エピローグ

エピローグ(1/3)

「くそ……何で俺がこんなことを……」

 俺は今ノートパソコンと向かい合い、中村監修のノベルゲームを絶賛テストプレイ中なのである。

 場所はマルチ制作研究部部室。

 そこで俺は、制作途中のゲームをテストプレイし、バグがないか、誤字脱字がないか、改善点がないか等を調べている。

 いわゆるデバッカーという奴だ。

「まあまあ、カツヤ君の仕事は、我が部に取ってかなり重要なポジションだからね! 名誉に思って良いレベルだよ!」

 隣で絵を描いているカオルが偉そうに誉め称えてくれる。

 確かにデバックを行わないとこのゲームは、間違いなくつまらないゲームになる。

 しかしだ……

「何で俺が、それをやらなきゃならん!」

 部員でもない俺が、こうして毎日デバック作業を行っているのはおかしいだろう。

 正直、何にも面白くない。

 つまらない文章と永遠に向き合い続け、眠気を堪えながらひたすら間違い探しを行う。

 終わりの見えない地獄だ。

「でも、いずれこの作業も快感に変わって行くんだよ! ほ~ら、段々気持ち良くなって来たでしょ?」

 横に座るカオルの茶々入れで、俺をさらにゲンナリさせる。

 あれからと言うもの、カオル事態に何か変化があった訳でもない。

 記憶が継続し始めた訳でもなく、この世界の外側について聞いても見に覚えはないそうだ。

 冷静に考えてみるとこの世界を管理するあの女性は、本当にカオルなのかも定かではない。

 とりあえず、このカオルはいつも通りのカオルである。と、思う……

「……」

 作業に集中し始めたカオルの横顔を見つめる。……本当に、あの時に言った言葉も覚えていないのだろうか?

「俺も……嫌いじゃない……ぞ」

 俺は思わず、呟いてしまった。

「ん? 何か言った?」

 俺の独り言に反応するカオル。

「いや、別に何でも」

「……ん?」

 つい口にしてしまったが、聞こえなくて良かった。

 あの時のカオルの発言は、本気だったのかどうかも確認していないが、これに関しては保留にしておこう。

「なに二人で乳繰りあってるのよ……ムッカつくわね」

 俺とカオルを中村が割って入り、思わず「うわっ!」と声を上げる。

「ほら、これ書いといて」

 中村は、俺の目の前に四枚の紙を差し出す。

 また、仕事の追加オーダーかと渋々受け取り中身を確認する。

「ん?」

 受け取った紙には見に覚えがあった。入部申請書と印刷文で書かれていたからだ。部の名前はマルチ制作研究部と、ここの名が手書きで記載されている。

「……何だこれ?」

「何って入部届けよ?」

「いや、それは分かってる。何でそれを俺に?」

「そこの一枚に、アンタの名前書いておいて。明日出しに行くから」

 あっけらかんと、中村は言い放つ。

「本当に!? カツヤ君が入部するの! やったあ! カツヤ君の裸! うっほほい!」

 それに対して、カオルは大喜びする。

「おい、ちょっと待て! まさか、俺をここの部員に?」

「そうよ、部員になりたいって言ってたでしょ? 仕方ないから、書類用意してあげたのよ?」

「なりたくねえよ! こんなもん書けるか!」

 そうすると、中村は鬼の形相を浮かべる。

「こちとら、部員も部費もないのにボッチのアンタを養ってやろうとしてんのよ? 良いからとっとと書け!」

 もうやだこの部活。

 相変わらずブラック企業まっしぐらなマルチ制作研究部である。

「後、残りの申請書は、我が部で活躍出来そうな人材を見つけたらスカウトしてきて、それが当面のアンタのノルマね。分かった?」

 この暴君を誰か止めてはくれないだろうか……

 相変わらずの中村だが、あの一件以降特に変わったことは風邪を引いたこと以外特にない。

 大野とも特に何かあった訳ではなさそうだ。

 彼女も記憶を継続させている訳でもなく、相変わらずの暴虐武人っぷりを見せてくれる。

 大野に返り討ちにあった時は、どうしようかと思ったが、中村の御陰で助かった。

「……まあ、これくらいの恩返しはしてやるよ」

 一応俺だって中村には感謝はしているので、渋々書類を受け取った。

「ふひひ……うぇひひ……」

 俺が紙束をひらつかせていると、暗幕が掛かった部屋の一角から不気味な笑い声が聞こえる。

 覗いて様子を伺うと、パソコンに向かって小倉が大きいヘッドフォンを付け、ゲームをしている。確か俺と一緒にデバック作業をしていたはずだが、笑う場面何て一個もなかったはず。確かに誤字脱字があると笑ってしまいそうにはなるが……

