第9話 箱(2/3)

 この世界は、箱の中に作られたミニチュアなんです。

 本当の世界は、この箱の外にあります。

 2024年に世界規模の大きな災害が起こり、人口が激減しました。

 原因は……疫病です。

 非常に感染力が高く、広範囲で致死率も高いです……たった一年で、人類の九割が感染し死にました。

 人口の激減に危機感を覚えた科学者達は、互いに連絡を取り合い、少ない人員を集め、世界規模のプロジェクトを静かに各地で発足しました。

 それは「クローン計画」です。

 クローン技術を用いて人間を作り直し、人口減少を防ぐというものでした。クローン技術は2016年よりも発達しており、理論上は可能だと言われていました。

 ですが、実際に行うとなると困難だとも言われていました。

 人員の数や環境が劣悪だったということもありますが、何より実験を長期で行う為の資源が足りなかったのです。

 しかし、その問題を解消する為にある一人の科学者によってコスト削減の法が考えられ採用されたのです。

 それは実験サンプルを縮小化し、実験に使うエネルギーを節約するという内容でした。

 手の平サイズになったサンプルは、箱と言われるゲージの中で、2015年の文化的な生活を行わせ、日々観察されています。

 完璧な人間を作る為に……

 私は、その実験メンバーの一人です。

 貴方達は……いえ私も含め、この街の住人全員が実験サンプルなんです。

 ここは……サンプルを観察し逃げ出さないようにする実験場なんですよ。



「……何だよそれ」

 俺達が実験のサンプル?

 ここが小さな箱の中の実験場?

 今は2031年?

 いったい……どうすれば良いんだよ?

「それじゃあ……僕達はクローンってこと?」

 俺が言葉を失っていると、大野が前に出た。

 それに梅沢はたじろぎながらも頷く。

 それを見た大野は、さらに質問を続ける。

「……あの空が赤くなる、世界の終わりみたいな現象はどういった理由があるんだ? 急に人が死んでいく現象も」

「……あれは、遺伝子暴走が原因です。クローンと言ってもまだ実験の段階で、遺伝子が不安定になり人間としての体を維持出来なくなるのです。そして遺伝子暴走が起こった際、管理している箱の上部が赤く発光するよう設計されている為、空が赤くなったように見えるのはそれが原因なんです」

 ……つまり、俺達は飼われているんだ。

 俺達はクローンで、本物ではない。

 この街も、

 自然も、

 俺達の体も、

 意志も……

「な、なあ……お前が言っていることが本当なら、俺達も含めたこの街の住人全員が偽物ってことなんだよな?」

 俺は梅沢に問いかける。

 それに対して梅沢は、俺の顔を見るなり、俺以上に辛そうな顔をして黙ってしまう。

「僕達は偽物と言うより、実験用のモルモットだ……」

 梅沢の代わりにと言わんばかりに大野が答えた。コイツは、今の話を聞いて何も思わなかったのかと問いたくなる程冷静な振る舞いだった。

「僕達が実験用のモルモットだとすると、本当の世界は今どうなっている?実験の状況は?」

 彼の問いに、梅沢は言いにくそうな表情を見せながら返す。

「現在……私達は、少し困難な状況に立たされています」

 梅沢は俯く。

「現在、実験に携わっている等身大の人間は……一人です」

 ……一人?

