第12話 チュチュリナ・チュッチュリー(3/4)

 以前の世界の終わりで下水道に降りていく神瀬フウリを目撃し、気になり追いかけた。そして何とか追いついた場所には、さらに下へ降りることが出来る大きな穴が開いていた。

 どうやらフウリは、その穴に降りようとしていたらしく、俺は彼女を制止させようとした。そこで彼女は突然「チュチュリナー・チュッチュリー」と叫んだのだ。

 俺は事情を聞こうとした所で身体が変異してしまい、詳細を聞くことが出来なかったのだ。あらかた事情を説明すると、彼女等は悩み出す。

「その神瀬さんに、何らかの身体や精神に変異が見られた訳ではないのですよね?」

 ユキの質問に俺は、腕を組む。

「分からん……もしかしたら、そうだったのかもしれないが……それにしても、馴れた動きに見えたぞ」

「なるほど……とりあえず、事情は分かりました……確かに気になりますね」

 ユキは頷き、真剣に考え込む。

 神瀬フウリは全く躊躇無ちゅうちょなく下水道へ潜り、そしてへと向かっていった。

 空が赤くなり、多くの人々が異形な姿に変わっていく。そんな中であの女だけは平然としていた。

 常人の精神とは思えない。まるでように思えてくる。

 それが一番俺達の引っかかる疑問点だった。

 世界の終わりを予期していたのか……

 はたまた、遺伝子暴走で精神に異常を期しただけなのか……

 偶々なのか……

「……駄目だ。全然分からん」

 やはり、本人に聞くしかないようだ。

「もう一度聞くが、神瀬ってどういう人物なんだ?」

 俺の疑問に、カオルが答える。

「うーん……優雅で、優しくて凄く良い人だよ。凄いお嬢様みたい!」

「あー……すまん。性格とかじゃなくて、昔のことだ。つまり、このクローン計画発足時の現実世界の神瀬フウリだ。このは、ほとんどモデルになった人間が居るんだろ?等身大の頃の自分って奴。その時、彼女はどういう人物で、どういう立場の人間だったのか聞きたい」

 まず、彼女の立場を確認したい。

 その質問にユキは、思い出すように考える仕草を見せながら語る。

「神瀬さんは……一応この実験の研究者の一員です」

 梅沢は引っかかる言い方をしてくる。

「一応って何だ?」

「彼女も実験に携わっていたのですが……人間ではなく、動物実験の担当だったんです。この箱の中の動物達は、元は彼女が生み出したんですよ」

 動物か……

 この小さな世界にも動物は普通に居る。

 猫や犬、カラスにハトにスズメ、それに馬も居たりする。

「クローン計画において、動物実験がまず最初に行われました。その際に関わったのが彼女なんです。それと神瀬さんは人望も厚くカリスマ性もありましたので、研究者以外の避難民達のケアも一手に引き受けていました」

 この世界でも、向こう側でも、優秀な人だったようだ。

 カリスマや才能というものは、遺伝子レベルで受け継がれる物なのだろうか。

「それで、神瀬フウリはどうなったんだ?」

「動物実験から人間の実験に切り替える直前で亡くなられました……原因は疫病です」

 疫病……

 この実験が行われることになった全ての原因だ。外側の世界では、その疫病が蔓延まんえんし、人類がほぼ絶滅したのだ。

「……ん?」

 ここまで話して、ちょっと気になることが出てきた。

「どうしました? カツヤさん?」

「あ、いや、どうでも良いことなんだが、そう言えば世界の終わりの時に、この世界に居る動物達はどうなっているんだ? って思ったんだが……」

 聞くとユキは落ち着いて話してくれた。

「動物達は遺伝子暴走をしません。なので、動物達は検査と除菌をした後に再利用されます」

「再利用?」

「細胞を分解して再構成させます」

「うわー……何かミキサーに動物を入れる動画思い出しちゃった……」

 ユキの解説を聞き、カオルがエグいことを言い始め俺も余計な想像をしてしまった。

 俺達の反応にユキも困った表情を見せる。

「えっと……すいません、食事中に……良い言い方が思い浮かばなくて……不謹慎でした」

 気を取り直して、ユキは話し始める。

「外の世界で絶滅しかかっているのは、私達人間だけなんですよ……ですから、動物実験はあくまでプロセスの一部です。この箱の中の世界の動物達は、言ってみれば草や木と一緒で、我々を中心に作られた生活環境の背景に近しい扱いですから」

