第二節 挿片




 祈りは届く。願いは叶う。それはこの世界の必然。無色の理に組み込まれた秩序である。

 与えられた力しかり、下された命しかり、それはかつての誰かの想いであり望み。かくあれと願われたこその結果。

 つまるところ、願望は形となる。思考は世界を変えられる。現在における魔法の在り方などその具象、典型であろう。

 希望は力。感情は力。祈念は力。求めよさらば与えられん。無色の理とはこれに尽きる。


 ――――故にそう、一頭の魔が今この時に想うものもまた、力となって与えられる。


 色は赤。燃える激情、荒ぶる赫怒。なぜ殺されねばならなかったのか。倒れ伏した二つの死体を目にした彼は、己を失うほどの感情に包まれる。

 死んでいるつがいは父母であった。今より少し前、己等の危機に際し、彼らが上げた悲鳴の意味が分からなかった彼ではない。

 逃げろと。来るなと。危急の声色は聞き慣れた、しかし聞き慣れないものであり、今まで受けたどんな注意や警告よりも重い意味を含んでいた。


 しかし。しかしである。


 逃げろと。来るなと。危急の声色で両親にそう叫ばれ、馳せ参じない子など最早子に非ず。

 駆けつけなければ。助けなければ。唯その一心で小さな灰色は森を走り、その結果として物言わぬ二つの骸を己の視界に入れてしまった。

 彼は思う。使命とやらに殉じた結果がこれならば、あまりに惨いではないか。

 見知らぬ森。ここまで来るだけでも長く過酷な旅路であった。群れの皆は使命に燃え、必死の形相にて咎者とやらの迫撃に腐心していたが、彼だけはそんな状況に疑問を抱いていた。

 高きものの言葉は絶対。まるで操られるように無色の意に引きずられる仲間達。彼は幼く純粋であったが故、無色が然程に染み入らなかった。故に皆のその行動に納得できなかったのだ。


 姿形すら見せない無色の声に、なぜ長は従ったのだろう。その理由は、慣れ親しんだ故郷を捨てるに値するものなのか。彼は疑問を抱きながらも、群れの総意に従い両親と共に戦線に並んだ。


 ――――そして今、その疑問の答えが眼前に示されている。


 呼び交わす群れの皆の声も聞こえない。恐らく彼らもまたどこかで討たれているのだろう。あまりにあっけなく、なにより惨い。

 彼はその無念に嘆き怒り狂う。両親の仇への憎悪と、皆の不運への悲しみが混じり合い、真赤の激情が吹き上がる。

 目に入るのは人と獣。そうかつまりは貴様らが、この感情の源か。鋼の灰毛は赤熱し、堅き肉体が膨れ上がる。その変質は歪にして急激。


 お前もお前も、そして名も姿も知れぬお前も、皆諸共にこの赫怒の熱に燃えてしまえ。放たれる赤に周囲の木々が侵される。

 熔けろ焦げろ爛れろ焼けろ。同胞を奪ったこの忌まわしき森ごと、お前達を灰にしてやる。跡形残さず消し飛ばしてくれる。


 ――――そうやって、ひとつの怒りが今ここに、灰の魔獣を赤き魔物へと変じさせた。


 そして彼は気付かない。決して気付くことはない。

 獣に過ぎたるその知恵も、内から湧き出す感情も、今この時に発露した超常の力も。

 全ては高きものより与えられたものである、ということを。



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