「何でそんな大規模な実験を一人の人間でやってんだよ! もっと多くの人間が関わってるはずだろ!」

 俺は、焦りで思わず怒鳴ってしまう。

 梅沢は、また言葉を選ぶように考え込む。

「……他の研究者は、皆死にました」

「し、死んだって……」

「皆、病気や殺し合いで亡くなりました……そして、今の人類は確認する限りその研究者ただ一人です」

 梅沢は言葉に、俺は硬直した。

「それって……人類はほぼ全滅しているってことじゃねぇか!」

「で、でも! 実験は、今はほぼ機械で自動的に行われています! だから安心してください!」

 梅沢は必死に伝えてくる。

 だとしても、こんなの誰がどうこう言ったって、どうしようもない状況だ。

 もう、すでに世界は終わっているのだから……


 しばらく無言の時が流れ、やがて煙草を吸い終えた大野が口を開く。

「……僕達の身に起きている記憶を引き継ぐ現象の正体は何なんだ?」

 そうだ。俺達にはその謎がある。

 梅沢はまた悩み、そして答える。

「この記憶を受け継ぐ現象の原因は、よく分かっていません。ただ……私は、魂が関わっているのではないか、と考えています」

「……魂?」

 いきなり、オカルトがかった単語が出てくる。

 梅沢は続ける。

「一般的には霊魂論……魂論で通じると思うのですが、聞いたことはないですか?」

 それは何となく聞いたことがある。

 俺も凄く詳しい訳ではないので、簡単に言うとこの世界に魂があるかないかとか、死後の世界があるかないかとか、という議題を元にしている。

 話すと長くなるのだが、要は俺達の意識は脳が管理しているのか、それとも漫画やアニメや昔話なんかに出てくる火の玉みたいな魂という物にくっついているのか、という内容が元になっていろいろいな想定が展開されていく話だ。

 自分という物は、身体の何処にあるのか、という話でもあった気がする。

「……どうして、そんな話が出て来るんだよ」

「だぶん……恐らくですけど、私の考えでは関係があるかもしれないからです」

 そう言って、梅沢は話し出す。

「まずは、私達が行っているクローン実験の内容から説明します。実験の環境は、箱と呼ばれるゲージが四つあり、その全てい同じ環境が作成されています。気温や風景、人間や風の流れなど、全く同じ物が用意されているのです」

 ゲージという言い方は止めてほしいが、俺達が住んでいるこの街や山が後三つあるということになる。

 と、いうことは……

「俺等も、後三人いるってことなのか?」

「そうです……」

 なんてことだ。

「実験の結果。全く同じ環境において、遺伝子が類似している個体は、全く同じ動作をすることが分かりました。どういうことかと言うと、例えば……こうして、私が松本さんと大野さんに事実をお話しているとします。すると、何故か違う箱の中にいる私も松本さんと大野さんへ同じように真実を話しているんです」

 似たような話を思い出した。

 確か双子の環境実験の話だったと思う。

 ほぼ同じ遺伝子やらDNAやらを持った二つの個体を用意し、離れた所で似たような環境の中で生活させたらどうなるかという物だ。

 その結果がどうだったのかは覚えていないが、梅沢の話によると、俺が今ここで何も考えず右手を挙げれば、壁の向こうにいる三人の俺も右手を挙げるのか。

「どうして動きが同じようになるのかは、今のところ原因は謎です。ただ、その中でも私達だけが記憶を共有しているという点で、この箱の中の人々にはない、共通点があるんです」

「共通点?」

 俺と大野、そして梅沢には何か共通点があるらしい。

 性別でもなければ、身体的に似てる部分なんてないし、性格もバラバラだ。

 何処に共通点が?

「私達三人は、等身大の体を一早く制作されていて、もうすでに身体としての形は現実の世界にあるんです」

 等身大の体……もしかして……

「ってことは、俺達の体は等身大のサイズで残っているってことか?」

「いえ、正確に言うと、私達三人の体を新しく作り直されたんです。もちろんクローン技術を用いて……」

 研究員一人でも、そこまでのことが出来ているんだな。

「それにしても、何で俺達なんだ?梅沢は研究員の一人だから分かるが、俺や大野より先に作るべき人間がいるだろ?」

「その答えは簡単です。貴方達が優秀な研究チームの一員だったからですよ」

 貴方達・……って言うと、俺と大野のことか?

 いったい何の冗談なんだ……

 大野が二本目の煙草を吸いながら梅沢に確認する。 

「……君は、等身大の体が現実世界に存在すると、僕達みたいに記憶を継続させられるのではないかと考えている訳だね」

 梅沢は頷く。

「はい……私達だけが現実の世界で等身大の身体持っていて、それが中継地点か何かの役割を果たしているのではないかと考えています」

 大野は、考える素振りを見せながら尋ねる。

「そう言い切れる……何か根拠はあるのかい?」

 それに対して彼女は頷く。

「信じては、もらえないかもしれませんが……私の等身大の身体が、まだ存在していた時に……寝ている際に、この身体……私のサンプル体を動かす体験をしていたんです。しかも、一度ではなく何度も……」

