第8話 ハルマゲドン(2/3)

「よお!」

 軽く手を挙げ、声を掛けるが反応しない。

「おい! 梅沢!」

「え? あ、は、はい!」

 その掛け声には流石に気づいたみたいで、ビクッと驚きつつこちらを振り向く。

 何でだ? 俺の周りには反応の鈍い奴が多い気がする。

「ま……松本さん?」

「あーっと……隣の席良いか? 空いてるだろ?」

「え……ええ?」

 問答無用で、隣の席に座る。

「ど、どもー……」

 カオルが続いて座るなり、俺に耳打ちする。

「いったいどうしたの? それに隣の子は友達? も、もしかして彼女とか……」

 横にいる梅沢からは、小声で「どういうつもりですか? 何か企んでます?」と呟く。

 こんな感じで、カオルも梅沢も動揺する中、気にせず俺は、少し大げさな声でカオルに話しかける。

「いや実はさ、俺の知り合いで絵を描くのが上手い奴がいて紹介したかったんだよ。な! 梅沢さん!」

 と、視線を梅沢へと向ける。梅沢は状況が飲み込めず「え? え?」と見るからに混乱している。彼女にも人間味のあるところがあるんだなと思った。

 それはともかく、話を聞いたカオルは――

「何ですと!」

 鼻息を荒くし、身を乗り出して顔を梅沢に近づける。

「ひっ!」

 その勢いに、梅沢は後退する。

「私の名前は、竹人カオルです! マルチ制作研究部のキャラクタデザインを担当してまして! カオルちゃんか、汚い雌豚と呼んで下さい!」

「は、はい?」

 と、明らかに顔が引きつる梅沢。

 俺の考えが甘かったか、これは会わせる人選をミスったかもしれない……

 俺はフォローを入れようとする。しかし、それより早くカオルは……

「あ……ご、ごめんね。つい嬉しくて、興奮しちゃった……キ、キモかったよね?」

 と、先に謝った。

 カオルは、いつになくしおらしい反応に俺は驚いた。自分の言動が気持ち悪いという自覚があったのか……

 その様子を梅沢も察したらしく、作ったような笑顔でカオルに言う。

「……いえ、そんなことありませんよ。元気が良くて面白い人だなって思いました。松本さんと違って」

 最後の一言はいらなかったが、梅沢は笑みにカオルは「キター!」だの「マジ天使!」だのテンションが高まる。

「え、えっと! な、名前は?」

「梅沢ユキです!」

 慌てふためくカオルに、梅沢は母親のように優しい笑顔で対応する。

「梅沢さん! よ、良かったら、わ、私と! と、と、と、友だ……結婚して下さい!」

「何でだよ!」

 我慢出来ずに、俺は思わずカオルの額に突っ込みを入れフォローも入れておく。

「とりあえずコイツの言動はほとんど無視して良いから、仲良くしてやってくれないか?」

 あまり引かせ過ぎると、上手く梅沢に近づく口実が出来ない為、補足を付け足しておく。

 梅沢はキョトンとしながらも「は、はい」と頷く。だが、流れに流されていることに気づいた梅沢はハッと我に返り、俺に耳打ちしてくる。

「何を企んでいるんですか? 私に近づいても何も出ないですよ?」

 警戒していることを親切に忠告してくれる。さすがの梅沢も、いきなりの出来事に動揺している様子で少し面白くなってきた。

 俺は、わざとらしく溜め息を吐き、

「俺、あの出来事は夢だと思うことにしたんだ」

 と、告げてみる。

 俺の言動を意外に思ったのか梅沢は「え?」と驚いてくれる。

「別に俺が、何かをやってもやらなくても世界は変わらないって気づいたからさ、もうどうでも良いかなって思ったんだ。まあ、それを報告しに来たんだよ」

 いろいろすまないな、という一言を付け加えて謝っておく。

「……そうなんですか」

 と、明らかに俺を怪しんだ視線を向けてくる。まあ、いきなり相手が手の平を返してきたらそうもなる。

 そろそろ授業も始まりそうな時間になった時、カオルはふと俺達の目の前にノートを差し出してくる。

「梅沢さん! これが私の描き残してきた歴戦の数々だよ。ぜひ、見て下さい!」

 梅沢は受け取り、パラリと適当なページを開く。

 たぶん、カオルの描いてきた絵だろう。俺も何となく気になり覗いてみる。

「「……!」」

 俺と梅沢は、同じ物を見て硬直する。

 それは、可愛い女の子の絵だ。誰が見ようと、アニメなんかで出てくる四等身程の可愛い女の子が描かれている。ただ、その女の子は泣きながら裸にされ、何人もの筋肉質な男達に陵辱されている社会倫理的に不味いものが描かれていた。

