第11話 世界の終わり(6/8)

 それは、突然だった。

 突然天から大きく間の抜けた女性の声が木霊したのだ。

「な、なんだ今の?」

 思わず、俺と梅沢は空を見上げた。

 真っ赤な絵の具で塗り広げた赤い空。

 空の真ん中を白い光の線が真っ直ぐ走る。


”どっこいしょっと!”


 爺臭い台詞と共に赤い空は二つに裂けていく。空の割れ目の先は薄暗く、宇宙が広がっているのかと思ったが、瞬く星の輝きなどは見当たらず、黒いコンクリートと何本かのパイプの管と、電気の通っていない蛍光灯のような物が見当たらず見える。

 そして、俺達を見下ろす大きな存在がそこに居た。

 左目に眼帯を着け、さらにその上から眼鏡を掛けた三十代程の女性のように見える。

 黒髪で癖っ毛気味のその女と思わしき巨人は、こちらをのぞき込みながら、微笑んでいた。ある程度の覚悟をしていたが、余りのとんでもない現象に言葉を失い、俺は固まってしまった。

 まさに、あれが……梅沢が話していた、人類最後の一人。

 この実験を続ける研究員であり、今回の件の責任者。

 俺達を作り出した創造主。

「あれって……」

 そして、俺はもう一つ気付いてしまった。


 ”ん~、どれどれ?”


 ソイツは見たことのない不思議な形状のゴーグルを取り出しそれで覗き始める。


”ん~? あ! 居た居た!”


 俺達にゴーグルを向け、喜ぶ。

 その女の反応と面影を見て、俺は思わず聞いてしまった。

「カオル? お前、カオル……なのか?」

 俺は目を見開き、巨人に向けて呟いた。

 その人物は、竹人カオル……俺の幼馴染みであるカオルにそっくりだった。


”あれ? もしかしてカツヤ君かな?”


 俺の知っている表情で、カオルに似たそいつは微笑んでくる。

「何で! 何でお前が! い、いや、お前は何者なんだ!」

 俺が叫ぶと、巨人はゴーグルを外し耳にイヤホンみたいな物を取り付け、それを手で押さえる。


”えっと……何者って、私のこと分からないの? あれ? この箱の中にも、私のクローンが居るはずなんだけどな……それとも、私が老けちゃったのか……”


 彼女は微笑みを崩さないが、少し悲しそうな表情を浮かべる。俺は、予想通りにならないことを願いながら更に問い詰める。

「答えろ! お前は何者だ! そして、どうしてずっとこんな実験を続けているんだ!」


”あはは!”


 大きな存在は笑い出す。


”やっぱり凄いねこれ! カツヤ君ともちゃんと意志疎通出来るんだ! えへへ、小さいのに意識がしっかりしているんだ! 可愛いな~”


 まるで、小動物でも見るように、そいつは呟いた。


”それにしても、幼馴染みの顔も忘れちゃうなんて酷いな~、ちゃんと昔の記憶は組み込んであるのになあ……まあ、私もカツヤ君と話すのは数年振りになるんだろうけどね”


 幼馴染み。

 嫌な予感はさらに続く。

 もっと詳しく聞きたいと思った時、彼女は答えてしまった。


”私はカオル、竹人カオルだよ”


「……」

 俺はただ呆然とした。

 やはり……あのカオルだよな?

 外見や雰囲気……

 俺には最初からカオルにしか見えなかった。何でカオルがこんな実験を……


”あと、何でこの実験を続けているのか、だよね?”


 カオルと名乗ったソイツは、慈愛に満ちた笑顔で話す。


”君は覚えていない……というか、知らないと思うけど、これは君が始めたことなんだよ。人類再生の為にね”


 俺が始めた?

 等身大の俺が、こんなことを始めたのか?


”でも、皆死んじゃったからねぇ~、今じゃあ私一人で何とかしているんだ”


 一人……


”あ! ユキちゃんも入れれば二人だね! 正確に言うと、人類滅亡以前の身体を持っているのは私だけなんだ”


 俺は梅沢を見る。

 彼女は、黙って見上げていた。

「おい、まさか本当に……お前等だけでこの実験をやり続けているのか?」


”そうだよ。だいたいは機械がカバーしているけど、管理は全て私がしているんだ。私の手に人類の未来が掛かっていると言っても過言ではないのさ! ってね!”


「……」

 俺は脱力していく。

 アイツの言っていることが本当なら、俺の予想以上に最悪な事態になっている。

 カオルが……人類最後の一人……

「……松本さん」

 すると、俺にしがみ付く梅沢が答える。

「全部……カオルさんの言ってることは本当です。彼女に人類の存亡が掛かっています」

 信じたくなかった。

 俺は、また頭の中が真っ白になっていく。


”カツヤ君”


 カオルと名乗る存在は話しを続ける。


”カツヤ君はもしかして、この実験を止めさせようと思って、ユキちゃんを連れ回していたの?”


