第10話 存在証明(3/4)

 例の如く、マルチ制作研究部の部室の前に立つ。とりあえず、中村から説明して貰わなければ、話が先に進まない。

 息を整え、勢い良くドアを開ける。

「おい! 中村!」

 部屋を見渡すと、室内は真っ暗だった。

 入る部屋を間違えたのかと思ったが、内装には見覚えがある。

 確かにここは、マルチ制作研究部の部室だ。

 それじゃあ、中村や他の奴等はいったい何処に?

「す、隙ありっす!」

 突如、何者か……というか、口調と声色で小倉だと分かるが、背後から体当たりされ、無理矢理部室の中に押し込まれた。

 何とかバランスを保ち、倒れずに済む。

 しかし、追撃は続く。

「さあ! 観念してお縄に付けい!」

 さらにカオルが現れる。

 カオルは、何故か手錠を握りしめ、俺の両手首に掛ける。

「お、おい! な、何しやがる!」

 いきなり俺は拘束され、二人に押さえ込まれてしまったのだ。

「放しやがれ!」

「嫌っす! 放したらトモミ先輩にブチ殺されるっす!」

「ふざけんな! 俺がお前等をブチ殺すぞ!」

「ぷぷっ、拘束されたチャラ男なんて怖くないっすよ! シュシュ! シュシュ!」

 目の前で、シャドウボクシングをしてくる小倉に、俺は明確な殺意を抱いた。

 「カツヤ君! もう、本当に心配したんだから! 何で引き籠もりになっちゃったの! そんな子に育てた覚えはありません!」

 カオルは俺を押さえつけながら、耳元でキャンキャンと叫んでくる。

「良いから、とっとと外せって!」

 二人を振り払おうとしていると、

「来たわね」

 いつの間にか俺の目の前に腕を組み、仁王立ちの女ボスの中村が居た。

「うわあ!」

 部屋が薄暗かった為気配もなく、その場に居た中村に俺は恥ずかしながら驚いてしまった。

「……アンタに聞きたいことがあるの」

「聞きたいことがあるだあ? 良いから早く放して、俺のパソコンを直せ!」

 本当なら訴えたりすれば勝てるのではないかと思う所行だ。が、たぶん訴えたところで意味がない。

 この世界は、それ以上に理不尽で終わっているんだ。

「聞きたいことは、アナタの友達の友達が書いた小説の内容よ」

 小説?

 ああ、一番始めに中村と出会った時に話した、あの間接的な相談のことか……

 俺が経験したことを、頭のおかしな奴だと思われない為の嘘である。

 何でそんなことを今更……

「その小説は……もしかして、アンタの経験したことだったりしない?」

 ……え?

 中村は、不安そうな表情を浮かべ、さらに聞いてくる。

「主人公はアンタ。主人公の友人はカオル。屋上の女の子は……分からないけど」

 そこまで言うと、中村は俯く。

「世界の終わりに、部員の仲間達を殺し続ける殺人鬼って……もしかして、ヒロ……ここの部員の大野ヒロユキじゃない?」

「……」

 俺の怒りは一気に吹っ飛ぶ。

 何で分かった?

