第5話 空の区切れ目(2/4)

 その後、黙々と歩き続け、

「着いた」

 と、大野が告げる。

 俺は辺りを見渡してみるが、コンビニ以外は見栄えない道が続くだけだ。人が居て、車や自転車が近くを走っていて、何処を特徴付けて言えば良いのか困る場所だった。

「着いたってここか? こんな所に何があるんだよ?」

 その言葉に大野は黙ってはいるが、おもむろに片手を前にかざす。まるで大野はパントマイムでもやっているかのように、何もない空間に手の平を添える。あたかもそこに壁があるように振る舞っているのだ。こんな特技があったのかと、ほんの少し感心した所で俺はある物を目にする。

 大野が手をかざしている空間をよく見ると、「……あれ?」と目を疑った。

 大野の手の平に陰が、下へと伸びている。まるで、壁を触っている時みたいに陰が作り出されているのだ。

「……君も触ってごらん」

 俺は大野と同じく、空間に手を伸ばす。

 そして、信じられない体験をする。

「……」

 いつの間にか俺は息を止め、冷や汗を垂れ流し思考も停止していた。

 俺の手に、何か感触がある。

 何もないとしか言えない空間のはずだった。しかし、俺はそこに布のみたいに柔らかくも反発力のある不思議な感触を感じ取れる。

 この先よりも向こうに行けないことを理解してしまう。

 寒気を感じた。

 俺の目には何も写っていないのに、何かがそこにある。

「ここには壁がある」

 言葉を失っていると、横から大野が話し出す。

「ここは、いわゆる世界の境界線と言った所だろうね」

 そう言って彼は携帯を取り出し、何やら地図を開いて見せてくる。

「この地域の地図なんだけど、どうやらこの街の約10×15キロの範囲をこの壁に囲まれているみたいなんだ。つまり、僕達は閉じこめられているのさ」

「閉じ込められるって……これって、いったいなんだよ」

 震える声で尋ねると、大野は声色を変えずに答える。

「この壁の正体までは、さすがに分からない。いつの間にか、こんな物が出来ていたんだ」

 辺りを触って調べてみる。が、やはりそこには見えない壁がある。穴なども見当たらない。

「なんでこんな物があるんだ! なんでこんなのがあるのに騒ぎになってないんだよ!」

「……僕等以外の人間は、この壁の存在に気づいていないらしい」

 自分の心拍数が上がっているのが分かる。自分の心音が聞こえてきて、今にも吐き出しそうなぐらいだ。

「気づいてない!? そんな訳あるか! そんなことどうやったら出来るんだ!」

「そんなこと聞かれても分からない。ただ、前にも言っただろ? この世界の人間は、記憶を植え付けられているって……気付かないっていうのも、これと関係する話なのではと思ってるよ」

 俺は壁を指さし問いただす。

「この向こうの世界はどうなってるんだ! 車やバスや電車だって走ってるだろ!」

 が、大野は表情を崩さずに答える。

「電車は、登りと下りの両方にトンネルがある。そこに入った後は電車は止まり、しばらくすると戻ってくる。ついでに、動物なんかもこの壁に近か寄らないよ。外側に居る人達もね……」

「そんなとんでもないこと、信じろって言うのかよ!」

「……なら、周りを見てくれ。この通りにいる人達が、この壁を越えて行こうとしているかい?」

 辺りを見回してみると気づく。そう言えば車が一台もこの道を通っていない。それどころか、人さえもここを歩いて来ない。

「たまたま、じゃ……ねえのかよ」

 その言葉に大野は首を横に振る。

「僕も、どうしてこうなっているのか分からない……理由が聞きたいのは、こっちの方だ」

 あまりにも非現実的なことが起こり過ぎていて混乱する。

 何なんだ……

 何なんだこれは……

 俺は頭を抱えながら、大野に聞く。

「じゃあ……俺は何処からここに入って来たんだ? それとも誰かがこの壁をいつの間にか作ったのかよ! この壁の外に居る家族や友人達はどうなってんだ!」

「……」

 大野は答えてくれない。

 たぶん、大野も知らないのだろう。

「……とにかく、僕達はこの世界に閉じ込められている。理由は定かではないけど、これで納得してくれたかな?」

「……納得?」

「この壁も、世界の終わりも、全部僕等ではどうしようも出来ない。この壁を突破することだって、今の僕らでは不可能だ。殴っても、穴を開けようとしてもビクともしないんだ……」

 そして大野は、溜め息を吐き無言になる。俺も喋る気力がなくなった所で、

「君は……こういう映画を見たことはない?」

 また、大野が口を開く。

「一人の男は、何不自由ない人生を過ごしていたんだけど、それは宇宙人がその男を連れ去り、人間の行動を分析する為に地球と同じ環境作り出された模型の中で行われている実験だったって話だ」

「……」

 俺は無言にならざるを得なかった。

「赤い空、死んでいく人達、空から伸びてくる大きな手、いろいろ分かっていない所が多いけど、これらの状況がまさに今の例え話の状況と同じなんじゃないかって、僕は思っているんだよ」

 大野は壁のある空間にもたれ掛かる。

「……僕はこの世界は何等かの実験場で、何度も壊しては作り直され、やり直させられていると考えている。理由なんて想像も付かないけど、僕達は何者かの手によって隠された事実に気付いてしまったんだよ」

「……」

「どう? 分かってもらえたかな? 有り得ない程の大きく透明な壁があって、さらに周りの人達が世界の変化を認識していない。外の人間とコンタクトを取ろうとしても、どうしようもないだろ?」

 その言葉に、俺は反論したかった。

 だが、言葉が出ない。

 俺の目の前で起きている現象が、余りにも現実離れし過ぎていて……

「……とりあえず、君に見せたかったのは、これだけだ。長く付き合わせて悪かったね」

 と言って、今日は解散することになる。

 去り際に大野は、

「何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれ……相談ぐらいには乗るよ」

 一言告げていった。

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