 動物達に対して言い方が少しアレな気もするが、改めて意識し直してみると、確かに景色の一部に過ぎないと言うのも納得してしまう部分が心の内にある。

 俺は特に動物が好きという訳でもないので、そこら辺に寝転がっている野良猫なんかを見ても「そこに猫が居る」としか思ったりしない。

 カオルは実家に犬を飼っているせいか、動物好きで何かと構いに行ってしまうが、普通興味がなければ、そこまで関わろうとはしないだろう。

 背景という言い方は、そこまで間違った言い方ではないのかもしれない。

「再構成か……」

 カオルが、自分の手の平を見ながら呟く。

「私達の命って、やっぱり作り物なんだよね……」

 何か考え深そうに、俺達に伝えてくる。

 それに対して俺は、

「何言ってるんだよ。自分は自分だろ?」

 と、返した。

 結局どれだけ自分が作り出された存在でも、自分にとって自分という存在は、自分でしかないのだ。

 俺はカオルにこの言葉を思い出さしてもらい、今ここにいる訳だ。

 それを聞いたカオルは不適な笑みを浮かべる。

「フフフ、そう! それが哲学における根元! 何者にも揺るがされない真髄なる証明!」

 眼鏡を光らせ俺達の前に手を差し伸べる。

「我思う、故に我あり!!」

 話が脱線した為、カオルの額にデコピンを入れ話を戻す。

「それにしても、人間だけが……か」

 俺の呟きに、ユキは頷く。

「はい、疫病に掛かるのは人間だけですから、動物達は今でも外の世界で生き残っているんですよ。飼い猫や飼い犬なんかほとんど野生化してます」

 まったく、人間しか掛からない疫病なんて、都合の良い話である……

「本当に聞けば聞く程、映画の中の話みたいだね!」

 カオルは他人事のようにまとめてくれた。

 俺は溜息を漏らす。

 お前も何だかんだ関わっているんだよ・・・・・・と、言いたいところだが、今この場にいるカオルにとっては関係ないのかもしれない。

 クローンであるコイツにとっては……

「現実世界での神瀬フウリの立場は分かった。それを踏まえて、今の彼女はどういう立ち位置なんだ?」

「立ち位置……と、言いますと?」

 俺の問いかけに、ユキは首を傾げる。

「例えば……俺達と同じ、記憶の継続している可能性とか?」

「……」

 記憶の継続を行える人間は、俺を含めて三人居る。

 だが、それ以上居る可能性だってある。

「言ってしまうと、あの時神瀬フウリが記憶の継続をしているかもしれないと思ったんだ。気になることも言っていたしな……さっき話したパスワードって奴だ。チュチュリナー……チュッチュリー……だったか?どういう繋がりかは分からんが、アイツからは何故か違和感を感じるんだ」

 そう言うと、ユキは不安そうに俺を見る。

「……どういう、意味なのでしょう?」

 ユキは、素直に悩み始め、さらに続ける。

「パスワード……記憶の継続……全然神瀬さんとの共通点が見えてきませんね……」

 そして、彼女はこちらに向き直る。

「彼女が記憶の継続をしている可能性は聞いた限り、確かにありそうですね。その場合、私の予想しているは瓦解します」

 俺達の抱えている問題の一つとして記憶の継続という現象がある。

 彼女の言う魂論とは、記憶の継続の理由として上げられた推測の一つだ。

 ユキは記憶の継続の原因が、魂に影響しているのではないかと考えている。俺とユキ、そして大野はこの街の外、つまり現実の世界に等身大の身体が存在するそうだ。

 疫病に影響されない完璧な身体の試作体として培養液の中で眠っている状態なのだが、難しい理由はともかくその身体を通して魂が別の箱と呼ばれている実験場に移動しているのではとユキは考えている。

 とにかく、彼女の理屈では現実の世界に身体を持っているなら、記憶の継続が出来るということになる。

「外の世界に身体があれば、記憶の継続は出来る……だが、お前の口振りからすると、神瀬フウリは現実世界に身体がないのか?」

 俺が確認の為に聞いてみると彼女は頷く。

「はい、私の確認してる限りでは……」

 となると、俺達の記憶の継続も危ういものとなってしまう。

 そこで、もう一つ記憶の継続の仮説が出てくる。それはこの実験で生まれたシステムの歪み……つまりバグである可能性だった。

 俺達の記憶は世界の終わりの後、別の箱の中にいる別の自分から記憶をコピーされ、新しい身体に植え付けられるそうだ。その過程で俺達は何らかの誤作動により、世界の終わりの記憶を受け継いでしまったのではないかというものだ。

 そうだった場合は、誤作動を修正されてしまった場合、俺達は何も出来ない。この終わるかどうかも分からない実験に身を任せることになる。俺達がこの人類の危機に、介入出来なくなるのだ。

