第8話 ハルマゲドン(3/3)
そして、数日経った。
数日の間、世界の終わりは訪れず、平和な日常が続いていた。
今日は土曜日の昼ということで、大学生の大半は休日である。だが、今俺は大学の校門前に立っている。もちろん理由はある。
「お、お待たせしました!」
息を切らせながら梅沢が校舎内から駆けてきた。
「おう、それじゃあ行くか」
今日の予定は、俺と梅沢そしてカオルの三人で食事に行く約束になっている。表面上は……
「あの……カオルさんが来ていないみたいですけど?」
「ああ、アイツは先に店行ってるってよ」
「そ、そうなんですか?」
オドオドと、俺に尋ねてくる梅沢。その様子を見ていると何だか、これからやることに対して罪悪感が生まれて来る。
とりあえず、俺達二人は下山をする。
大学は山の中腹にある為、街に向かうには強制下山を余儀なくされる。駅から一応バスは通っているのだが、時間の感覚は三十分毎でお世辞にも使い勝手が良くはない。
それなら、山道は緩やかなので、近場の住人は電動自転車やバイクで行き来した方が、楽で安上がりだと考える者も少なくない。
実は俺も自転車通学者の一人である。下山した街の中にあるアパートを借り、その近場でバイトをしている為、自転車を購入していたりする。
「そう言えば、梅沢は何処から大学に通ってるんだ?」
「私ですか? 一応大学の女子寮からです」
寮から通っているのか。
この田舎大学にも学生寮があり、女子寮と男子寮の二つがそれぞれ建てられている。
俺も男子寮から通うかもしれないということで、立ち寄ったことがある。風呂トイレ共同で食堂もあり、建物の中は清潔で快適そうであった。
「実家通いじゃないんだな」
「……」
その問いに答えは返って来なかった。
しばらく、こんな感じでポツリポツリと話を続ける。
ここ数日、梅沢と少しずつだが会話をした。その中で、彼女のことを少しだけだ理解出来たと思う。
梅沢は、メンドクサがりだ。態度や行動は時々ぼーっとしているが、基本的には真面目。口調も丁寧で、俺達の誘いに嫌な顔はするがちゃんと来てくれる。
流される方が楽、そういう雰囲気を彼女から感じ取れるのだ。
梅沢の真面目な態度も、人に逆らったらメンドクサいことになるからであり、適当に相づちを打っておけば丸く収まると思っている節がある。
俺もここまで感覚的に人の心理を感じ取ったのは初めてで、あっている保証はない。まだ、梅沢と会ってそれ程日は経ってないのだから、寧ろ外れているであろう。
これで梅沢という人間が、俺の予想とは違う人間であったら、本当に失礼な話だ。それでも梅沢からは、人を思いやる優しさを感じ取れる。
だからこそ、世界の終わりに関しても、優しい口調で悪い夢を見たのだと、嘘を言ってきたのかもしれない。
そうこうしていると、いつの間にか俺達は下山しており、一度足を止めた。
「どうしたんですか?」
梅沢は、控え目に俺の顔を覗き込む。
「ああ、実は車を呼んであるんだよ」
「く、車ですか? カオルさんが運転を?」
梅沢のビビっていると、白い乗用車が一台、俺達の目の前に止まる。
「いいや」
「……え? じゃあ、誰が?」
「先輩に車を頼んだんだ」
そう言うと、車のドアロックが解除される音が聞こえる。
「梅沢、先に乗ってくれ」
言われた通り、ドアを開けて後部座席に梅沢は怖ず怖ずと乗り込もうとする。
「よ、よろしくお願いしま……なっ!?」
梅沢は、運転手に挨拶をしようとしたが、直後に硬直する。
「……」
無言で運転席に座っているのは大野である。
「あ、あ、ああ、貴方は!」
「……こんにちは」
以前、大野と梅沢は世界の終わりの件で接触したことがあるそうだ。
結構前の話だったそうだが、梅沢も大野のことを覚えていたみたいだ。
「ほら、中に入れって」
「え? きゃ!」
無理矢理梅沢を車の中に押し入れる。
混乱する梅沢に無理矢理シートベルトを着け、俺も一緒に乗り込み、車を発進してもらう。
「ど、どういうつもりですか! お、降ろして!」
梅沢の叫びに、大野は無言で車を発進させる。
アクセルを強く踏む大野。
そして、車は凄まじい速さで加速していく。
車は街から、全く逆の方向へと突き進む。
「何処に行くつもりなんですか!」
「俺達はこの車で、あの見えない壁に突っ込む!」
俺は揺れる車内の中で、全員に聞こえる声で返す。
梅沢は、困惑した表情をさらに青ざめさせる。
「か、壁って……ま、まさか!?」
「やっぱり知ってるんだな?」
俺の言葉に、しまったと言わんばかりに梅沢は泣きそうな顔で口を覆い隠す。
「こ、こんなこと止めて下さい! こんなことをしたって無駄ですよ!」
「無駄かどうかは、試さなきゃ分からないだろ!」
「このままじゃ、皆ただでは済みませんよ!」
尚も車は加速する。
徐々に街の方から離れていき木々が続く人気のいない場所へと変わっていく。
「……そこだ」
ボソッと、注意していないと聞き逃してしまう程の声で大野が前方を見ながら呟く。
前方には林道しか見えない。
だが、まもなくそれのある場所に辿り着くのだ。
大野に教えられ、そこに壁があるというのは確認した。
たぶん、後数秒で辿り着く。大学から最も近い世界の壁に……
「止まって! 止まって下さい!」
梅沢は縮こまり、頭を押さえながら怯える。
だが、車は止まる気配がない。
俺もそろそろ、不安になってきた。
大野とは価値観や考え方は相容れないが、完全な敵という訳ではない。
俺と同じ立場であり、少なからず真実を知りたいとは思っている。
だから今回、梅沢から全て吐かせる為に大野と協力して一芝居打つことにしたのだ。車を世界の境界線の手前まで走らせ、梅沢があの見えない壁の存在を知っているなら、何らかのアクションをするかもしれないと考えたのだ。
だが、果たして大野は俺の言う通り、壁の直前で止まってくれるのだろうか。
死ぬのはリスクがデカいと、大野自身が言っていた。
だが、コイツは身内を救済とか抜かして簡単に人殺しをする考えの持ち主だ。
人を殺すことに躊躇がない。
もしかしたら、自殺することさえ……
「お、おい大野! もう良いから止まれ!」
「……」
大野の無言に背筋が凍った。
彼はこちらを振り向きもせず、何食わぬ顔で運転を続ける。
「おい! 止めろ! 止めろって!」
俺は運転席を揺すり、大野の暴走を制止させようとする。
しかし、大野は反応しない。
「こ、このままじゃ!」
「し、死ぬ!」
梅沢と俺は体勢を低くし、何とか衝撃をなくせないかと最善を尽くす。
もうダメだ! ぶつかる!
そう思った瞬間、女の悲鳴のようなブレーキ音と共に車体が絶叫マシンのように回った。
遠心力によって、体が後ろに引っ張られ、胃液が逆流しそうになる。
車は急激に速度が落ちていき、やがて……
ゴン。
と、いう音と共に車体の横に揺れる。
「……壁に着いた」
そう、言葉の通り大野は車体の横にピッタリと世界の境界線である壁に付けたのである。
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