第一節 挿片
無色がかつて告げたのだ。あれは存在してはならぬものだと。
故に『彼ら』の本能は単一の目的へ収束する。森を駆け茂みを行き、その獰猛な眼差しで以て彼らはその姿を探す。鋭敏な嗅覚によってそのものを辿る。
────何処だ、何処にいる。
────あちらには居なかった。
────ならば次は向こうだ。
人には解せぬ甲高き叫び声を真昼の森に響かせて、彼らはその体躯を木々の間へ滑らせる。その動線は蛇を描き、林を縫うように幾つもの灰の軌跡をくねらせる。
────居てはならぬものが居る。
────我らに仇なすものが居る。
────我らを害するものが居る。
彼らは探す。なぜならその存在が禁忌であるから。高き者に認められぬものだから。
居てはならない。故に消さなければならない。それが高き者の意志であり言葉なのだから、従わぬという選択肢など有り得ない。
足跡がどこかに残ってはいないか、匂いは漂っていないのか。枝から枝へと移りながら、彼らはつぶさに森を見る。その眼は本能と使命に血走っていた。
そして彼らは、まるで定められていたかのように辿り着く。罪深きものの痕跡へと。
────足跡だ、足跡だ。
────においもあるぞ、間違いない。
────漂っているぞ、あれの雰囲気が。
両の腕を振り飛び跳ねて、暴れるように狂喜する彼ら。辺りに汚らしい水音が響き渡り、清らな滝のせせらぎが掻き消される。静穏な空気を犯すように、下卑た野生の笑い声が木霊した。
もうすぐだ、もうすぐだ。彼らは下された命を全うできる喜びに支配される。その本能が歪められているとも知らずに。
そして、悍ましい狂喜乱舞が続く中。彼らのうちの一匹が何かに気付き、金切声のような叫びを上げた。
────あれはなんだ。
────人だ、人だ。
────我らを阻むものだ。
この崇高なる目的を阻むなど許せない。続く叫び声もまた甲高く、歪な義心を荒ぶる感情へと変じさせる。
牙と爪を向けることに躊躇いは無かった。人に対する怯えなど消し飛んでいた。あれは邪魔だ、だから襲おう。彼らの心はひとつとなり、灰色の狂気は大きく膨れ上がる。
────我らの邪魔をするな、人間。
鼓膜を切り裂かんとするほど大喚声が、森の木々を震わせた。
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