「ねえ、答えてよ。アタシの言ってることって当たってるの?」

「……何でそう思った」

 もしかしたら、中村も俺等と同じく記憶を継続出来るようになったのかと考えてしまう。

 しかし、答えは違った。

「ただのメタ推理よ」

 その言葉に、俺は呆然とする。

 さらに中村は、咳払いをしつつ話を続ける。

「冗談はさておき……もっと詳しく言うと、アンタの話で思い出したことがあるの」

「思い出したこと?」

 中村は一瞬言葉を止めるが、すぐに話し出す。

「一年前、ヒロユキが突然錯乱したり、怯え出したりする時期があったのよ」

 一年前ってことは、大野が世界の終わりを見るようになった時期か……

「それからしばらくして、ヒロユキも落ち着いて来たんだけど、何て言うかその……ずっと暗かった」

「……それは元から、ああいう性格だからじゃないのか?」

 俺の言葉に、中村は目線を反らす。

「そうね。前々から単語でしか会話しない根暗男だったわよ。だけど今は、昔より酷い。死んだ魚の目をしてるって言うか、何か、何もかも諦めてるって言うか……」

 中村は言葉を濁らせる。

 上手く言葉に出来ないが、大野に対しての不信感を感じていたんだろう。

「前にね……ヒロユキと二人きりだった時に、言われたことがあったのよ」

 俺は黙って聞き続ける。

「もし、この世界が五秒前に作られたものだったらどうするって……世界中の人々が死んでも、直ぐに生き返って何事もなかったことなる世界だったらって……」

 彼女の話にデジャヴュを感じた。

 世界五分前仮説……いや、五秒前と言った方が良いのかもしれない。

 この話題は、もう三回目ぐらいだろうか……

「その時はそんなの気持ち悪いから嫌、ってことを伝えて終わりになったけど、アンタの話を聞いた時、もしかしてヒロユキが言おうとしていたことってアンタが話したことなんじゃないかって思ったのよ」

 一週間ぐらい前に俺が部室から出た時、中村が追いかけて来たのは、それを確かめたかったのか。

「あ、あの! お、大野先輩をた、助けて欲しいっす!」

「……小倉?」

 小倉は中村が間を空けた隙に話し始める。

「み、皆、ずっと大野先輩の様子がおかしいって気付いていたっす。で、でも、原因が分からなくて……この部活のメンバーは皆コミュ障っすっから、誰もちゃんと聞き出せなかったっす……」

 小倉の発言に、中村の拳が一発ぐらい飛んでくるかと思ったが、中村は黙り込み、悔しそうな表情を浮かべていた。

 さらに、小倉は続ける。

「じ、自分は、大野先輩に恩みたいなものがあるっす! ボッチだった自分をこのサークルに誘ってくれたっす! 誘ってくれなかったら、一人便所飯の引き籠もりボッチ大学生待った無しでした!」

 そして、小倉は頭を下げる。

「お願いするっす! パソコンならいくらでも直しますし、スペックを上げて返しますから! じ、自分達に協力して欲しいっす! おにゃしゃっす!」

 語尾のせいで緊張感がまるでないが、言いたいことは伝わった。

「だからアンタ達は、俺ともう一度ちゃんと話がしたくてウィルス入りのUSBを渡したのか?」

 俺の言葉に対して中村は頷く。

 絶対、もっと良い方法があったはずだ。

「何で、俺のパソコンをぶっ壊したんだ。カオル伝えで、俺のことを呼べば良かっただろ?」

「そ、それはっすね……」

「はあ? アンタが、アタシの言うことを絶対に聞かせる状況を作る為に決まってるでしょ?」

 ……この女、狂ってやがる。

「ト、トト、トモミ先輩! なに本当のこと言ってるんっすか! せっかく、良い感じだったのに!」

「こんなくだらないこと、隠したって仕方ないでしょ! こういう腹のさぐり合いみたいなの大嫌いなのよ! 丁度コイツも腐ってたみたいだし、根性入れ直す良い機会だったじゃない?」

