第13話 認識の大穴(3/4)
ユキと会話をしている最中、俺達の向かっているマルチ制作研究部から怒鳴り声が聞こえてくる。
その怒声に俺達は思わず足を止めてしまう。
「ど、どうしたんでしょう?」
「今の声は……中村先輩だよな?」
マルチ制作研究部の部長、中村トモミが、どうやら部室の中で騒いでいるようだった。
俺達は部室の近くまで寄ると、
「うわっとと!」
と、マルチ制作研究部の部室から、見覚えのない青年がヨロメきながら出てくる。
「だ、大丈夫大丈夫! そのメールは間違って送ちゃった奴だからね? だから気にしなくて良いから」
「今度スパムを送ってきたら殺すわよ」
「い、いや~スパムとかじゃなくて間違えて送っただけなんだけどな~……うわっと!?」
青年の顔の横を万年筆が通り過ぎ、ダーツのように壁に刺さってしなる。目の前の青年と俺とユキは、顔をひきつらせ硬直していると、部室のドアがから――
「次来たら殺すから」
ドスの利いた声音を吐いて、思いっきり扉を閉めた。
しばらく俺達は放心状態になりつつ、徐々に気を取り戻していく。
「あ、あの……」
「お、おい……大丈夫かアンタ?」
俺とユキが青年に近寄ると、彼は気を取り戻した様子で俺達へ顔を向ける。
「あ、ああ、うん……大丈夫大丈夫!」
ズボンに付いた埃を払い、改めて青年の容姿を伺う。
背は俺より少し高く、鋭い目つきだが口元は笑顔を見せている。短い黒髪に清潔感のある服装。俗に言うイケメンという奴だ。
「いや~、見苦しい所を見せてしまったね。面目ない」
「ああ、命が残ってて良かったな。ところでアンタはウチの部活に何か用か?」
そう聞くと青年は、少し驚いた表情を見せる。やがてまた口元が笑顔に戻る。
「もしかして、マルチ制作研究部の部員の人?」
青年の問いかけに、俺とユキは頷くと「そうかそうか!」と嬉しそうな表情を浮かべる。
「僕は、
「マンガ研究会……ああ」
カオルがよく、絵を描く為の道具を借りている場所だ。どうやらそこの部長のようだ。完全な偏見だが、マンガ研究会もマルチ制作研究部の人員のように濃い人間の集いかと思っていたが、案外普通の風貌だった。
俺は、なるほどと納得したところで東に聞く。
「それで、マン研の部長さんが何で俺等の部室から……しかも、ウチの部長と喧嘩していたみたいじゃ――」
「はは、別に喧嘩していた訳じゃないよ」
万年筆が飛んで壁に刺さって「殺す」とまで言われて、爽やかな顔をして否定されてもな……
「僕等マンガ研究会と君達マルチ制作研究部……主に中村さんは、いつもこんな感じなんだ。原因は……まあ、お互い意見の食い違いみたいな、クリエイティブな活動に対しての方向性の違いとでも言ったら良いのかな」
「……へー」
何だか、全く持って踏み込んで話を聞きたい話題だった為、適当な返事をしてしまった。
「あ! そう言えば渡しそびれてた。君達、これを大野君に渡しておいてくれないかい?借りていた物なんだ」
東がそう言うと、黒いビニール袋に中にはどうやらディスクケースに入った一枚のCDであった。
「CD? DVDか?」
「中身はエロゲーだよ。凄く僕の好みで面白かったって伝えておいて」
それを聞いて俺は固まった。やはり、この爽やかな青年も間違いなくマルチ制作研究部の奴等と同じ世界の人間だと知る。
「それじゃあ、よろしく頼むよ。松本君!」
肩を叩かれて歩き去ろうとする東。
「あ、あの!」
すると、今まで黙っていた梅沢が前に出る。
「今……何で、カツ……松本さんの名前を言ったんですか?」
「いやユキ、何でってお前……あ」
そう言えば、まだこちらから自己紹介していなかった。
何で、俺の名前を知っている?
ユキの言葉に、東は歩みを止める。少しの間制止した後に、そのままゆっくりと身体をこちらに向ける。
「……それはね」
彼の表情は、ニンマリと張り付いたような悪戯な笑みを浮かべている。そして、東は続けて、
「他のサークルの戦力をちゃんと把握しておかないと、後手に回っちゃうからね。しっかりどのサークルに誰が入っているかとは情報収集を行っているのさ」
「情報収集……ですか」
「そう! このことはあまり言わないでくれるとありがたいかな。敵を作りたくないしね。梅沢ユキさん」
彼はまた俺達に背を向け、手を振りながら離れて行った。
「……変な人だったな。何か凄く関わりたくない感じだった」
「……」
俺の言葉に、ユキは反応しない。それどころか過ぎ去る東を見つめ続けている。
「おい、どうしたんだよ?まさか、惚れたりとかして……」
「し、してませんよ! ただ……」
すると突然、ユキは頭を抱えた。
「お、おい、大丈夫かよ?」
「はい、ただ……何かを忘れている気がするんです」
何だよ忘れてるって……
今日のユキはどこかおかしい。何かを思い出しそうで思い出せない、もどかしさを滲み出していた。
「そんなに物忘れが多いなら病院に行けよ。冗談抜きで、なんかの病気かもしれないし、お前だって大変な思いをしてるんだからさ」
主に実験体にされ、あの寒さと痛みの無限地獄を味わっているのだ。精神がすり減っていくのも無理はない。
彼女は、軽く微笑みを浮かべる。
「問題ありませんよ。お医者様よりも現実に居るカオルさんに見てもらいますから。何か変異の前触れかもしれませんし」
そうだな。ユキのバックにはこの世界の神が付いているからな。
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