 小倉のパソコン画面を除いてみると、一人の美少女がムサい男達に襲われ大変なことになっている一枚絵が映し出されていた。

 作っているゲームにこんなシーンはない。

 つまり、これは俺達が作っているゲームではない訳で……

「小倉……前何遊んでやがる」

 肩を掴み、小倉の目線の高さに合わせ俺も画面を見入る。

「え? うぎゃああああああ!」

 突然のアクシデントに奇声を上げる小倉。

「い、いきなり何なんすか! お、脅かさないで下さいよ!」

「俺が部長に理不尽な仕事を押し付けられている間に、お前はエロゲーを嗜むとは良い仕事しるなぁ」

 小倉の頭を鷲掴みにすると、すぐさま小倉は振り払い。

「あ、遊んでる訳じゃないっすよ! これはゲームを作る為の研究の一環っすから! ふ、ふひひ! どうせプログラムのこととか、ホモDQN松本先輩には分からないから、あ、遊んでるように見えたんすね……ひひ、哀れ」

「うるせ」

 無駄に挑発してくる小倉を小突くと、

「あああああああああ!? ぶたれたっすうううう!」

 小倉は頭を押さえながら奇声を発っする。

「小倉! うっさいわね! 殺すわよ!」

 と、後ろから中村に怒られる。

「ぶたれたんっすよ! 傷害罪っすよ! 訴えてやるっす!」

「あっそ。じゃあ、どっちも後で死刑ね」

 俺にも火の粉が飛んで来たと思っていると、小倉は涙目で俺を睨みつけ、

「くっ、おのれホモDQN! いつかサイバー的逆襲をしてくれる……」

 そっぽを向く小倉。

 とりあえず、本当にコイツには助けられた。

 この部室に連れてきてくれたり、世界の終わりの時にもサポートしてくれたり、励ましてくれたり、感謝してもしきれない。

「まあ……ありがとう」

「……はぁ? 何言ってるんすか?」

 小倉が覚えていなくとも、とりあえずお礼は言っておく。

 そうすると小倉は、

「あ、そうだ……パソコンを直しておいたっす」

 すっと、俺のノートパソコンを差し出す。

「先輩に詳しい話を仕方ないかもしれないっすけど、全体のスペックを一段上がってるって思ってくれれば良いっす。ただのパーツ交換っすえどね。さすがに画面はタルかったんでノータッチっす」

「あ、ああ……」

 とりあえず、直してもらったってことだよな?

 そうだ、俺からも小倉に渡す物があった。

「ほら、これ返すよ」

 俺はパソコンが壊れた元凶のUSBを差し出す。

 すると、小倉は興味なさそうな顔をして、

「あー、ハルマゲドンっすね。それあげるっす」

「いらねぇよ」

 こんなおっかねぇ物いらん。

「一応それ、無理矢理ファイルをこじ開ける結構便利な代物なんっすよ」

 そこで、小倉は何故かニンマリと笑い。

「まあ! 端末にある全部のプログラムを一気に開示をするプログラムっすから、先輩の低スペパソコンじゃオーバーフローしたうえにクラッシュしちゃったんっすね! いや~手を下さずに機械を壊すのって、やっぱり快感っすね!」

 コイツは人のパソコンを壊しておいて誇らしげに語ってくる。これって犯罪じゃないのかと思いつつ、言及はしないことにする。

 小倉は手元に置いてあったバナナを持ちながら、

「それと、先輩……」

 皮を剥いたバナナを頬張り、

「余計なお世話かもしれないっすけど、エロ画像を入れとくフォルダの名前は、もう少し分かりにくい名前にしておいた方が良いっすよ。見られないのが前提なのかもしれませんけど、さすがに爆乳画像集は安直っすよ」

「……!?」

 俺は今までの出来事吹っ飛びそうな程の衝撃を受ける。

「今まで、ペドとかホモとか疑って申し訳なかったっす……先輩はただのおっぱい魔……」

「うるせえ!」

 無理矢理暗幕を閉める。

 コイツと話すのも疲れるのでここまでにしておこう。

 小倉は俺に対して少し馴れた以外は、何も変わっていない。俺としては始めて会った時よりも接しやすくなり、助かってはいる。

 まあ、メンドクサい奴であることに変わりはないが……

 溜息をもらしつつ、自席に戻ろうとする。

「……」

 すると丁度部室のドアが開き、中に大野が入ってくる。

「お! 大野先輩お疲れさまでーす!」

「お疲れっす!」

 俺とも目が会うが、そのまま大野は、一直線に中村の居る机に向かった。

「な、何よ?」

 大野の接近に気づいた中村は狼狽える。

 そして大野は、それも気にせず話し掛ける。

「トモミ……君に話したいことがあるんだ」

「な、何よ、急に改まっちゃって」

「日曜日……暇かい?」

「え……」

 唐突の大野の申し出に中村は固まる。

「暇だったら、日曜日に出かけたいんだ。その……二人で……」

 俺ら部員一同も固唾を飲んで見守る。

「忙しいなら……構わな……」

「行く!」

 さっきまでふんぞり返っていた中村は、勢い良く立ち上がる。が、部員の視線を集めていたことに気付き、彼女は少し顔を赤らめながら――

「じゃなくて……別に行って上げても良いけど」

 と、席に座り直した。

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