第12話 チュチュリナ・チュッチュリー(4/4)

 せみの鳴き声が響く炎天下のグラウンドは、人っ子一人見当たらない。

 そんな中、馬を引いて歩く一人の女性の姿があった。やはり、神瀬フウリで間違いない。

「おい! アンタ……」

 優雅に長い髪を揺らして歩く彼女に声を掛けようとした。

 その時……

「ウオラアアアアアアアアアアアアアアア!」

 横の草むらから、雄叫びが上がり、突然柔道着を着た大男が飛び出してきた。

「う、うわああああ!」

 不意を付かれと思う間もなく太い腕で首を絞められ、そのまま組み伏せられる。

「ガッハッハッハッ! 軟弱者め! そんな力で神瀬お嬢にお近づきになろうとは、笑わせてくれる! 恥を知れ! 恥を!」

 豪快に高笑いをしながら、俺を締め上げてくる。

「ま……待て……マジで……ヤ、ヤバ……」

 骨が軋む音と呼吸が出来ない苦しみから逃れようとするが、全く拘束が解けない。

 このままじゃ、本当に死ぬぞ……

「佐藤君? そんな所で何をしているの?」

 三途の川が見えてきた時、頭上から優しい声色が降りてくる。

 聞き覚えのある声に、俺は我に返った。

「ア、アンタは! 神瀬フウリ……さん……だよな?」

「てめぇ! 神瀬お嬢に気安く話し掛けてんじゃねえ!」

 男は、さらに首を絞めようとするが、神瀬フウリはそれを制止させる。

「その子は?」

 透き通るような声音で、俺の顔をのぞき込んでくる。

 その問いかけに、大男が答える。

「はい! 神瀬お嬢に付きまとう、いつもの輩でさ!」

「ち……が……う」

 俺が上手く答えられないことを良いことに、好き勝手言いやがって……

「お嬢、コイツの顔に見覚えは?」

「……さあ」

 困った表情を見せる神瀬フウリ。

「嘘付け! アンタとは、マルチ制作研究部の部室で会っただろ!」

「……そうだったかしら? 覚えていないわ」

 クソ! このままじゃ埒があかない。

「アンタとは……下水でも……会った」

 筋肉に首を押さえ込まれている中、声を振り絞る。

「世界の……終わりの時に……」

 その言葉を聞き、彼女は目を大きく見開いた気がした。

「貴様ああああ! お嬢が下水道なんて汚れた場所に行くわけないだろおおおお!」

「佐藤君は黙ってて」

 彼女が真剣な面持ちで大男を注意する。

 佐藤君と呼ばれた筋肉ダルマはシュンとした表情を浮かべ、俺への拘束も少しだけ緩める。

「いつ、何処でそれを見たの?」

「ゲホッ……覚えていないのか?」

 覚えていないということは、記憶の継続をしていないということになる。となると、神瀬フウリの行動はいったい……

「……パスワードは?」

 すると、彼女はまたあの質問を投げかけてくる。

「……パスワード?」

 下水道でも同じことを聞いていた。

 パスワードって、いったい何なんだ……

 しかし、今回はパスワードの後に言葉が続かなかった。

 何でだ?

 イントネーションからして、まるでパスワードを訪ねているように聞こえる。だとしたら、何故俺に聞いてくる?俺は、あんな意味不明なパスワードなんて知るはずが……

「……あ!?」

 神瀬フウリが、もし世界の終わりの記憶を持っていないとするなら……

 そのパスワードの意味は――

「……ふぅ」

 すると、神瀬は小さな溜息を漏らす。

「そう……ちょっとワクワクした気がしたのに残念ね……」

 と彼女に言って踵を返し、そのまま何処かに立ち去ろうとする。

「パスワードは……」

 俺は間違えないように例の言葉を思い浮かべ、そして叫ぶ。

「パスワードは……チュチュリナ……チュッチュリーだ!」

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