第11話 世界の終わり(7/8)

 俺が覚悟を決めたところへ、急に声を掛けられる。

「……行っても無駄だ」

 俺達は声の方向を向く。

 いつの間にやら、触手人間達が騒ぎを聞きつけたのか、俺達に向かってゆっくりと歩み寄って来るのだ。

 一匹や二匹ではない。

 辺りを取り囲む程の数だ。

 その触手をナイフ一本で道を切り開いてくる男が居た。

「こっちに来るんだ……早く逃げよう」

 それは大野ヒロユキだった。

「大野? 何でお前が……」

「……彼女等の目的は、人類再生ではない」

 彼は触手をいなしながら、俺達にゆっくり近づく。

「彼女等の本当の目的は、外の世界の再構成ではなく、この偽りの世界の完成だ……」

 血しぶきの中、大野は近づいてくる。

「君が彼女の代わりになって、もし遺伝子暴走が起こらなくなったとしても……彼女等は、本当の世界を作らない……ここに僕達を閉じ込め続けるつもりだ」

 どうやら、今までの話を聞いていたみたいだ。そして、彼の言っていることは確かかもしれない。

 急に手の平を返して、あっさり協力させてくれるなんて変な話だ。

 お互い協力しあえる……

 たぶん、カオルは俺を使って遺伝子暴走の研究を進めてくれる。だが、俺と彼女では思い描く結果が全く違う。

 単純に考えると、カオルの方が優位にその事象を行うことが出来る。

「だけど……」

 俺は梅沢を見る。

 コイツ一人に、重荷を背負わせたくない。

 俺は、知ってしまったんだ。

 この世界の真実を……

 外の世界の現実を……

 皆の感じた絶望を……

 俺は……

「……僕は、仲間の気持ちに見向きもしていなかった愚か者だ。これから償いをしたい」

 そして、大野が間近まで迫る。

「君はそれで良いのか? この世界で、君は満足なのか?」

 ふと、俺の胸に手が触れられる。

 その手は梅沢だった。

「行って下さい……松本さん」

 彼女は笑みを浮かべる。

 それは、いつもの疲れ切った笑みではない。

「背負わなくて良い物もあるんですよ……皆、役割が違うんですから」

 彼女は一度目を伏せ、そして俺を見つめ直す。

「もし、私のことを心配してくれているなら……アナタには、もっと心配するべき人が居ます。そうですよね?」

 そう言われて、ふとカオルのことを思い浮かべてしまった。

 この世界で死んだカオル。

 別世界で元気に過ごしているカオル。

 そして、外の世界のカオル。

 彼女達のことを考えたら……もしかしたら、このまま何もしない方が余計な心配を掛けないのかもしれない。

「俺は……」

 どうする……

 皆の言葉が、俺の頭の中で渦を巻いていく。

 このまま、梅沢達に着いて行けば、世界の終わりを止められるかもしれない。

 だが、止めたとしてもコイツ等の目的は、この閉ざされた平和な世界を維持することであり、それは一つの答えとしては正しいと思う。

 だがそれは所詮偽りでもあり、人類の再生を諦めるということだ。

 しかし、梅沢達に着いて行かなかったとしたら結局何も変えられない。

 梅沢がいつ終わるかも分からない被験体を続けるだけだ。

 それで上手くいったとしても、結局人類再生はされないだろう。

 それどころか、実験を終える前に外の世界のカオルが死んでしまう可能性もある。

「どうすれば……良いんだ……」

 考えろ。

 考えるんだ。

 どうする?

 何が正しい?

 何をするのが一番正しいんだ?

 分からない。

 どうすることが最善なんだ?

 どうすれば、全員助かるんだ?

 どうやれば……報われるんだ……



 俺達の思いを絶対に忘れるな!



「……今のは……」

 俺の頭の中で声が響いた。

 本当に薄く残っていた記憶の欠片を見つけ出したのだ。

 そうだ……何をやっているんだ俺は……

 また、大切なことを忘れていた。

 俺にとっては、これが始まりだったんだ。

 確実に俺が残した、

 俺の小さな痕跡、

 俺だけが出来る、

 抵抗があった。


「……すまないな」

 俺は顔を伏せつつ、大野と梅沢に呟く。

「悪いがお前等の意見は……全部却下だ」

 その言葉に、二人は驚く。

「ど、どういう意味ですか?」

 梅沢は、あたふたと尋ねてくる。

「簡単だ。お前達に協力する。そして、この世界の外に出て人類を再生させる」

 俺は真っ直ぐに向き直った。

「全員を……いや、全部を救うんだよ」

 その答えに、大野は呆れたような表情を見せる。

「……何か得策があるのかい?」

 得策なんかないさ。

 どんなに考えたところで、絶対に上手く行くなんて保証は何処にもないんだ。

 なら、俺は……

「俺の最善を尽くすだけだ」

 もう、誰の意見にも、理論にも、振り回されない。

「ま、松本さん!」

 梅沢は、俺の服を掴む。

「なんで、アナタはそこまでするんですか! どうして、わざわざ辛い道に進むんですか!」

 梅沢は俺を揺する。

 そろそろウザったくなって来たので、

「んんっ!?」

 彼女を頭から抱きしめ無理矢理口を塞ぐ。

「なんで……か……」

 ああ、なんでだろうな。

 人類を救いたいとか、皆救いたいとか、

 大義名分は沢山あるだろうな。

 だが、正直俺はそんな奴等のことが好きでも何でもない。

 皆俺にいろんな物を被せてくる。

 それがもう、重くて重くて仕方ないものばかりで、しょうがないったらありゃしないのさ。

 コイツ等だけではない、全人類がメンドクサくてウザい奴等だと正直思ってるよ。

 でも……知ってしまったんだ。

「俺はお前等の生き様を……守りたいって思っちまったんだよ」

 決してお前等の為なんかじゃない。

 正義や善意なんかじゃない!

 これは俺の意志だ!

 お前等を救ってやるのも、世界を救ってやるのも……

 全て俺の考えた……俺が導き出した俺の答え。

「誰の代わりでもない! 俺の意志なんだよ!」

 そして俺は、赤い空を見つめ叫ぶ。

「なあ!」

 ダメだ、こんな小さい声じゃ聞こえない。

「おい!」

 もっと、もっと大きい声を出さなくては、あの赤い空の先に居る奴には聞こえない。

「聞こえてんだろ!」

 怒鳴るように叫ぶ。

 返事が返って来ないのは百も承知だ。

 だが、この言葉をどうしても伝えたい。

「お前なら聞こえているはずだ!」

 俺は俺自身に、

 この世界の外側に居る別世界の自分に叫ぶ。

「頼む!」

 俺のこの記憶と協力してくれた奴等の心意気を、どうにか繋ぎ止めてほしい。

 だから……今度こそ、

「お前の世界を救ってほしい!」

 俺達の世界は終わっちまったけど、お前の世界には必ず救いが見つかるはず。

「俺達の思いを絶対に忘れるな!」

 誰の思いも無駄にしたくない。

 だからこそ、この意志を次の俺の記憶に焼き付けさせるんだ。

 俺は梅沢を抱き寄せ、

「ユキを……」

 この一人で頑張り続けた不器用な女をどうか……

「カオルを……」

 俺にとって、とても大切な奴をどうか……

「世界を……」

 大野や中村に、そして小倉……

 救いきれなかったこの世界の人達を!


「救ってくれええええええ!」

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