第10話 存在証明(4/4)
「……カツヤ君……もしかして、そんなことで悩んでたの?」
静まり返る部屋の中で、カオルは聞き返してきた。
「……」
俺は無言でカオルを見る。
そんな俺に、彼女はゆっくり近づく。
「そんな時こそ、主人公はこう叫ぶんだよ」
カオルは真っ直ぐ天井に向けて指をさした。
「偽物で何が悪い! 俺は、俺だあああ! ってね!」
「「……」」
この場に居たカオル以外が静まり返った。
カオルの言葉に圧倒された……訳ではなく。あまりの空気のぶち壊しっぷりに言葉が出なかったのだ。
中村と小倉を見てみると、二人とも眉間を抱えていた。
「……あ、あれ?」
ようやく雰囲気に気付いたのか、辺りを伺い始める。
「あ、あれだよ! ふざけてないよ! 私真面目に言ってるからね!」
一生懸命取り繕おうとしているが、
「そ、その! 簡単に言うとね! 私はカツヤ君のこと大切に思って……」
そこまで言うと、カオルは何かに気付いたらしく――
「や、ち、違うよ! そういう意味じゃなくて! と、友達としての大切だからね! 全然深い意味じゃないから!」
顔を真っ赤にして否定してくる。
その様子を冷ややかな目で見つめる中村と小倉。非常にグダグダになったが、気を取り直してカオルは真っ直ぐ俺を見る。
「カツヤ君、偽物だって良いじゃない。本物でも偽物でも君は君なんだから」
カオルは微笑み、そして、手を握られる。
「カツヤ君からしたら私も偽物だから、言われても嬉しくないと思うけど……私は、今ここに居る君のことが大切なんだよ。それは本当だからね」
俺は、ただぼんやりとカオルを見つめる。
そして、彼女は元気良くポーズまで決めて告げてくる。
「だから、偽物かどうかなんて関係ない! 自分が何者だろうと! どんな時でも! 未来を切り開いていくのは、自分なのだよ!」
……俺は、何も返すことが出来なかった。
ただ、心の奥底でコイツの言葉にすがりたい気持ちでいっぱいだった。
コイツも偽物で、ただこの世界を裏で動かす機械か何かに言わされているだけじゃないかと思う中で、今の言葉は偽物じゃないと信じたい自分が居た。
「い、今っすよ、謝るならたぶん今っすよ……トモミ先輩……」
小倉がコソコソと、中村に耳打ちする。
「うぐぐぐ……」
唇を噛みしめる中村だが、最後には溜息を吐き、
「そ、その……」
中村は、俺とカオルの近くに寄る。
「や、やり過ぎたわよ……ごめん」
彼女は俺に視線を合わせず、話し続ける。
「私はヒロを救いたい。だからお願い……アンタの言ってることを信じるから、アタシ達のことも信じて……もう、アンタしか頼れないのよ!」
最後に、中村は深く頭を下げた。
「お、お願いしますっす!」
追うように、小倉も頭を下げる。
「……」
偽物だとか……本物だとか……
そんなの……関係ない……か……
俺は……何をやっているんだ……
未来は自分で切り開くなんて、王道中の王道じゃないか……
「……」
俺はここに居る奴等を見る。
コイツ等は、世界の終わりを迎えれば確実に死ぬ。
どんなに本気になって生きても、記憶は残せずそこで終わり。
夢や希望をどれだけ持っていても、終わりなんだ。
「俺は……」
だが、俺はどうだ?
俺は終わらない。
記憶だけを引き継ぎ、違う世界で生き長らえる。
なのに俺は、世界の終わりに向き合うことを拒んでた。
何故かって?
単純だ。
怖かったんだ。
変えたいと思ってはいた。
だがもし、自分が本気になっても、何も変えられなかったら……何て思うと前に進めなくなってしまった。
何とかしたいけど、本気を出してもしダメだったら……そう思うと怖くなった。
本当の絶望が待ってる気がしたんだ。
だから俺は逃げ込んだ。
でも、このままで良いのか?
知り合った奴等を……このカオルを見殺しにしたいと、俺は考えているのか?
全てを忘れてしまいたいと思っているのか?
それとも、自分だけが記憶を持って生きていればそれで良いのか?
助ける理由がないから助けないのか?
そんなこと、俺は本当に望んでいるのか?
また、自分の部屋に戻るのか?
また、主人公じゃないと、自分を悲観するのか?
また、偽物だからと逃げ続けるのか?
また、絶望し続けたいのか?
「そうじゃないだろ……」
そう、それは違うはずだ。
全部違うはずだ。
じゃあ、俺の求めていた物って何だ?
「……変化だ」
ずっとそうだったはずだろ。
この堕落したクソ野郎を……自分を変えたいって、ずっと願っていたはずだ。
だが待っていても、今までろくなことにはならなかっただろ?
なら、どうする?
「……答えなら、もう出ているはずだろ」
一番の敵は世界や、大野や、梅沢なんかじゃない。
自分だ。
俺は何と戦えば良いのか、最初から分かっていたはずだ。
今まさに、俺の欲しかった物が目の前に、あるじゃないか。
「手錠を外してくれ」
俺は、小倉に頼んだ。
小倉は、驚いた表情で中村を見る。
中村はというと、無言で頷き、それを確認した小倉は、いそいそと手錠を外してくれた。
自由になった俺は、横に居るカオルの肩を掴む。
「え? カツヤ君?」
カオルは顔を上げる。
カオルの顔に、そのままデコピンを入れる。
「あ痛!」
俺は、カオルの顔を見るのが、気恥ずかしくて、思わず視線を背けてしまう。
「ありがとな……俺のこと、その……大切だって言ってくれて……あと、ごめん……ずっと黙ってて」
今までこんなことを言ったことがないが、言わなければならなかった。
「俺のこと……信じてくれて、その……ありがとう」
とりあえず、言うことは言ってやった。
額を押さえるカオルは、しばらく間を置いてから、
「……うん!」
と、返事をしてくれた。
俺は前に一歩踏み出して中村に近づく。
彼女も今度は怖がらず、偉そうにもせず、真っ正面から向き合ってくれる。
「俺からも、アンタ達に頼みたいことがある」
俺はこのマルチ制作研究部の部員達を見る。
息を整え、気持ちを言葉に乗せる。
「「俺一人じゃ無理なんだ。頼む! 一緒に協力してくれ!」」
俺は、皆に深く深く頭を下げた。
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