 そして、中村は腕を組む。

「という訳よ! アンタの話が本当だったら、アタシ達に協力しなさい!」

「ざけんな!」

 あまりの横暴と理不尽さに、また怒りが沸いてきた。

「調子に乗るのも大概にしろよ! 我が儘ばっかり言ってんじゃねえ!」

 何でこんな奴に協力しなきゃいけないのか。俺は今までモヤモヤした気持が、我慢の限界に達したのを感じた。

「カ、カツヤ君、お、落ち着いて! 隣に響くから!」

 今まで黙っていたカオルがさらに強く俺を抑えつけようとする。が、俺はそれを振り払う。

「え? きゃ!?」

 手錠を掛けられ拘束されてはいるが、女の力はたかがしれている。

「中村! そんな態度のテメェと俺は手を組もうなんて、これっぽっちも思わねぇからな!」

 中村は、俺の反応にビクリと身体を振るわせ、後退りをする。

「ア、アンタ、そ、そんなこと言える立場? アタシに刃向かったら、パソコンも直らないのよ?」

 声を引きつらせる中村に、迫って行く。

「ああ、構わないね! こんなオンボロパソコンいくらでもくれてやるよ!」

 俺は掴んでいたノートパソコンを手放し、彼女に近づく。

「な、何よ! こ、来ないでよ! バカ!」

 それでも俺は近づく。

 中村は俺を睨みつつも後退りする。

「俺はな!」

 中村が部屋の壁まで追いつめる。

「ど、どどどど、DQN先輩! お、おち、落ち着いてくだ……」

 小倉が俺の前に立ちふさがるが、

「ぎゃふん!」

 身体をぶつけただけで、倒れ伏した。

 さらに、中村に近づく。

「バ、バカ! 来るな! こっちに来るな!」

 威勢が良かった中村は、怯えた様子で部屋の壁際まで追いつめられる。俺の手が使えたなら、中村の体を押さえ込んでいたかもしれない。

「ひっ!?」

 中村は壁に背中を付け、身体を守るように構えた。俺は中村の殴りや蹴りが届かないところまで近寄り、そして怒りをぶつける。

「俺はな! もうこんなくだらないこと、ウンザリなんだよ!」

 ありっ丈の思いをぶつけた。

「もう、この世界は終わりなんだよ! 詰んでるんだよ! もうどうしようもないんだよ!」

 中村の表情はちゃんと見えない。今誰がどんな顔をして見てるのかも分からない。

 それでも俺は叫ぶ。

「お前等は覚えていないかもしれねぇけどな! このままで居たら、また世界の終わりが来て、皆死ぬんだよ! 体から木が生えたり! 共食いし始めたり! 腹から蟲が食い破ってきたり! 悲惨な目にあって死ぬんだよ!」

「……」

 誰も、何も言い返したりしない。

「だけどな……誰も覚えていないんだ……世界がおかしくなったことも、自分が死んだことも、何もかも……」

 俺は俯き、いつの間にか床を見つめていた。

「元々こんなこと、意味なんてなかったんだ……俺も、大野も、梅沢も、二人ともそれを理解したんだよ……」

「アンタ……」

 ふと、中村が声を駆けてきた。

 だが、俺には反応を返してやる余裕なんてなかった。

「……今なら、大野が何でアンタ達を殺し続けていたのか分かるよ。何も出来ないなら、せめて大切な奴等だけでも、苦しい思いをさせたくないってな。苦しみや痛みや恐怖や、誰も何も覚えてなくてもだ……」

 アイツは一年間誰にも相談出来ず、ずっとあの世界を傍観し、救済を求めていた。

 そして、行き着く先にあったその救済は、仲間を苦しまずに殺すことだった。

 梅沢もそうだ。

 誰にも相談せず、ずっと抱え込んでこの完璧な人間を作る為の実験を続けているんだ。

「……俺達は偽物なんだ。作り物で、ここに本物なんて何処にもない。皆……未来なんてないし、居なくなってもまた同じ人間を作り直されるだけなんだよ。俺も……例外なくだ」

 俺も特別な存在じゃない。

 俺には何かを抱え込むこともなく、力もなく、知識もなく、義務もなく、恩義もない。

「はは……笑えるだろ? 別に俺が何かしたところで何かが変わる訳じゃない。何もしなくても勝手に終わる……死んでも生き返るんだよ。何もしなくて良い。元々俺は何も出来ないし、必要でも何でもないただの一般人なんだ……記憶を継続していたところで、結局何も出来ないんだよ。偽物の俺にはな……ははは……」

 そう、俺は……

 全部偽物なんだ……

 身体も、心も、今考えていることでさえも、

 全部作り出された物なんだ……

 何一つ本物なんてない……

 何も意味もない、使い捨てのモルモットだ……

 ここには夢も希望もない……

 俺は……

 おれは……

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