第4話 世界五分前仮説(3/3)
そして翌日、大野との約束の前日になる。
無駄に暑く湿度も高い昼間であり、学生達はワザワザ人口密度の高い平日の学生食堂へと足を運ぶのである。
講義後にカオルは「談話室で戦友とカードでデュエる」と訳の分からないことを言い残し、そのままダッシュで講義室から出て行った。
一人残った俺は、これから一人寂しく講義室でボッチ飯を食らう……訳ではなく、ある目的の為に講義後の教室に残っているのだ。
まあ、目的は決まっている。
梅沢ユキだ。
彼女は俺より前の席に座っていた為、俺が居る所から様子が伺える。彼女は誰かと話す訳でもなく、勉強道具をしまい大荷物を抱え、ポニーテールを靡かせて教室を出て行ってしまう。俺も少し離れつつ後を追う。
建物から出て、彼女はある建物へと向かっていく。
「ここは……」
何処に行くのかと後を追っていくと、世界の終わりの際に彼女が必ず向かっていった建物だった。ここは研究室や談話室が設置されている二号館であり、この大学で一番高い建物である。
とにかく、俺は彼女の後を追いかける。
梅沢ユキはどうやら、また屋上に向かっているみたいで、俺も気付かれないように後を追っていく。
いったい何をしに行くんだ?
しばらくすると、昨日来た屋上に通じるドアの前まで来た。梅沢はドアノブを捻り、難なく屋上へと出て行く。
俺も恐る恐るドアの前に立つ。心の準備を行い、とりあえずドアを少し開けて様子を伺おうと、ゆっくりのぞき込む。
すると、屋上には彼女一人が真ん中に座っており、キャンバスの前でたぶん絵を描いていた。この暑い中、よくあんな所で絵が描けるなと少し感心してしまう。
こちらには気が付いていない様子で、淡々と絵を書き続けている。俺は、恐る恐る彼女に近づいた。
彼女はこちらに気付かず、絵を書き続けるが、ふと手を止める。
「……」
こちらを察知したのかと思い、思わず俺も止まってしまったが、梅沢はこちらを振り返ることなく、ただぼーっとしていた。
しばらく、硬直し続けていたの思い切って隣まで近づいてみるが、一向に気付かない。
じっと、キャンバスを見つめ続けていて、何か絵に関して考えているのだろうか。
「えっと……梅沢……さん?」
「え……きゃあ!?」
声を掛けると、ようやく彼女は俺に気づく。
非常に驚いたみたいで、ポニーテールを靡かせながら彼女は軽く飛び跳ねた。
「ななな! 何で此処に!」
梅沢は胸を押さえながら、俺から距離を取る。
「い、いや、その……アンタに話したいことがあって……」
しばらく、彼女が落ち着くまで待つことになる。
快晴の青空が広がり、大学の周りには大きい建物がないせいか、空がとても大きく感じた。
だが、真夏なのではないかと思える程暑い。
彼女の様子を見ると、荷物の中から絵の具や筆を取り出し、スケッチブックや水の入ったペットボトルなど、どう見ても絵を描くのであろう一式を広げていた。
「それで松本カツヤさん……何か御用ですか?」
筆を握る梅沢は、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
どうやら、名前を覚えていてくれていたらしい・……まあ、昨日の出来事だし覚えているか。気を取り直して確認してみる。
「それで……アンタの名前は梅沢さん……で良いんだよな?」
「……」
何も返事を返さず、彼女は黙って頷く。
やはり大野が言っていた通り、非常に警戒心が強うそうだった。単刀直入に聞いていこう。
「梅沢さん。アンタやっぱり何か知ってるよな?」
「何が、ですか?」
「空が赤くなって、人が死んでいく奴だよ」
「……知りません」
何か意味有りげな間を置いた辺り、何か知っているんだろうなと予想がつく。
「空が赤くなった時、君はこの屋上に居ただろ?」
「……知りません」
「そして、大きな手が俺達の校舎に向かって伸びてきたよな。俺からは、君があの手を待っていたように思えたぞ」
「だから、知りません」
知りませんの一点張りで話が進まない。
「梅沢さん! アンタは知ってるはずだ! 講義中に世界が終わるって言ったのを俺は覚えてるんだぞ!」
このままでは、何も変わらないと、焦って怒鳴ってしまった。
「……」
梅沢は返答せず、黙々と絵を描き続けた。
「頼む! 教えてくれ! 今、この世界がどうなっているのか! 俺はどうなっちまったんだ!」
頼む! と、俺は梅沢の前に出て頭を下げる。
口が達者ではない俺は、素直に教えて欲しいことを示すことしか出来なかった。
沈黙がしばらく続き、今彼女がどんな顔をしているのかも分からない。すると、沈黙に耐えかねた梅沢が溜め息を一つ吐き、
「たぶん、気のせいだと思いますよ」
「……は?」
梅沢は呟く。
「アナタがさっき話した出来事……私には見に覚えありませんから」
「だから嘘を吐くんじゃねえよ! なんだその見え見えの嘘は!」
「嘘なんか吐いていません。そんなとんでもない話、信じられる訳ないじゃないですか」
そう言うと、梅沢はこちらを向きニコリと笑顔で誤魔化そうとしてくる。ただ、彼女は何処となく疲れているのか目の下に薄くクマを張っており、説得力はなかった。
そのまま梅沢は続ける。
「きっと、アナタは悪い夢を見たんですよ」
「……」
「だって、そんな非現実的なこと信じられませんし、起きる訳ないじゃないですか」
コイツ……全てを無かったことにしようとしやがって……
彼女はまた微笑み。
「そんな悪い夢は、忘れるのが一番ですよ。松本さん」
と、また絵を描く作業に戻る。
「……じゃあ、もう一つ聞きたい」
白を切る彼女に、俺はもう一つ気になることを聞く。
「アンタは、俺に何を思い出して欲しかったんだ?」
そう聞くと、梅沢は作業を止める。
「アンタは俺に聞いたよな? 思い出したのかって」
梅沢は、さっきまで俺を嘲笑っていた態度から一気に静まり返る。
「……昔のことです」
「昔? どれぐらい昔だ? 俺はアンタと前に会ったことがあるのか?」
その答えに梅沢は黙ってしまう。
無視をしている訳ではなく、彼女は何かを言いたくても言えない。そんな雰囲気を出していた。
しばらくの沈黙の後に、梅沢は口を開く。
「何でもありません……」
さらに、彼女は暗い声で呟く。
「ちょっと、私も夢を見ただけです」
梅沢はすぐさま絵描き道具一式を片づけ始める。
「お、おい! ちょっと!」
俺は止めようとするが、思いの外片付けの手際が良く、梅沢は荷物を持って立ち去ってしまった。
結局大野の行った通り、有力な情報を梅沢から聞き出す事は出来なかった。だが、確信を持って言えるのは、梅沢は間違えなく何か知っている。
それだけは、感じ取れた。
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