第13話 認識の大穴

第13話 認識の大穴(1/4)

「そんな緊張した顔をしなくて良いわ。もっと気楽にしていて」

 俺は、あの筋肉ダルマから解放され、馬と共に神瀬フウリの後を着いていくことになった。神瀬フウリと俺と馬は、校舎のグラウンドの先にある馬小屋へ入っていく。

 ここは乗馬部の所有している馬小屋らしく、何頭もの馬が居る。

 その他にも豚や鶏など、動物実験を行う学科の所有している動物達もちらほらと見えた。

「貴方は、動物は好き?」

 俺がなんとなく一匹の馬と見つめ合っていると、今まで連れていた馬を手入れをし始める神瀬フウリが訪ねてきた。彼女は目を細めつつほくそ笑みながら、俺を真っ直ぐ見つめている。

 この女が何かを探ろうとしているのではないか……そんな風に思えてくる。

「まあ……嫌いではない」

 非常に無難な返答をすると、彼女はフフフと笑う。

「そう、嫌いじゃないだけ良かったわ」

 そう言いながら、鼻歌交じりに馬にブラシをかけ始める。

 ここに来るまでの間、彼女の様子を伺っていた。緊張している訳でもなく、笑みを崩さず、非常に落ち着いていた。何を考えているのか分からず、不気味さも覚えてくる。

 相手から話を打ち出してくるようすがなく、俺は耐えきれず、訪ねることにした。

「アンタは……何を知っているんだ?」

 俺の問いかけに、彼女は表情を崩さず沈黙する。

「記憶の継続をしているのか? いや、たぶんしていないのか?」

 問うが答えず、彼女は作業を止め俺を見つめる。

「……何を隠そうとしているか知らないが、これは確定している。アンタは、記憶はどうあれ。これだけは間違いない」

 俺は続けて、自分の考えを言う。

「アンタが言ったパスワードって奴……あれは、アンタの頭の中にしかない、なんだろ?」

 少し間を置き表情を伺うが、彼女は全く動じている様子が見れない。

「……そしてその暗号は、世界の終わりでしか言わない言葉だ。つまり、アンタはんだよな?」

「フフフ」

 彼女は静かに笑う。まるで、俺の言葉に対して笑いを堪えるように見えた。

 そして、神瀬フウリはゆっくりとこちらを見た。

「あぁ……以外と早く来たのね。ちょっと予想外だったわ」

「それは……どういう意味だ?」

 俺は一気に緊張が高まる。コイツは、もしかしたら敵だったのではないのかと考えが過ぎったのだ。

「フフ、そんな怖い顔しなくていいのよ。取って食ったりなんかしないわ」

 彼女は嬉しそうに俺の目を見る。

 俺はそれでも気を緩めずにいると、彼女は小さく吐息を漏らす。

「それじゃあ、先に私の目的を言うわね。そうすれば警戒を解いてくれるかしら?」

 素直な申し出で有り難いのだが、それがまた逆に怪しさを掻き立てる。

「私と一緒にあの穴の中へ落ちてほしいの……そして、本物を……いいえ、何が合ったのか教えてほしい」

 あの穴に落ちる?

「あの穴って、世界の終わりの時に見た大きな下りていく穴か?」

 そう聞くと、彼女は少し間を置く。

「ええ、そうよ……確認の為に聞くのだけれど、穴の場所は知っているのかしら?」

 質問を質問で返される。

「正確な場所までは分からん」

「穴の先には、もう入ったのかしら?その先は?」

 質問攻めをされるが、俺は答えを続ける。

「いや……アンタがさっきのパスワードを言い終えた辺りで、体に異変が起きて意識がなくなったよ。たぶん、その後のアンタは穴の中に落ちていったと思う」

「体に異変……なるほど、そうなのね……」

 神瀬は納得したのか、面白そうに笑う。

「なあ……頼むからそろそろちゃんと教えてくれよ」

 いい加減、彼女とのやり取りも疲れてきたので率直に訪ねていく。

「アンタは、世界の終わりの記憶を継続はしていないんだよな? なら何故そのことを知っているんだ?」

 俺は一呼吸置き、最後の問いをぶつける。

「アンタは……何者なんだ?」

「……」

 彼女は笑みを崩さなかった。

 しばらく沈黙し続き、やがてゆっくりと話し始める。

「私は……ただの一般人よ」

「……は?」

「世界の終わりっていうのも見たことはないし、もちろんその時の記憶を受け継いでいる特殊な人間ではないわ……貴方みたいにね」

 今度は驚きのあまり硬直していると、彼女は腕を組み直し、話を続ける。

「そうね……簡単に言うと、ただの背景の一部……テレビゲームとかは遊んだりするかしら? 私は、いわゆるNPCノンプレイヤーキャラなの」

 やばい……

 何かこの、危ない奴と関わってしまった感覚を久々に味わってしまった。

「そして、探していたの。この作り出された世界から抜け出す勇者を……貴方は他の人とは違う。私より高次元の視点を持った存在。言うなれば神に選ばれ、神の視点を持った者よ」

