10月3日午後10時00分~

「確かにこりゃあ見事なピンボケだな」

「でしょ? おかげで証拠写真として不十分だからネットにアップできないのよね。まあ口コミだけでも街への客足増えてて私もちょっとだけ儲かっててウハウハなんだけど」


 居酒屋の大将が言っていた常連客はよく駅前や商店街で露店をやっているアクセサリー屋の女だった。無許可で露店をやっているらしく、コロコロと場所を変えているせいで居酒屋を出てから随分と歩き回った。居酒屋で飲み過ぎていたら今頃酔いが回っていたかもしれない。


「こんな駅から離れているところでもか? 」

「さすがにここはね夜になると人通り少ないけどー、昼に警察追っかけられたらこういったところに来るしかないじゃん? それに私、訳あって夜遅くにしか帰れないから」

「おかげであんたを捜すためこっちは一苦労ってことだ、なんでわざわざ無許可でやってんだか」


 彼女が店を開いていた場所は駅前から随分と離れた公園の入り口であり、夜は電灯にひっそりと照らされていて居酒屋で聞いた客か確認できるまでは少し不気味だった。


「君には分からないかもしれけど警察に追われるのはスリルがあってね、このドキドキがまた刺激的なの、わたしはもっとこのドキドキを味わいたいの! 」


 その発言にイラッとくる、そこにあったのは大層な理由でもなくただの自己中心的ではた迷惑なもの。それに巻き込まれたことが不快に感じてくる。どうしてこの女はバカな願いを掲げているのだろうか。


 ――ああ、そんな馬鹿な願いを消してやりたい。馬鹿な願いを潰してやりたい。


「なあ女、そんな馬鹿な願い壊してくれねえかな? 」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ――頭が痛い、飲み過ぎたか? ここはどこだ?


 重い頭を上げ、周りを見渡すとどうやらここは公園らしい。居酒屋で常連客のアクセサリー屋について聞いた後そいつが日付が変わるまで露店開いているらしいから、って歩いて捜してた途中で酔ってベンチで寝てたのか。


「ああアクセサリー屋は明日また捜せばいいか。取り敢えず水、水。どこかに自販機でもないか? 」

「はい、どうぞ」

「…………誰だ?」

「ただの通りすがりの女子高生だよー? 」

「ただの女子高生はこんな時間に通りすがらねえよ」

「そう言った偏見は捨てちゃってくださいー」


 後ろに振り返ると小柄な女子高生は水の入ったペットボトルをこちらに突きつけていた。ん、と言いながらさらに突きつけてくる彼女を払いのけることもできるだろうが、これ以上頭が痛くなると帰るのがきつくなりそうだ。


 ありがとよ、と言って差し出されたペットボトルを受け取る。蓋をひねり、音を立てて水を飲んでいく。自販機によって冷やされた水は頭によく響き、頭痛がよりひどくなった後、少し痛みが引いていく。


「で、そのただの女子高生はどうして見知らぬ男性に水をあげるんだ? 」

「それはもちろん対価としていろいろとしてもらいたいからですよー、人生ただで水がもらえるほどあまくないのですー」


 引いた痛みがまた帰ってきそうだ、単純な手口だが単純すぎてなんて返せばいいか一瞬分からなかった。


「取り敢えず1ついいか? 」

「はいはい何ですかー? 」

「…………お前ほんとうに女子高校生か? 」


 振り返ったときはただ小柄なだけだと思っていたが、目算で150cmあるかないかじゃないか、怪しいラインだ。


「失礼な! 確かに中学校のときから成長止まっているけど、これでもれっきとした女子高校生なんだから! 」

「それはそれは疑って申し訳なかった」

「とても棒読みなんですけどー!」


 ――まったくも面倒なことになりそうだ。


「で何が欲しい? 金か? あいにく飲んできたばかりで財布は軽いんだ、500円玉あげるからさっさと帰れ」


 財布から500円玉を取り出し、無理やり彼女の手に押し付け、立ち上がってさっさと立ち去ろうとしたが、グイッと服を引っ張られてベンチに再び座らせられる。


「いやいや私が求めているのはお金じゃないのでどうかもう一度お座りくださいー」

「さっさとほしいのを言え! こっちはまだ頭が痛くてイラッとしてるんだ! 」

「じゃあ言いますよー、よく聞いていてくださいねー」


 そう言うと彼女はグッと顔を突き出してきた。


『あなた、さっきアクセサリー売りのお姉さんに何をしたんですか? 』


「何言ってんだお前? 」

「だからさっきアクセサリー屋のお姉さんに何をしたのかって聞いているんですー!」

「アクセサリー屋の女? 俺はそいつを見つけれずに1人寂しく公園で酔い倒れたわけなんだが」

「いやいやあなた30分前くらいに話してたじゃないですかー」


 ――30分前、俺が、話してた?