 面白そうだと言わんばかりに、含み笑いを浮かべながら問われる。

「……いや、違う」

 俺は首を横に振る。

「俺は、お前達に協力したいんだ!」

 真っ直ぐ指で、大きなカオルを指し示す。

「早くこの実験を終わらせて、ここから出たいんだ! 本当の未来がある世界で生きたいんだよ!」

 素直な思いを打ち明けた。

 相手がカオルと聞いて、少し打ち明け過ぎたかもしれない。

 巨大なカオルは笑みを絶やさず、俺の言葉の後に頷いた。


”ふふ、ありがとうカツヤ君……でも、ごめんね……”


 ごめんね?

 もしかして、断られたのか?

「何でだよ! お前達だって早くこの実験を終わらせたいんだろ! だったら人手が……」


”私達は、もう諦めているから……大丈夫なんだよ……”


「……」

 俺は硬直してしまう。

「……」

 梅沢も、黙って何も答えなかった。


”実験が……どうしても上手くいかないんだよね”


 カオルは微笑みを崩さずに答える。


”理論上は、実験が成功していてもおかしくないはずなのに、どうしても結果が失敗しちゃうんだ……それで三、四年停滞しているよ”


 彼女は、酷く疲れ切った様子に見えた。


”それでね……私達は考えたんだ。アナタ達の今居るその世界を、本当の世界にしようって……”


「……」

 俺は黙って、その話を聞く。


”もう私の居る世界は、人間が住めなくなった、廃坑した世界なんだ。そこに住める人類を作り出すのが、私達の目的だったんだけど……”


 そして、カオルは首を横に振る。


”でもね、アナタ達を見ていたら、そうする必要がないんじゃないかって思ってきたんだ”


「……何でだよ」

 俺は彼女に尋ねる。

 尋ねられた彼女は、ゆっくりとだが嬉しそうに答えた。


”少なくとも、ここは安全で平和だよ。遺伝子暴走は起こってしまうけど、その後は何も起こっていないようにちゃんと直せるし、カツヤ君やユキちゃん、あと大野先輩を除いては誰も覚えていないからね”


 どうやら、記憶を継続している人間は、すでに把握されているみたいだ。


”何度も作り直される世界でも、それを皆が知らなければ、問題なんてない。カツヤ君だって、記憶の継続をする前までは、普通に過ごしていたでしょ?”


 その通りだ。

 遺伝子暴走でこの世界は必ず崩壊するが、必ず再生もする。それ以外は、作り物だとしても、何もかも平和な日々がそこにはあった。俺だって、そんなことになっているなんて気が付かなかった。


”それに、私はその世界の情報も操作出来るんだ。記憶も、認識も、能力だって……、だから皆の望むことだって私は出来るよ? 好きな人通し付き合わせたり、望んだ進路に就職させたり……やろうと思えば何でも出来るんだ。この世界の遺伝子暴走を完璧に抑えられれば、何不自由ない皆が幸せな世界になることだって出来るんだ!”


「……はは」

 俺は、乾いた笑いを漏らしてしまう。

 全ての人達が幸せな世界か……

「それも悪くないかもな……」

 そんな都合の良い世界が出来るなら、是非ともやってもらいたいと正直思う。

「でも……それじゃあ、意味ないんだよ」

 俺はカオルを否定する。

 強く否定する。

「死んだら作り直せば良いとか……幸せを作ってやるとか、ふざけるな! お前はこの世界で生きている人間なんて、ただ実験動物……いや! 人形遊びの道具程度にしか思ってないんだよ!」

 そして、声が届くように叫ぶ。

「俺達は正真正銘生きているんだ! 俺達の幸せを勝手に作ろうとしてるんじゃねぇぞ! お前は神様にでもなったつもりなのか! お前は本当にそう思ってるのかよ! カオル!」

 彼女を名前で呼んだ。

 アイツの顔でそんなことを言われるのが、何故か凄く嫌だった。

 理由は分からない。

 とにかく嫌だったのだ。


”……”


 カオルは、黙って俺達を見下ろす。

 話し合いをするつもりだったが、思わず感情的になってしまった。

 だが、俺は言うことを言えた気がする。


”神様……ね”


 今まで笑顔をだったカオルが俯く。


”私達の神様は……ろくでなしばっかりだったよ……”


「……え?」

 ボソボソと彼女は呟く。

 徐々に、声も小さくなり始める。


”本当に……何も上手く行かなくて……だからせめて……ここだけでも……”


「カオル……」

 彼女の身元から涙が、こぼれたように見えた。それが見えた途端、カオルは急いで顔を拭う。


”ごめんごめん”


 彼女はすぐさま微笑みを取り戻す。

 そして、俺に伝えてくる。


”それじゃあ……カツヤ君は、本当に私達と協力したいの?”