 その話に大野と俺は、

「箱の中に意識が移動した……ってことかい?」

「夢……って訳じゃなかったのか?」

 と、疑う。

 しかし、彼女は首を振る。

「その頃は他の研究員も健在で、検証をした結果、どうやら本当に、私の意識は移動していたみたいです」

 口答で言われたところで、正直信じられる話じゃない。

「原因は未だ不明で、いろいろな説が建てられました。その中でも私は、霊魂論なのではないかと思っています。魂が、等身大の身体を中継し、記憶と共に、別の箱の中に居る私達に移るのではないかと……」

 梅沢は俺達を見るも、俺達は返事を返してやることが出来なかった。

 その反応を見た彼女は、我々から目線を反らす。

「ごめんなさい……こんな考え、非現実的過ぎですよね?」

 梅沢は俯きながら嘲笑い、自分の意見を否定した。

「実はもう一つ……記憶継続の理由と思われる原因があります。さっきの話よりもっと納得いく理由だと思うのですが……」

 まだ何かあるのかと、俺は黙って梅沢の様子を伺う。

「遺伝子暴走後に、新たなクローンを生成するのですが、その際に起きた不具合の可能性があります」

 俺と大野は黙り込む。梅沢はその様子を見て、少し考え込むが、やがて結論を述べる。

「……言ってしまえば、バグです。クローン計画の為の実験設備の不具合。施設整備の人材も、もうすでに居ませんから……」

「……ちょっと、待ってくれよ」

 俺は頭を抱える。

「じゃあ俺達の記憶は、機械によって作られた物ってことなのか」

 梅沢は、ゆっくり頷く。

「……そもそも、この世界事態そういう設計で作られています。日々この世界の人々のデータは取らせてもらっていますからね。他の箱の人々のデータを写させてもらい、新しく作られた人々へ移植する。他の箱の人々と全く同じ所から、日常を始めてもらっていますから……」

 俺は、その言葉に気持ち悪さを感じた。

「それって……俺の……俺達の記憶は、全部コピーされた物ってことだよな……」

 その言葉に梅沢は目線を反らし、小さく頷いた。

「いえ、私達の場合は、記憶を上書きされていないと考えられます。その記憶を移し替える行程で、偶然我々だけが、記憶を移植されず、引き継いでしまったということです……」

 ……なんなんだよ。

 世界の終わりに立ち向かうには、力も大きさも、何より命がいくつあっても足りなさ過ぎる。

 寧ろ止める必要がない。

 俺らの身体も、それ所か記憶や意識すら作られた物かもしれない。

 俺って……いったい何なんだ?

「どうしろって言うんだよ……」

 俺達はクローンで、

 この世界も作り物で、

 本当の世界はまともに人が住めなくて、

 人類がたった一人って……

 いったい、どうすれば良いんだよ……

「……」

 大野も口を噤んでしまう。

 もう、どうしようもない。

 俺達が気付いていた時には、もうすでに世界は終わっていた。

 まだ、クローン計画は続けているが、それも絶望的だ。クローン計画が成功する前に、人類は絶滅するかもしれない。

「……ここまで聞いてしまった以上、貴方達には二つの選択肢があります」

 梅沢は決意を固め、真っ直ぐ俺達を見つめる。

「一つは、私から設備の点検を行ってもらうように頼みます。それでバグの改善を行ってもらいます」

「お、おい! ちょっと待てよ!」

 梅沢の言葉に、思わず俺は止めてしまった。

「それって……俺達の記憶の継続を止めるってことだろ!」

 そう聞くと、梅沢は優しく微笑む。

「私の予想が当たっていれば、ですけどね」

 梅沢は少し間を置いた後に、改めて話し始める。

「バグが解消されれば、たぶん記憶の継続も止められると思います。そうすれば、貴方達もこの世界の人達と同じく、何も知らず、何も苦しまずに生きていけるはずです」

「ふざけんな!」

 俺は、梅沢の言葉を振り払うように怒鳴った。

「それはつまり、事実を知った俺等の記憶を消し去るってことだろ!」

 そうなったら、俺はどうなるのか、予想が付かない。

 今までのことがなかったことにされるということは、今の俺の意識はどうなるのか……

「落ち着いて下さい。松本さん」

 梅沢は、落ち着いた口調で答える。

「確かに、貴方達にはリスクのある話です。理屈の上では、ここまでの記憶を維持した上で記憶継続が起こらなくなるようにはなると思います。ただ……もしかしたら、記憶を書き換えなくてはならないことになるかもしれません。今の人格も変わってしまう恐れは、無いとは言えません」