 ――まさかしょうもないことを願ったのか、俺は?

 ――記憶の欠如は酔ったものではなく、呪いのせいか?

 ――どこから抜けてる?昨日のことは?今日のことは?


「もしもしーお兄さん聞いてますかー? 」

「ああ悪い悪い、少しボーっとしてた」


 彼女の大きな声が強制的に俺の意識を混乱からこちらへと引きずり出してくる。


「1つ聞いていいか? お前は俺とアクセサリー屋の話を聞いていたのか? 」

「いえー、流石に公園のドーム型遊具の中からではアクセサリー屋が大きな声で何かあなたに演説してるのは聞こえましたけど、あなたの声は聞こえなかったですよ。だから気になるのです、あなたが何か言った後虚ろな目をして売り物全て置いてどっかに行ったのですからー」


 そう言って彼女はそのアクセサリー屋の売り物が入っているのだろうアタッシュケースをブランブランと揺らした。いろいろと気になることがあるが、どうやら俺は無事に出会うことができたらしい。抜けている記憶もアクセサリー屋との話であるが何を演説されたのやら。


 ――演説されている内容が分からないと反応に困るな。


 俺は携帯電話を取り出し、メモ帳アプリを開いてみる。記憶の欠如が出ても大丈夫なようにメモをする癖は付けている。もしかしたら何か書かれているかもしれない。そこには居酒屋からの一連の流れが箇条書きで書いてあり、最後に短く、証拠写真は本物だった、と記されていた。


 ――大事なことは分かっても演説の中身は?


 演説の内容はさほど重要ではなかったのか、メモ帳には書かれていない。


「取り敢えず言えることは俺には彼女の演説が理解できなかった、ただそれだけだ。だから置いていった理由は本人にでも聞いてくれ」

「そうは言ってもお姉さんを見つけようにも居場所が分からないのですよ」

「なら落とし物としてそのケース、交番にでも届けることだな。そしたら本人がお礼にでも来るだろ? その時にでも聞きな」

「落とし物には興味はないのでそれはお兄さんが届けてくださいー」


 ――面倒だな。


 そう言って無理やりアタッシュケースをこちらに押し付けてくる。それに負けじとこちらも彼女に押し付ける。こちらの方が力は強く彼女がどれだけ頑張ってもそれはこちらには届かなかった。 


「いやいや私は落とし物拾うことに見返りを求めるような女子高生ではないのでー」

「まるで女子高生の大半が見返り求めて落とし物を拾うみたいに言うんじゃねえ」

「お兄さんは女子高生に夢見がちなんですよー、いいから届けてくださいー」


 諦めることなく彼女は押し付けてくる。おそらくこの問答はこのまま終わらずにずるずると続いてしまうだろう。しょうがなく俺は押し付けられるアタッシュケースを受け取った。


「しょうがない、分かった。俺が交番に届けてやる、その時に彼女が落とし物を探して交番に来たら、お前の名前と連絡先を言ってやるから、お前の名前を言え」

「私の名前は通りすがりの女子高生ですよー」

「これ以上ふざけるとこのケース届ける前に捨てるぞ」

「………… 紅葉あかねですよ」

「連絡先は?」

「親が厳しくてですね、携帯電話は持っていないのですよー。家の電話番号も使わないので忘れました! 」


 忘れたことを偉そうに言ってくる彼女に溜息しか出なかった。最近の子は家の連絡先すら使わなければ忘れてしまうのか、若者も記憶力に多少の不安を感じてしまう。もちろん、その若者には俺も含まれるためますます不安に感じる。


「まあ私は大抵この時間はここら辺にいるのでいざとなったら捜してくださいー」

「はいはい分かったよ、じゃあな」


 これ以上は何を聞いても時間の無駄であり、また当初の目的からズレてきているので俺は話を切り上げてしょうがなく交番に向かう。


「あっ、ちょっと待ってくださいー」

「ん? なんだ? まだ何かあるって言うのか? 」

「お兄さんの名前は? 」


 ここでまたズルズルと時間をかけるわけにはいかない。


「…………オズだ、覚えなくていい」


 手をひらひらとさせながらぶっきらぼうに応える。偽名にしてはあまりにも雑だったかかもしれない、だがこの子と会うこともそうそうないだろうからちょうどいいかもしれなかった。


 ――まったく何もかも面倒くさい。

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願憑き 渋木 銀 @shibuki

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