第7話 救済者(6/7)
「お疲れでーす!」
マルチ制作研究部のドアが開き、竹人カオルが中に入ってくる。
そして……
「……遅れた」
それに続けて、大野も一緒に入って来た。二人が入って来るなり、
「遅い! 何やってたのよ!」
中村の渇が入れられる。
「寝坊しました! いぎゃあああああああ!」
素直に答えるカオルを中村は無言で鉄拳制裁を加え、続いて大野が、
「研究で遅れた……途中でカオルちゃんに会ったから一緒に来た」
ボソッと二言呟く。それに対して中村は、自分の髪の毛をイジりつつ顔を背け、
「ま、まあ、アンタは忙しいのは知ってるから許してあげるわよ!」
フン、とそっぽを向き社長椅子の自席に座る。
なんだろう? 間違った反応ではないのだが、俺は今格差社会の縮図を垣間見た気がする。
「あれ? 何でカツヤ君が部室に居るの!? 講義を欠席したくせに!」
頭を押さえたカオルが、俺を見つけ近づいてくる。まあちょっとなと誤魔化す。
「昨日アンタが、勝手にうちの部のゲームをやらせたんでしょ? それの報告よ」
そこへ中村が説明してくれた。ここは誤魔化すこともないので素直に頷いて置くことにする。
それよりも、俺は大野が気になる。
あっちの世界では、またしても殺人現場を見せつけられてしまった。それにカオルと一緒に来たということは、あの時カオルはすでに殺されていた可能性が高い。
大野の方を見てみると、何を考えているか分からない表情でパソコンに向かい合っている。
簡単に人を殺せるコイツが、無力で平和なこの集団の輪に溶け込んでいることに、違和感を覚える。
きっと他人事だとか思ってしまえば、こういう風には思わないのだろうが、俺は言わずには居られなかった。
「おい……大野!」
部室は静まり、肝心の大野は振り向かず、黙々とパソコンの作業を行っている。
気にせず俺は続けて、
「アンタは……いつまで、こんなことし続ける気だ」
と、問うと、
「……何のことだい?」
大野は淡々と答えてくる。
俺と大野しか分からないことを良いことに、すっとぼけられてしまう。
「このままじゃ、何も変わらないってことぐらい分かるだろ?あんなことしても、誰も救われる訳ないだろうが!」
大野はしばらく無言になり、そして答えを返してくる。
「……何を言っているのか分からないけど、僕は今の状態で満足している。平和で何よりだと思うけど?」
俺が舌打ちをしたところで、誰かが腕を掴む。見てみると、それはカオルだった。
「カ、カツヤ君、ど、どうしたの?大野先輩と喧嘩したの?」
不安そうに俺のことを見る。
「……お前には関係ねぇよ」
俺は、カオルの腕を振り払う。
「カツヤ君……」
カオルには関係ない。いや、関わらせたくない。
少し冷たく突き放してしまったが、これくらい言っておかないと、好奇心旺盛なコイツは首を突っ込んできそうだった。
……後で、アイスぐらい奢っておこう。
「……」
ふと、辺りを見ると、中村が俺のことを睨んでいた。
そろそろ、この部室から撤退した方が良いかもしれないと感じた俺は、帰り支度を整えた……
その時だった。
「あ! せせ、先輩方! 大変っす!」
突然、小倉が大声を上げる。
「チュチュリナが始まる一分前っすよ!」
「「なに?」」
この場にいる小倉以外、俺も含めた全員が真剣な面もちで反応した。他の連中は知らないが、俺は「いきなりコイツは何言ってんだ?」という意味である。
小倉は、部室に備え付けられたテレビに駆けていき「ほい!」という掛け声と共に、テレビの電源を付け、チャンネルを切り替える。
すると、テレビの画面が明るくなり、ポーンという効果音と共にアニメーションが映し出され、フリフリの衣装を来た可愛い女の子が画面いっぱいに映し出される。
そして、その美少女は我々に対して忠告する。
「テレビを見る時は、部屋を明るくして、離れて見るチュリ☆」
謎の語尾と少女のウィンクと共に目から星が飛び出てくる。
「なんだこれ……」
「「「ほおおおおおおおおおお!」」」
急に部室全体から奇声を上がり、カオル、小倉、そして大野が俺を退け、テレビの前に駆け寄っていく。
「うわ!」
戸惑う俺を無視して、その三人は突然踊りだす。何が起きているのか理解出来ないが、彼らはテレビから出てくる奇っ怪な電波曲に合わせて、踊り狂っていた。
「これは……いったい」
俺は、踊る三バカに訪ねるが、
「チュチュリナ~!」
「「「チュッチュリイイイイイイイ!」」」
テレビの掛け声に合わせて叫び声を上げ、聞く耳を持ってくれない。
俺は考えることを止めようとした時、唯一この場に出ていない人物が居ることに気づき、その人物を見る。
そう、中村だ。
彼女は、見るからにイライラしながら、パソコンをカタカタ叩いている。
凄く話し辛いが、現状を理解する為には尋ねてみるしかない。
「あ、あのー、中村先輩、これはいったい?」
俺はコソコソと耳打ちする。
「……チュチュリーよ」
「はい?」
「天体の使者チュチュリナ・チュチュリー!よ! 何回言わすの! 殺すわよ!」
中村は勢い余って、使っていたマウスパットを俺めがけて飛ばしてくる。俺は避けることが出来ずに顔面で受け止めた。
「魔法の国から来た使者に魔法の力をもらったチュチュリナ・チュチュリーが、人間社会の悪の根元である眉毛デストロイヤーの陰謀に立ち向かう美少女系のアニメよ! 元は深夜アニメだったんだけど、ファンの強い要望で夕方に再放送することになった人気作よ! 主人公のチュチュリナが、触手に陵辱されるのがメインで内容ペラペラだけど、チュチュリナの設定が男の娘ということで、かなりヤバいところまで放送可能っていう萌え釣りのクソアニメ! アタシはこういうの大嫌いだけどね!」
苛立たしげに、事細かく説明してくれる。
とりあえず、最近流行のアニメだということだけ理解した。
しばらくして、オープニングが終わると、映像に合わせて踊り狂っていた三人は、曲が終わるや否や各々席に戻っていき、やり切った顔で静かに自分の作業を始める。
「お前等、内容は見ねえのかよ!」
彼らの奇行に、俺は思わず叫んだ。
それに対して、一番近くにカオルが、
「オープニングが本編だから大丈夫なんだよ! だから安心して!」
と、訳の分からない返答をしてくる。
また、部室はテレビとタイプ音しか聞こえない物静かな空間へと戻る。
俺はこの切り返しっぷりに付いて行けず、頭を抱える。
……もういいや、帰ろう。
俺は自分の荷物を持って、部室を出ようとする。
「え……もう、帰っちゃうの?」
カオルが、寂しそうに尋ねてくるが、俺は「ああ」と一言返し、そそくさと部室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます