第5話 空の区切れ目(4/4)
しばらくして、清掃員の方々に謝りつつ、小倉にお詫びのカレーをご馳走することとなった。
「さっきは、悪かったな」
「え! あ! はい! こ、こちらこそ! すすすみませんした!」
上擦った声で、小倉は深々と頭を下げる。
ちなみに、今俺達は向かい合わせで食堂の席に座っている。
少しコイツと話しをしたいのだが、小倉は明らかに俺のことを警戒しながらカレーをチマチマと食っている。
まあ、嫌そうな雰囲気を見せているし、短めに聞くことにした。
「なあ、赤い空って見たことあるか?」
それを言うと、小倉は例の如く挙動不審になりながらも知らないと首を横に振る。身なりや言動がやや奇抜だが、やはりコイツも無自覚の一般人らしい。
ついでに、知らないことを承知でコイツに今まで起きた出来事を話してみる。もしかしたら記憶が蘇るかもしれないと思い、万が一思い出してパニックを起こしても、コイツなら力尽くで止められる自信があったからだ。
だが、結果は予想通り覚えている訳でもなく、
「ま、まさかコヤツ……厨二病発症者……」
「……はあ?」
「な、何でもないっす! ふひひ」
と、いった具合の返答であった。
予想はしていたが、残念である。
気を取り直して、もう一つ聞いてみる。
「なら、もう一つ。大野ヒロユキのことだ」
「お、大野先輩……っすか?」
話してくれそうな反応だ。
普段の大野の様子や、どういうことをしている奴なのか聞いてみる。
すると、驚いた表情を見せ、
「え……ガチホモ……」
「なんか言ったか?」
「な、なんでもないっすよ! お、お、大野せせせ先輩のことっすよね! ひひ」
と、気持ちの悪い笑みを浮かべながら、小倉は話してくれた。
「い、いつもは、研究室で卒論の実験をやってるっすけど、そ、それでも、マ、マルチ研究部にもよく顔を出すっす。ぶ、部活内では……じ、自分と一緒にゲームのプログラムを作ってるっす」
大野は、割と普通に日常を過ごしているんだな。馴れたとも言っていたし……
「んー……なんか、不審な行動とかは、してなかったか?」
「ふ、ふしだらなことっすか!」
小倉は鼻息を荒くし、聞き返してくる。
「いや、不審な、だ……何かないか? 挙動不審だったり、訳の分からないことを言い始めたりとか」
そう聞くと、小倉はと考え込む。
「え、えっと……この前、ぶ、部活動中に、エ、エエ、エロゲーをやってたっす。それが部長に見つかって、むっちゃ怒られてたっす」
「……いや、お前のことじゃなくて大野のことだって……」
「だ、だから、大野先輩がロリもののエロゲーやってて怒られたんっす!」
「いや、だから! お前のことじゃ……って、はぁ?」
アイツもエロゲーをやるのかよ!
こんな状況になっても、そんなことをやる余裕があるのかアイツは? まあ、あの無気力感から察するに、この事態を諦めているのだろうな……
とりあえず、そんなことを聞きたかった訳ではないので、もっと具体的に聞き直そう。
「あー……例えば、ある時期から様子が変だったとか、怪しい女と絡むようになったとか」
あの梅沢と、実はグルだった何て可能性もあり得る。その探りを小倉に聞いてみた。
だが……
「き、きたああああああああああああああ!」
小倉ガッツポーズで席を立ち上がる。
「お、女の、ここ、こ、交友関係を知りたいとか、露骨過ぎるっすよ! 私情偵察キタコレ!」
目が血走りながら、顔を真っ赤にして叫び始める小倉。
「お、おい……良く分からないけど落ち着けよ」
とりあえず、宥めると「サーセン」と言いながら着座する。小倉がモジモジと自身の手を擦りながらニヤツく。
「う、うちの部長と大野先輩は良い仲っぽいすけど、せ、先輩は童貞であり処女であることは、ま、間違いないっすよ! 保証するっす!」
部長って言うと、確かマルチ制作研究部の部長か。
正直、これはあまり有益な情報じゃないかな・・・・・・
「あ……後、思い出したっすけど……」
と、小倉が何かを思い出したように語り出す。
「大野先輩のことでして、ほ、他の知り合いの先輩から聞いたんすっけど、い、一年ぐらい前に、何か荒れていた時期があったみたいっすよ。詳しくは分からないっすけど……」
一年前って言うと、大野が世界の終わりを見始めた時か。今の話が本当だとしたらアイツも当時は焦っていたのだろう。
有力な情報とまでは行かないが、やはり大野自身も被害者の一人なのかもしれないと再確認出来た。
「クヒヒ! 病んでる大野先輩に、白馬の騎士登場! お、俺がお前の開いた穴を埋めてやるぜ(二つの意味で)展開が来るっすね! ひゃっほー!」
何をそこまで盛り上がっているのか分からないが、小倉もそこまで詳しくはなさそうだし、話はここまでにしておこう。
「とりあえず、ありがとな。それとカレーはごめんな」
そう言って、そろそろ席を離れようとしたその時だった。
「あ、あの……」
「ん? なんだ?」
小倉から話をしてきた。
「ああ、い、いえ……さ、さっきの世界の終わりとかいう話。お、面白あう話っすね。へ、へへ」
さっきは連れなさそうなことを言われた気がしたが、急にどうしたのだろうか。
「しょ、小説とか……かか、書くんすか?」
「……」
俺は思わず「いや、今話したこと、小説とかじゃなくて現実だから」と答えてしまいそうになった。
大抵の人々はこんな話を聞いたら痛い妄想だろうと思うし、頭がヤバい奴だと思うだろう。
この小倉も挙動不審ではあるが、話した感触から言って見た目とは裏腹常識的な感性は持ち合わせているように思える。世界の終わりなんてまともに話しても信じてはくれないだろう。
コイツも、俺のことを何か変な話をする奴だと思っているのだろう。
ただ、今コイツは良い意味で勘違いをしてくれた。
俺の話を聞いて、妄想がかった痛い話ではなく創作物だと思ってくれたみたいだ。この認識の違いは大きく、ただの妄想と創作的妄想は痛さのレベルが違う。
と、言う訳で、
「まあ……俺の友達の友達がな」
と、可もなく不可もない答えを返した。何とか丸く収まったと安堵した直後だった。
「と、友達の書いた小説を読んでるんすよね!ひょ、評価とか、しちゃうんすか!」
と、小倉は食いついてくる。
切り上げたいのに中々抜け出せなくなった為、俺はメンドクサくなってしまい。
「ああ……そうだよ」
なんて、適当に相づちをしてしまった。
その反応に、小倉は待ってましたというように目を輝かせ、
「そ、そうなんすか! じゃ、じゃあ!ちょっと、た、頼みたいことがあるっす!」
と、俺は楽な道を選んでしまったばっかりに、地雷を踏んでしまったのだ。
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