プロローグ(2/2)

 俺の名前は、松本まつもとカツヤである。

 普通の大学二年だ。

 大学デビューで茶髪に染めても、賭麻雀の味を覚え、パチンコを時々やっても、バカな幼馴染みがいたとしても、世界の終わりが来ても、記憶を継続させることが出来たとしても、未だ自分は至って普通の大学生だと思っている今日この頃。

 そんな俺は、七月第一週目の土曜日の蒸し暑い夕方に、俺の通う大学の部室練にあるマルチ制作研究部の部室へと向かう為廊下を歩いていた。

 別にこの部の活動の為、せっかくの休日を返上してまで、協力したい訳ではない。期末試験の対策として、一応一学年上の先輩である大野ヒロユキに、去年の試験のテスト内容と傾向と答えを教えてもらいに行くのだ。あわよくば過去の問題用紙があれば尚良しということ。

 なんだかんが、大学に知り合いの先輩が居るというのは非常に頼もしい。

 テスト以外にも受けた方が良い講義や受けない方が良い講義、楽な研究室、地雷の研究室など、事前情報を教えてくれることが非常にありがたい。

 世界がどういう状況になっているにしろ、一応勉学には励んでおかないといけないという自分の生真面目さに呆れてくる。これは日本の教育が生み出してしまった悪しき社畜精神なのかもしれない。

 そんなバカなことを考えながらも、試験はもう受かったも同然とばかりに鼻歌交じりに、俺はマルチ制作研究部の部室のドアを開く。


「あら?」

「……え?」

 部室のドアを開くと、見知らぬ絶世の美女がソファーに座っていた。

 顔立ちは整い、綺麗なロングヘアーにゆったりと落ち着いた服装。

 ちなみに、何故かが、それも化粧の一部なのではと錯覚してしまう程の美人だった。

「知らない子ね。君が噂の新入部員の一人かしら?」

 落ち着いた口調で、如何にも上品な声色。何なんだこの別世界の生命体は?

 思わず俺は部室のドアを閉め、入り口に書いてある「マルチ制作研究部」の立て札を確認する。再びドアを開くと、その美人は軽く俺に手を振っている。

 俺の口元は引き釣った。

「あ、ああ……えー、ここはマルチ制作研究会の部室でしょうか?」

 恐る恐る訪ねると、美女はクスクスと笑う。

「その通りよ」

 やっぱり、俺は部室を間違えた訳ではないそうだ。とにかく俺は冷静になり、質問してみる。

「あの……もしかして、ここの部員ですか?」

 そう聞くと、一発で悩殺されそうな笑顔になり、美女は答える。

「いいえ、違うわ」

「誰だよアンタ!」

 俺は突っ込まずには居られなかった。

 今までこんな美人、この部活動に居なかっただろ! 何で、あたかもずっと居ましたよ、みたいな雰囲気出してるんだよ!

 俺は冷静さ失い混乱する。

「ねえ君、聞いても良いかしら?」

 頭を抱えていると、今度は美女から話しかけてくる。

「パスワード……知ってる?」

「……は?」

 何を言っているんだこの人……

 今までカオルや、ユキや、大野、中村、小倉と訳の分からない奴らから、訳の分からないことを言われて来たが、そのレベルに並ぶ程の訳の分からなさだ。

「五……四……三……」

「お、おい! 何のカウントしてんだ!」

 彼女はいつの間にか数を数えており、俺が慌てふためいていると、美女は面白そ可笑しそうに指で×バツ印を作る。

「ざーんねん。時間切れ」

 そう言うと、美女は立ち上がり、俺に近づいてくる。美人が間近に迫ってくることに、俺はビビってしまい動けなかった。

「これ、残念賞ね」

 そう言って、美女は俺の手元に何か、ビニールで包まれた白いまんじゅうのような物を手渡してくる。

「な、何だ?」

 恐る恐る受け取り、その物を観察してみるが、感触は柔らかく、まんじゅうにしか見えない。

「苺大福よ」

 そのまんまだった。

 何でこんな物を?

「もう、お腹いっぱいだから上げるわ」

 美女は、そう言うと流れるように出入り口まで移動し、

「またね、新入りさん」

 と、優雅に手を振り、部屋の外へと出て行く。

 俺は唖然として、それを見送る。

 何だったんだ、今の?

 俺は仕方なく、苺大福を二口程で完食し、大野を待つと、今度は違う人物が入室してくる。

「はぁ? 何でアンタがここに居るのよ?」

 この部の部長、中村トモミだ。目が合うなり、機嫌が悪いのか喧嘩腰である。

「ここの鍵は? 確か小倉かヒロが持ってたはずよ?」

「いや、知らん」

 とりあえず、ここに来た理由を説明しつつ、さっきの出来事を話す。

「はぁあ? 絶世の美女が部室に居た?」

「あ、ああ、この部室には似つかわしくない程の美人で……」

 中村は考える素振りを見せる。

「……もしかして、フウリ?」

「……フウリ?」

 謎の単語に、俺の頭の上からクエスチョンマークが浮き出てくる。

 すると、中村はメンドクサそうな顔をしながら、

「アタシの友達よ。美人で胡散臭い感じだったら間違いないわ。まあ、アンタには関係ない話だけどね」

 中村は、彼女の指定席である社長椅子のある机に向かい、机の中を漁る。

「……あれ?」

 中村は机の中をまさぐっていたが、途中で硬直する。

「何か捜し物でも?」

 と、気になって話し掛けてみる。

 彼女は俺の方へと向き、

「ちょっと、アタシの苺大福知らない? アタシのオヤツなんだけど」

 なんてことを聞いてくる。

「苺大福? そんなもの知ってる訳……ハッ!?」

 嫌な汗が噴き出してくる。

 あの美女が渡して来た残念賞。

 俺が二口で食った甘くて旨かった物。

 何か俺は、かなりの地雷を踏んだままその場で立ち尽くしていることを悟った。

 だが、ゆっくり離れようとした時には、すでに中村は俺の顔を見つめていた。

「……アンタの口元に白い粉が付いてるわよ」

 この後、弁解の余地なく大野が来るまでメッチャタコ殴りされた。



 これが、神瀬かみせフウリと初めて接触した時の話である。

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