると何もかもが有耶無耶になっていくのが見えている。だからこっちも否定するところは否定して、互いに有耶無耶にして終わらせてやる。
「ウフフ……需要ね。ゲームであることを否定されちゃったか」
それでも神瀬は笑う。
「確かにVRはどうやってもプレイヤーがいて、そのプレイヤーが楽しいと思える世界じゃなきゃやる人なんていないわね」
「念を押しておくが、例えゲーム以外の物だったとしても、何の目的でこの世界が作られたかが分からない以上アンタも答えを出すのは不可能なはずだ。つまり神瀬さん、アンタもそのシミュレーション仮説って奴を証明するのは不可能なんだ。この会話事態が無意味なんだよ」
俺は会話を封殺した。
人生で初めて理由を並べた討論で話を終了させた気がする。
今までの俺なら間違いなく意味不明なまま流されていたに違いない。
だが、人は学習する。
この訳の分からない問題を自力で断ち切るだけの力を俺は得ていたのだ。
誰も褒めてくれないだろうから心の中で言っておこう。
嬉しくないけど、よくやったぞ俺!
だが……終わってはいなかった。
「そうね……こうなったら真実を話すしかないわね」
改まって、神瀬が俺の目を真っ直ぐ見る。
「実はね松本君。ここは小説の中の世界なのよ」
……は?
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