 確実に公共の面前で広げて良い物ではない。

「いや~、全部授業中に描いた奴なんだけどさ~」

「授業中に何てもん描いてんだ!」

 俺はカオルにチョップを決める。

「い、いや、そこのページは男性用だからさ。次のページが女性用ね」

 鼻を押さえながら、弁解するカオル。

「そういう問題じゃねえよ!」

 カオルにもう一発入れ直そうと思い構えるが、

「こ、これは!」

 突然、梅沢が驚く。気になりそちらを見てみる。

 梅沢は口を押さえノートの中身を凝視し、固まっていた。今度は何の絵だと、覗いてみると、今度は少女漫画風の格好良い男性二人が、何故かお互い裸で絡み合う姿が描かれていた。

「「お、男同士で……」」

 俺と梅沢は同時に呟く。驚きを通り越し、何か寒気を覚えた。

 カオルは、こんな絵も描くのか……

「そういう絵を描けってトモミ先輩から命令されたから練習してたら、寧ろこっちの方が上手くなりました!」

「ならなくて良い!」

「……良いかも」

「「え?」」

 梅沢は赤面しながらも鼻血を垂らし、カオルの描いた絵を凝視する。ページを進める手も早くなり、目が血走っていた。

「う、梅沢さん?」

 カオルが呼びかけてみる。しかし、梅沢は目をギラつかせ、完全に自分の世界に入っている。

「梅沢……お前そんなのに興味あったのか?」

 俺は、怖い表情の梅沢に、恐る恐る聞いてみる。その一声には、梅沢はハッと我に返る。

「べ、別にそんなんじゃありませんからね! 絵が上手いなって思っただけですから!」

 非常に気に入ったらしく、カオルのノートを抱えながらたじろぐ梅沢。

「梅沢さんも、特殊性癖者なんだね! これは二人で美味しいお酒が飲めそうだよ!」

 カオルは感極まり、満面を笑みを浮かべていた。


 何だかんだカオルの御陰で、梅沢に近づくことに成功した。

 近づくだけなら、単に話しかければ良いだけなのだが、梅沢はそれでも逃げて行くだろう。

 俺には人を引きつけるだけのトークスキルもない為、共通の話題を振るという、何ともありがちなコミュニケーション方法を取るしかなかった。代行者は使わせてもらったのだが……

 講義が終わった後も、今度はカオルが、梅沢の背景画を見せてもらうことになり、

「え! 梅ちゃん上手い! いつから絵を描いてるの?」

「……中学生ぐらいの時に教えてもらって」

 と、絵描き同士、梅沢とカオルは会話が弾んでいるみたいだった。

 その後も、一方的にカオルが話しかける構図は続く。

「うちの部活さ! ゲーム制作をしてるんだけど、素材とか拾い物が多いんだよ」

「マルチ制作研究部……ですか?」

「お! 知ってるの? なら話が早い! 人手が足りなくてさ、背景が写真の加工だけなんだ! ちゃっちいでしょ? だから、もし良かったら梅ちゃんもうちに入ろうよ!」

 など、距離を近づけるどころか、いろいろ端折ってストレートに勧誘してくるカオルである。

 それに対し梅沢はと言うと、

「え、えっと……」

 オドオドしながら、俺に助け船をくれと視線を送ってくる。

「良いんじゃないか? 梅沢に合ってると思うぞ」

 だが、俺が随一苦手な笑顔で返してやる。

「うう……」

 梅沢は言葉を詰まらせ、困惑するのだった。

 こんな感じで平日の数日間、ほとんど俺とカオル、そして梅沢の三人で過ごした。

 梅沢の隣に無理矢理座り、無理矢理食堂に誘い、カオルはマルチ制作研究部に勧誘し続けた。

 梅沢の反応は、どれも嫌そうな顔はするものの、遠ざかろうとはせず、何だかんだ俺達に着いてきてくれた。

 しばらく彼女の動向を伺っていたが、俺達以外に話す相手はいないらしく、確認を取ってはいないが、たぶんボッチ学生なのだろう。講義室が騒がしいと大分浮いて見える。

 今回梅沢に近づいたのは、ただボッチの女の子と、お近づきになりたいといった下心なんかでは断じてない。

 これは俺の目的の為の下準備だ。

 ついでに、アイツにも協力してもらおうか……

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