 そして、梅沢は優しい笑みを浮かべ、

「だからこそ、二つ目の提案です」

 梅沢は、簡単に息を整え、

「全部忘れるんです」

 笑顔を作り、彼女は告げた。

「遺伝子暴走も、外の世界のことも、クローン計画のことも、今この場で全部無かったことにするんですよ。私も貴方達に関与しません。システム検査を行う際も貴方達の記憶を消去しないように最善を尽くします」

「お前……」

 そんなの、一番無理だ。

「ここまで知って、何もしないなんて出来るかよ!」

「でも……それでも、この状況を知ったところで、何も出来ませんよ。大野さんならもう気づいていますよね?」

 俺は横に立っている大野に眼に向ける。

「……」

 相変わらずの無表情ではあるが、彼は何かを考える素振りを見せる。

「……嘘を付かずに答えてほしい」

 大野は、梅沢に目を向ける。

「実験は……このまま行けば、成功するんだね?」

 大野は、どことなく恐る恐る尋ねるようにゆっくりと尋ねた。

 それに対して、梅沢は少しだけ間を置き、

「……はい。後少しで完璧な等身大の人間を作ることだって出来ます。後は本当に微調整の段階なんです」

 真剣な表情で答えた。

 それに対して、大野は軽く溜め息を吐く。

「……わかった」

 そう一言呟くと、車の中に戻ろうとする。

「お、おい! 待て! 何処行くんだよ!」

 俺はとっさに大野を制止させようとするが、振り払われてしまう。

「君も……さすがに理解したんじゃないのか?」

「な、何がだよ?」

 彼は、冷めた目で俺を見下ろし、

「僕達に出来ることは、もうないんだよ……」

「そんなこと……ないだろ」

 俺は、必死に抗議しようとするが、その先の言葉が出てこなかった。

「僕等はただのモルモットだ。僕達が何かしようとすることは、逆に彼女達の迷惑になる」

「大野……お前……」

「梅沢さんの提案、答えを出すのは少し待ってほしい……前向きには考えさせてもらう」

 その言葉を聞いた梅沢は、考える素振りを見せる。

「……余り、ゆっくり考えても答えは出せないと思います」

 梅沢は俺達を交互に見る。

「実験のメンテナンスも早く行いたいので……一週間……それだけ持ちます」

「……一週間」

 思わず、彼女の言葉を復唱する。

「一週間経ったら、強制的に記憶を消すのかい?」

 大野は、まるで他人事のように、平然とした態度で聞き返す。

「……はい、正確には一週間後の遺伝子暴走時を目安に……アナタ達の言う世界の終わりの後に処理します。知らず知らずの内に、忘れてしまった方が、お互い楽だと思いますから……」

