第11話 世界の終わり(8/8)

 気が付いた時、俺は真っ暗な場所に居た。

 辺りは何も見えない。

 うっすらと何かが見える訳でもない程暗い。

 平行感覚も曖昧で、今立っているのか横になっているのかも分からなかった。

 だが落ち着いてくると、壁にもたれ掛かって地べたに座っているのが分かった。

 俺は何とか手を上手く使って立ち上がる。

 立ち上がっても何も見えず、今何処に居るのかも分からなかった。

「……松本さん」

 梅沢の声が聞こえた。

 梅沢……そこに居るのか?

 声を出そうとするが出せない。

 まるで口がないような感覚だ。

 とにかく、梅沢の声が聞こえる方へ歩み寄る。

 だが、すぐ目の前に壁がありぶつかってしまう。

「松本さん……分かりますか?」

 壁越しに梅沢の声が聞こえてくる。

 ああ、分かるよ。

 そう答えたいが声も出せず、目も見えない為伝えられない。

 上半身が何故か非常に痛い。

 頷くことすら出来なかった。

「血液も採取したし、そろそろ入れちゃうね」

 すると、カオルの声を響いてくる。

 カオルもそこに居るのか?

「……お願いします」

 梅沢は小さく呟く。

「どうか、殺してあげて下さい……」

「駄目だよ。それじゃあ、カツヤ君の決意を蔑ろにしちゃうことになるよ?」

 何やら、俺のことについて話しているようだ。

 内容は分からない。

「でも……」

「このカツヤ君が決めたことなんだから、殺したいって言うなら別の世界のカツヤ君に聞かなきゃ、どうしてもって言うなら……そりゃあね……」

 何の話をしているのか分からないが、とにかくここから出なくては……

 しかし、壁伝いに出口を探すが全く見当たらない。円柱状の筒の中に居るように、グルグルと回っている気がする。

「それじゃあ、もうしまうよ」

「……」

 カオルがそう言うと地面が揺れる。

 そして揺れが収まると、全くの無音が訪れる。

 カオルの声も、梅沢の声も聞こえない。

 静寂が訪れた。

 更に、壁が冷気に包まれるのを肌で感じる。

 何だ? 何が起きているんだ?

 徐々に徐々に、身体も冷気に包まれていく。


 寒い。


 凍えそうな程冷たい。

 思わず地面にしゃがみ込み、身を縮め込ませる。

 冷気は止まることなく、俺の身体の中まで入ってくる。

 助けて……

 寒い……

 ……



 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 考えるだけの意識は残っているが、眠気も襲ってくる。

 だが、眠りにつくことが出来ず意識をなくすことが出来ない。

 身体も動かすことが出来ず、上半身の鈍い痛みだけが唯一の俺に残る感覚だった。

 なんで……俺はここに居るんだ?

 いつまで、ここに居るんだ……

 無音と冷気に包まれ、そろそろ考えることも、出来なくなってきた。

 あの頃に戻りたい……

 あの、何の変哲もない日常へ……

 退屈だが、穏やかだった日々へ……

 ああ……

 偽物でも良い……

 あそこへ帰りたい……

 帰りたい……


「「カーツヤくん」」


 頬に温かい感触を感じた。

 鈍くなっていた感覚が、一気に蘇るようだ。


「「ふふ、まだ寝てる」」


 懐かしい声が聞こえてくる。

 ……カオル?

 徐々に光が身体を包んでいく気がした。

 俺はゆっくり目を開く。

 口もゆっくりと開き、身体の痛みも薄れていく。

 光に目を向けた。



「……」

 頬杖をつきながら、俺は目覚めた。

 ここは俺の通う大学の教室であり、今は講義の最中だ。

 時間を確認すると、時計は十一時四十五分を示している。

 前に見える黒板には、四文字熟語や英数字に似た専門用語がひしめきあい、教授がそれを某RPGのセーブ呪文のように意味不明な文章を唱えているのである。

 眠気を誘う呪文に勝てなかった俺は、どうやら眠ってしまったようだ。

「えい!」

 俺の頬を指で突き刺してくる奴が居る。

 横を見てみると、案の定カオルだった。

「くくく……良い夢は見られたかしら? 愚民よ」

 俺は不適な笑みを浮かべて横に座っていたカオルを見つめる。

 いつもと変わらない彼女は、いつもと変わらない態度で接してくる。

「……」

 ついでにカオルの隣には、梅沢も座っており俺達のことを横目で見ていた。

 カオルが続ける。

「貴方が寝ている間に、今度は女体化する薬を投与しておいたわ……・フッフッフ、もうそろそろ……」

 などと、いつも通り訳の分からないこと言ってくる。

 そのやり取りが妙に懐かしく、嬉しかった。

「……夢を見たんじゃない」

 俺は、カオルの言葉を遮る。

「え?」

 驚いた表情で、カオルは俺を見つめる。

「夢なんかじゃ……ないんだよ……」

 そうだ、夢なんかじゃない。

 これは、さっきまで起こっていた出来事なんだ。

 中村の頑張りも、

 小倉の勇気も、

 大野の償いも、

 梅沢の希望も、

 カオルの絶望も……

 そして、あの時の俺も……

 なかったことにさせない。

 俺がさせてやるものか。

 俺は、ゆっくりとカオルの顔に手を添える。

「な! え! な、ななな何を!」

 カオルは慌てた様子で、俺の手を押さえる。

「お前のこと、絶対助けてやるからな!」

「え、ええ!」

 俺はようやく自分を見つけた気がする。

 この世界を変えたいと思う本当の自分を……

「外の世界で、独りぼっちのお前を絶対に助けに行く! だから……」

 待っててくれ……なんて言おうとしたが、何か告白するような構図になってしまい、恥ずかしくなってしまい言えなくなった。

 だが、カオルから目を背けない。

「だから……だからその! 俺はお前のことをだな!」

 何とか言い切ろうとするが、言葉があらぬ方向へと進んでいく。

 さっきまで、凍っていたせいか頭も口も回らない。

 俺とカオルは、お互い顔を茹でダコのように沸騰させ、硬直してしまう。

 が、やがて……

「う、うううう、うわああああああああ!? ガブッ!」

 何を思ったのか、カオルは絶叫しながら俺の手に噛みつく。

「い!? いってえええええええ!?」

 俺も痛みを堪えきれず、授業中の講義室の中で絶叫した。

 当然、生徒や教授の注目を集めることとなった。

 そして、横に居た梅沢は俺達を見て、どことなく困った表情で微笑んでいたのだった。



 こうして、俺の物語は解決してはいないものの。長い時間が掛かったのだが、ようやく一歩だけ前に進めたのである。

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