 俺の問いに、カオルは尋ねてくる。

「あ、当たり前だ」と叫ぶと彼女は微笑む。


”だったら、協力してみる?” 


 あまりのあっさりな返答に、不意を付かれてしまった。

「ほ、本当か?」

 そう聞くと、彼女は頷く。


”私だって、本当はこの現状を何とかしたいと思っているから、お互い協力出来る関係だと思うよ。でも、本当に良いの? 下手したら被験体の記憶と意志も継続しちゃうみたいだし……”


「……ん?」

 今、カオルは何て言った?

 被験体の記憶と意志?

 俺の反応に、カオルも、


”……え?”


 と、驚いた様子を見せる。

「何なんだよ……被験体の記憶とかって……」


”……もしかして、ユキちゃんから聞いてないの?”


 俺は梅沢を見る。

 梅沢は俺から目を背ける。

「それは……どういう意味なんだ?」

 恐る恐る、カオルに尋ねてみる。


”……被験体のユキちゃんは、毎回回収した後、血液採取用のサンプルとして、死なないようにコールドスリープさせているんだ”


 どうやら、被験体は血液等を採取された後、そのまま処分する訳ではないようだ。

 あっちの世界では実験の資源自体が乏しいらしいしな……ただ、今はそんなことより気になることが出来た。

「もしかして……その被験体の梅沢の身体は、今でも生きているのか?」


”う、うん、今までの遺伝子暴走時に回収した人数分、大事に保存してあるよ。中には死んじゃっている子も居るけど、大半は生きて寝ているよ。正確に言うと半覚醒状態だけど”


 世界の外には、あの世界の終わりを迎えた時の梅沢達が、今も生きているということか。

 一番初めに見た木の枝が背中から生えた梅沢や、ゾンビ化した世界の梅沢、腹から虫が沸いてきた時の世界まで……

 そして、カオルがさっき言っていた、記憶と意志の継続という言葉……

「……まさか肉体変異をした奴等も、まだ生きているのか?」


”……ちゃんと生きているよ。意識や、感覚も鈍くなっているけど、ちゃんとあるみたいだし。そうだよね、ユキちゃん?”


 カオルは梅沢に同意を求める。

 梅沢は、無言のまま頷く。

 俺は梅沢に問い掛ける。

「なあ……アイツの言っていることは本当なのか?」

 梅沢は黙って、ゆっくり頷く。

「ならそれって……その被験体が……変異した身体にも、俺達の意志は移動するってこと……なのか?」

「……はい」

 さっき梅沢は、苦しみ続けたくないと言っていた。被験体に意志があり、更に痛覚などもあるのだとしたら……

 ……まさかそれって、

「梅沢……お前はずっと、あの変異した被験体の身体を行き来していたのか?」

 しばらく、彼女は黙った後にゆっくりと頷いた。どんな苦しみなのか想像出来ないし、したくない。

 だが、世界の終わりが訪れる度にあの苦しみを思い出され、その痛みの数も増えて行くのなら……

「お前……」

 それは拷問だ。

 俺は握り拳を作り、梅沢に問う。

「何で相談しなかった! 苦しかったら誰かに話せば良かっただろ!」

「……違いますよ」

 梅沢は首を横に振る。

「私が止めても、結局、誰かがこの役をやらなきゃいけないんですよ……」

「だから! それは俺が代わりに……」

 少しでも、梅沢の負担を和らげ、この実験を終わらせたかった。

 だが、彼女は俺の言葉を遮る。

「被験体になるってことは、これからずっと遺伝子暴走後に回収されて、サンプルとして生かされ続けるんですよ!」

 彼女は、心配そうに俺を見つめる。

「苦しいのは一瞬だけじゃないんです! 意識を持ち続けたまま凍らされ、痛みや孤独感を引き延ばされ続けるんです!」

 梅沢は自分の胸に手を当てる。

「……さっきは弱音を吐きましたが……やはり、誰かが代わりになってもらうなんて無責任なこと出来ません。私さえ、耐え続けていれば……」

 ……


”そろそろ変異しちゃうから、回収しちゃうよ? それじゃあカツヤ君も着いてくるんだよね?”


 カオルが腕を伸ばしてくる。

 確かに、そろそろ遺伝子暴走が俺の身体に起きてもおかしくない。

「……松本さんは、離れて下さい」

 梅沢が俺の胸から離れる。

「松本さん……アナタは余計な苦しみを味わわなくて良いんです」

 そんなことを言ったって、このまま何もせずに居るなんて無理だ。

 例え苦しかろうと、人類再生の為にも……

 梅沢の為にも……

「いや……俺も……」

 俺は向かおうとする。



「……待つんだ」

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