 そしたら、外の世界のコイツを助けてやることも……

「……ん? どうしたの?」

 俺はいつの間にかカオルを見ていた。

「フフフ、どうしたのかなカツヤ君? そんなに見つめて? まさか私の妖艶な美貌に心奪われちゃった? さあ見て! 私を見て! もっと舐め回すように恥ずかしい所も!」

 話しに飽きたのか無駄にテンションを上げてくるカオルに溜息で返してやり、視線をユキに戻す。彼女は、未だ考える仕草を取っている。

「何だよ? まだ何かあるのかよ?」

 尋ねると、彼女はゆっくり頷く。

「その……先程のカツヤさんが言っていたことなのですが……」

 彼女は真剣な表情で尋ねる。

「下水道に、穴が開いていたって言ってましたよね?それも人が通れるぐらいの大きな穴」

「あ、ああ」

 ユキの重々しい雰囲気に、俺は少し圧倒される。

「その穴は、何処にありました?」

 何処と言われても、あの時は必死に神瀬フウリを追いかけていたので覚えていない。

「すまん、具体的な場所は……俺も必死で追いかけてたから……」

「それじゃあ、その穴は?」

「それも分からん。下に下りた訳じゃない……たぶん、もっと下……下水道のさらに下だったと思う」

 記憶を探りながら答えていくが、ユキの食いつき方に少し違和感を覚える。

「何か変なところでもあるのか?」

「……はい」

 ユキは重々しく頷く。

「下水道にそんな大きな穴……それ下に降りていく穴なんてないはずです……」

 梅沢は不安そうな顔で続ける。

「私はこの実験の仕組みや構造をほとんど理解している……つもりですが、下水道より下なんて聞いたことがありません……たぶん」

「随分、自信が無さそうだな……」

 俺の返事に梅沢の視線が泳ぐ。

「その……施設の構成や仕組みは理解しています。ただ、実際にこの実験環境を作ったのは私ではなく。技術部門の方達なんです」

「おいおい……」

 口元が引き吊った。

「まさか、全てを知っている訳ではないとでも言いたいのか?」

 もしもそうだったら、洒落にならない。

 只でさえ人類滅亡の危機だというのに、それを何とかする研究者の二人の内の一人が実験設備を完璧に理解していない。そうなると、万が一設備の故障が起こった時にどうする気なのだろうか。

「ち、違いますよ! 設計図や作業工程だって確認していますし、頭に入っています。私もそれなりにプログラムだって組めるんですよ!」

 俺の反応を見たユキは、慌てて否定する。

「ただ……もし、貴方が言っていることが本当なら、私の認識外の設計がなされているということで……あ」

 突然、ユキは何かに気付く。

「な、何だよ?」

「……」

 聞き返すが、彼女は深く考え始める。

「何か……忘れている気がする……」

「忘れたって何を?」

 そう聞くが、彼女は思い出すことが出来ずに、黙り続けている。

「……何ででしょう……忘れちゃいけないことのはずだった気がするのですが……」 

「おいおい……クローン計画に関わることなら勘弁してくれよ……」

 本当にそうなら、たまったものではない。

「……少し調べてみます。とにかくもう一度、改めてこの実験環境を見直した方が良いですね」

 宜しく頼むと俺は頷く。

 しかし、またしても雲行きは怪しくなってきた……

 本当に、この調子で人類滅亡を止めることが出来るのだろうか……

「あのさ……」

 俺達が話し終えると、カオルが話し掛けてきた。

「何だよ?」

「やっぱりこの話って、フウリさんに聞いた方が早いんじゃないかな?」

 カオルの言葉はごもっともだが、そう簡単には行かない。

「事前に情報が多い方が、神瀬フウリを言いくるめられるかもしれないだろ? それに、会うって言ったって、どこに居るんだよ?」

 そう言うとカオルは答える。

「フウリさんなら、?ほら!」

 カオルの指し示す先を見る。

 食堂の壁は、ガラス張りになっている為、外が見えるようになっている。

 そこには……

「……あ」

 そこにはこの大学では良く見る光景で、俺は何でも見てきたものがあった。

 馬が一匹歩いている。

 そして、騎手の女性が馬を引いて歩いていた。

 世界の終わりに出会ったあの女性、神瀬フウリがまさに目の前を歩いていた。

 優雅に食堂の前を横切り、馬糞臭を残してグラウンドの方へと消えていった。

 何故今まで気付かなかったのか……

 俺は、すぐさま席を立ち上がる。

「カ、カツヤ君?」

「ちょっと行ってくる!」

 そう言うと、ユキも立ち上がる。

「わ、私も行きます!」

「いや、お前は待ってろ」

 着いてくる気満々のユキだが、ここは待っていて欲しい。

「な、何故ですか!」

「俺が先に様子を伺ってくる。だから待っててくれ」

 ユキは、何か言いたげな顔をしてくるが、

「大丈夫だ。戻ったらちゃんと報告する!」

「カツヤ君! フウリさんに変なことしちゃダメだよ!」

 しねぇよ!

 と返しつつ食堂を飛び出した。

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