 大野の質問に答えた梅沢は、一歩後ろに引く。

「アナタ達の今後の未来に関わることを、かなり短い期間で答えを出してほしい何て、無茶なのは分かっています……ですが、ご理解をお願いします」

 と良いながら、頭を下げてくる。

「……分かった」

 それを聞いた大野は、納得したように頷く。

「……」

 俺は、言葉を失った。

 このまま何もせずにいたら記憶を消される。

 この世界はこのままで、何も変わらない。

 俺のこの意志も、何もかも消されてしまう。

 止めなくては……

 だが、余りにも事が大き過ぎて、俺達の出る幕ではない。

 何か手伝えることがあるかと聞かれたら、何もない。ただのモルモットである俺達は、何も知らず平和に暮らし、データを取らせてやることが一番の貢献になる……

 どうすれば良いんだよ……・これ……

「松本さん」

 唐突に梅沢が声を掛けてくる。

「一つ確認したいことがあります……」

 彼女は、また改まった表情で俺に真っ直ぐ目を向ける。

「その……私のこと、覚えていないですよね?」

「え?」

 前にも同じことを言われた気がする。

 覚えているかだって? こんな時に意味の分からないことを聞かれても困る。

「やっぱり、覚えてはいませんよね……」

「……どういう意味なんだ?」

 その問いに、梅沢は笑みを浮かべる。

 しかし、諦め切ったように、今にも泣き出しそうな悲しい笑みを見せ、彼女は答えた。

「昔……いえ、本当の世界の私と松本さんは、仲が良かったんですよ。ただ、それだけだなんです」

 昔、俺と梅沢は仲が良かった? 恋人か何かだろうか? そんなこと、俺が知っているはずがなかった。

 俺は、梅沢の問いには知らないとしか答えられないと首を横に振る。

 すると、彼女の表情は更に暗くなる。

「……貴方が世界の終わりの記憶を持ち始めた時、少しだけ期待してしまったのですが……やっぱり、貴方は私の知ってるカツヤさんじゃないんですね」

 梅沢は、後ろ向き顔を隠す。そして、深く呼吸を整え話し出す。

「霊魂論なんてある訳ない……少し夢を見過ぎたのかもしれません。馬鹿みたいですよね……」

「……さっきから、何言ってんだよ」

 俺は自分の拳を握りしめる。

「それって、要は外の世界の俺のことなんだろ?」

 話してくれないかと掛け合う。しばらく、梅沢は黙っていたが、俯きながら少しだけ話してくれた。

「貴方とは……いえ、カツヤさんとは、昔からの付き合いでした……」

 凄く違和感のある内容だが、これは現実世界の昔話で、ここではその再現を行っているってところか。

「カツヤさんは、人付き合いの苦手な私とも仲良く接してくれたり、お友達を紹介してくれたり、些細なことなのかもしれませんが本当に恩人でした。それでその……」

 その後、梅沢は言葉を濁し話さなくなった。

 何を言いたかった分からない為、俺も何かを答えてやることが出来なかった。

 梅沢の言う通り、俺は外の世界のこと何て覚えておらず、昔梅沢と何があったのか何て記憶は持っていない。

 正直、外の世界の俺なんて、もはや別人としか思えない。

「……ごめんなさい……こんな話しをしても、松本さんには……」

 梅沢は俯くが、すぐに顔を上げ笑みを浮かべる。

「私は、今でも貴方への思いは変わりませんから……」

 何か、凄い違和感を覚える。

 梅沢は、俺を見つめているが、俺自身を見ていない。

 そう思えた。

「梅沢」 

 俺は、微笑み続ける彼女に、

「お前は……俺に何を言いたいんだ?」

 と、問い掛ける。

 その問いに梅沢は、胸に手を当てて答える。

「……その……私は、貴方には苦しんで欲しくないんです……例え、私の知っているカツヤさんじゃなくても……貴方には……」

 さらに彼女は続ける。

「あくまで私の願望ですが、貴方に記憶継続を止める道を選んでほしい……」

「それは何でだ?俺に覚えててもらっちゃ困ることでも……」

 そう聞くと、梅沢は首を横に振る。

「違います! 本当に貴方には苦しんで欲しくないないんです!」

 梅沢は、一歩俺に歩み寄り、手を握ってくる 

「これ以上……辛い経験をする必要はないんです。貴方だって、大切な人が死ぬところなんて、もう見たくないでしょ? だから……私は……」

「……」

 俺は、今まで見てきた世界の終わりを思い出す。

 確かに、必死に阻止しようとしても運命は変わらなかった。何をやっても無駄だと十分に味わった。

「だ、だけど、このまま何もしないなんて、出来ないだろ!」

 それでも、この現状を変えたいとは思う。

 世界が終わっていようが、何とかしたいと考えてしまう。

 梅沢は、顔を伏せる。

「……」

 しばらく、黙り込んでしまうが、やがて彼女はゆっくりとした口調で答える。

「貴方は……どうして関わろうとするんですか?」

「どうしてって……それは……」


「「……貴方は、何をしたいのですか?」」


「え……」

 梅沢の言葉が二重に聞こえた途端、それは訪れた。

 空が赤く染まり、黒い雲が流れる。

「……」

 まただ。

 また、世界の終わりが訪れたのだ。

「車を出すよ……」

 いつの間にか車に乗っていた大野は、サイドガラスを開け、出発することを告げてくる。

「……松本さんは、ここで待ってて下さい」

 梅沢は後部座席に乗り込む。

「お、おい!」

 そうは行かないと、俺も車に乗り込もうとする。


 何をしたいのですか?


「……」

 乗り込もうとするが、梅沢の言葉が頭の中に響き、ドアに掛けた手を止めてしまう。

 このまま、乗って良いのか?

 行ったところで、今度は何をすれば良いんだ?

「……行くよ」

 大野は、俺に呟いてくる。

 行くから早く乗れということなのか、

 発進するから手を離せということなのか、

 今の俺には判断が出来ず、何も受け答えが出来なかった。

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