第9話 箱(3/3)

 大野はサイドガラスを閉じ、車を発進させる。

 俺はそれを見送った。

 赤い空の下、一人山道に残った。

 結局、俺は車に乗って行くことを止めたのだ。

 行く理由を見つけられなかった。

 たぶん奴らは、学校に行くのだろう。大野に関しては、休日だしマルチ制作研究部のメンツの家にでも乗り込むのだろうか。

 大切な友人達を苦しまずに殺す為……

 あの二人には、曲がりなりにも目的がある。

 だが、俺には明確なそれはなかった。

 確かに今の状態は嫌だと思っている。しかし、誰が困っているかと言うと、誰も困っていない。

 大野はもう自分なりの答えを見つけ、自己解決の道を進み、梅沢も実験の被験体だとかで、動いている。他の皆に限っては記憶にない始末だ。

 梅沢の言うことが正しければ、クローン計画はこの調子で行けば成功するとのことだ。

 なら、俺はどうだ?

 確かにあの現象を見続けるのは、気持ちの良いものではない。毎回苦しい思いをして死ぬなんてのも嫌だ。

 でもそこを我慢すれば、何も変わらない。

 そう、何も変わらないのだ。

 俺達は使い捨ての存在なんだ。

 俺達の身体も、

 命も、

 意識も、

 全部……

 俺達の存在は全部……本物を作り出す為の……

 どう足掻いても……この事実は変わらない。

 揺るがせないない。

 そんな俺に……

 俺達に……

 何が出来るんだ?

 俺は……何をすればいい?

 いや、答えはもう分かったしまったんだ。


 赤い空を見上げ目を閉じる。

 微かに、鉄の臭いが風で流れて来る。

 ああ、またあの地獄が始まっているんだろうな。

 とりあえず、苦しい思いをしないでくれと、心の奥で願い続けた。



「……」

 気が付くと空は青く、空気も澄み渡っていた。

「松本さん」

 そして、いつの間にか梅沢と、車に寄り掛かる大野が居た。

 梅沢は俺に近寄り声を掛ける。

「もう……何もしなくて良いんですよ。後は全部、私達に任せてもらえますか?」

 俺は梅沢から目線を外し、また空を見上げる。

 やはりそこには数秒前とは違う、青い空と白い雲があった。

「ああ……」

 俺は無意識に声を出す。その声と言葉は、まるで体から空気が抜けるように脱力していく。

 そして、素直に自分の中に出来た答えを出した。

「確かに……そうかもな」


 この世界は、五秒前に作られた。

 何て無意味な話なんだ……

 その意味が、ようやく理解出来た。

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