 彼女の瞳に俺が写る。

 その視線は信仰する神を見つけた信者のように真っ直ぐ、瞬き一つせずに見つめ続けた。

「……貴方と取引がしたいの」

 彼女は目線を逸らさずに、話を続ける。

「私をあの穴の下に連れて言って欲しい。世界の終わりの時に。もし、連れて行ってくれたら、お礼は何でもするわ」

「……な、何でも?」

 俺は思わず聞き返すと、彼女は笑みを浮かべる。

「ええ……お金が欲しいでも良い。コネもある程度あるから就職でも推薦状を送ってあげるわ」

 彼女は、ゆったりと近づいてくる。

「私は他人から見て容姿が良いみたいだから、頼まれればお付き合いだってするわ。体だってあげても良い。奴隷にだって……」

 俺は寒気を覚え、後ずさりするも逃れられなかった。

 まるで蛇に追い込まれるように、彼女の腕はゆったりと俺の首を捕らえ顔を近づける。

「貴方の言うことなら、何でも聞くわ……ずっと」

 体を密着され、首元へ言葉を囁かれた。

「……」

 俺は何も答えられなかった。

 とんでもない美人が、目の前でとんでもないことを囁いてきたのだ。美人に免疫のない二十歳男には、あんまりな奇襲攻撃だった。

 こんな安い誘惑に乗ってはいけないのは分かっている。だが、こんなことをこんな状況でこんな美女に言われたら、もうどうしようもない。

「……これを見て」

 神瀬は密着しながら懐から携帯電話を取り出す。携帯電話の液晶画面には、神瀬と俺の顔が並んで映し出されていた。

 それはまるで、カップルのツーショットのように……

「はい、チーズ」

「……あ」

 その映像は、幾多いくたのシャッター音と共に保存されてしまった。

「うん! 良い絵が撮れたわ!」

 彼女は写真を撮るとすぐさま俺から離れ、惚れ惚れした表情で画像を見つめる。

「お、おい! 何勝手に撮ってやがる!」

 携帯電話を奪い取ろうとするが、彼女は狙ってか、ギリギリの所で俺の腕を避けていく。

「あら、どうしたの? もしかして照れているのかしら?」

「うるせえ! その写真をどうするつもりだ!」

 そう聞くと、彼女は不適な笑みを浮かべ、

「どうしようかしら? 私がやってるブログに載せるのも良いわね。私の勇者様現る……みたいに」

 楽しそうに携帯電話を抱える。

「お前……俺を脅してるのか?」

 この大学のミスコン三連覇の美女とのツーショットを公共の目に触れようものなら、作り物の世界ではあるが、今後の大学生活に支障を来す。

 注目されるのはもちろんのこと、最悪な場合、神瀬フウリの熱狂的なファンがいるなら、後ろから刺される危険性だってある。

 それを予測してか、彼女は落ち着いた声音で、

「何の事かしら? 私は脅しているつもりはないのだけれど」

 と、笑顔を崩さなかった。

「何はともあれ、貴方にもメリットがある話だと思うのだけれど? あの穴の先に何があるのか気にならない?」

 携帯電話を胸ポケットにしまいながら、神瀬フウリは話す。

 確かにあの穴の先に何があるのかは気になる。いったい何の穴なのかとか、何の為に作られたのかとか……

 そんなことを考えていると、神瀬フウリは小さく溜息を一つ漏らす。

「さて、今日はこの辺にしておきましょうか!」 

「お、おい! まだ話は終わってないぞ!」

 彼女は、勝手に話を打ち切ろうとしてくる。

「アンタが何者なのとか……何故、世界の終わりを知っているのかと、そういうのを教えてくれよ!」

「あら? 何者なのかはさっき言ったじゃない。私はただのNPCよ? それ以上でも以下でもないわ」

 それが、一番訳が分からないんだよ。

「世界の終わりに関して……記憶の継続に関しては、お友達から聞いたのよ」

「友達?」

「そうよ。フフ、それも今度お話しましょう」

 それもはぐらかされ、俺は思わず溜息を漏らしてしまう。

「いい加減にしてくれ……どうしてそこまで隠すんだ?」

「隠していないわ」

 彼女は答える。

「もっと落ち着いた所で、ゆっくり話したいの。貴方みたいな神の目線を持った人と、ゆっくりね」

 そういうと、神瀬フウリは俺の顔をのぞき込む。

「今度、一緒にデートしましょ」

「デート?」

「ええ、今度の休日にね」

 彼女は楽しそうに頷く。

「その時に、しっかり話すわ。それで良いかしら?」

「良いか悪いか聞かれたら、良くない。今は駄目なのか?」

 そういうと、彼女は少し困った表情を浮かべる。

「私、これから研究室に行かないといけないの。だから、今からいろいろ話すのは難しいわ」

 と、言われてしまった。

 真剣さが足りないんじゃないかと思ってしまうが、彼女は記憶の継続をしていないのだとしたら、私生活の……単位なんかを優先するのは当然だとも思う。

「……分かったよ。今度の休日で良いんだな?」

「ええ、楽しみにしているわ」

 彼女はニッコリと女神のように微笑む。

「そういえば、名前を聞いてなかったわ」

 今更気付かれたので、素直に答える。

「松本カツヤだ」

「そう、松本カツヤ君ね。覚えたわ」

 こうして、俺達は一時別れることとなった。

 神瀬フウリ。

 記憶の継続をしていないなら、ただの一般人なのか?

 それにしては知り過ぎている気がする。

 俺はモヤモヤしたまま、カオルとユキの所へ戻ることにした。

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