第19話
「あの陸地に?」
「最初は海の中って聞いてるけど……」
ダンの質問にカミラが返事をした。
食堂のメインモニターには雲に見え隠れしたルーグ3の大陸の一つが真上から映っている。
が、カミラの言う通り、最初の
ルーグ3の自転速度とクイジーナ2の周回速度や周回軌道を計算しているので実際に撃ち込まれる場所はまだモニター捉えられていないのだ。
眼下に映っていたルーグ3の光景がゆっくりと回転を始めたのだ。
暫くすると回転は落ち着いたが、今度はだんだん傾き始めて真下を映さなくなってしまう。
が、それも束の間、映された画面はガクンと少し揺れたと思ったらちゃんと真下を映し始めた。
恐らく地表に対する傾きを検知してスラスターを噴かしたか、
画面の隅に小さな別の映像が映された。
クイジーナ2から捉えた
やはり
映像は暫く
光学センサーで捉えた高精細な映像ではなく、単なるカメラ映像なのでこれは仕方ない。
数少ない生き残った光学センサーは今も地表のスキャンに使われており、単なるショーを写すような余裕はないのだ。
メインモニターに映る映像の端には現在の高度と速度も数値で投影されている。
高度の方はどんどんと数字が小さくなっており、逆に速度の方はどんどんと増している。
そうこうしているうちにカメラの映像に変化が起き始める。
最初は映像の端の方に白いモヤのようなものが映り始めた。
ルーグ3の濃い大気を切り裂いたことで発生する衝撃波かなにかだろう。
暫くすると画面全体が淡いオレンジ色に染まってきた。
大気が濃くなるに従って摩擦によって温度が上昇し始めているのだ。
そして画面は真っ黒になり、高度と速度表示のみが画面の隅に残った。
「遂に壊れたか」
誰かが呟くと同時にカメラの切り替えが行われたようだ。
今度のカメラはどうやらお尻から引きずっているパラシュートの内側に取り付けられているようだ。
直下には衝撃波を引き起こしながらも機体の各所からスラスターの青白い炎を噴いて落下姿勢や方向を保っている
それがぐるぐると回っている。
程なくして
パラシュートを切り離したのだろう。
映像は再び切り替わる。
今度は
乗り物酔いを起こすようにぐるぐると回転しているのがわかる。
雲海に突っ込んだと思ったらすぐに抜け、続いてどこかの海中に没した。
その瞬間、速度はかなり減じられたがそれでも
真っ黒になった画面に
「成功か……」
「最後の仕事だしな。成功して貰わにゃあ」
「ああ、俺達も浮かばれねぇだろ」
映像を眺めていた者達から呟きが漏れている。
「音がないから、あんまり迫力なかったな」
ダンは少し拍子抜けしたような感じで言った。
実際、僅か一〇分程度のただ落ちていくだけの映像だ。
大気層を切り裂く風切り音も無ければスラスター噴射の音もしない。
海面に突っ込んだ時も水飛沫など目にする間もなく暗い海中に入ってしまったし、すぐに海底に突き刺さった時だって一切音を立てないのであまり迫力のある映像とは言い難い。
「ま、まぁ、こんなものでしょ……」
カミラの声には僅かに動揺が含まれていた。
思わずカミラの顔を見ると顔色も少し良くないように見えた。
「カミラ。気分が悪くなったなら……」
カミラの体調を慮って言うダンだが、カミラは「だ、大丈夫よ、これくらい」と答える。
実際、気分が悪くなったのはどうもカミラ一人のようで、彼女はそれが気に食わないらしい。
「そうか、ならいいけど……次、五四分後だろ? どうする?」
ダンとしては迫力もなく、面白みのない映像にはたったの一回で飽きてしまったのだ。
「どうするって、見るに決まってるじゃない」
しかし、カミラの方はそうでもないようだ。
――そりゃそうか。自分達で調整した仕事の最後の仕上げだもんな……。
そう思い当たってダンは少し申し訳ない気持ちになった。
――俺の休息時間終了まであと二時間弱……次のシフトは一二時間。撃ち込みが順調ならシフト直後には投票だ……。
投票の結果、カミラの希望通り通常航行で最寄りの星系を目指すのであれば二人の時間は幾らでも取れるであろうが、ダンの見立てではそうはならないと思われる。
この銀河の中心にあるルーグ3星系のどこかの小惑星に船体を固定して、最長五〇〇〇年以上に及ぶ
――もう少し触れ合いたかったけど……。これが未練って奴かな?
隣で
■□■
「二番、撃ち込み用意!」
「了解! 二番、撃ち込み用意!」
バーグウェル船長の命令に運用長が応える。
「開始!」
「了解! ……異常ありません。正常に切り離されました」
どうやら二つ目の
「ん……進路変更、左八点」
続いて船長は軌道の変更を命じる。
「左九〇度回頭、了解」
航海士が返答し、操船用のホログラムダイアログ上で指先をスライドさせる。
クイジーナ2は三番目の
「……よし。問題がなければ二〇分後にシフトを変更する」
船長がシフトの交代を宣言すると船橋には僅かに弛緩した空気が漂う。
船橋に詰めている者の内、約半数があと二〇分で交代できるのだから無理もない。
短い者で六時間、長い者だと一八時間に及んだ船橋勤務から解放される時がすぐそこまで近付いている。
尤も、船長を始めとする各部署の長は全ての
そして二〇分後。
シフトの交代に伴って船橋要員達のうち約半数が休息を終えた乗組員と交代した。
引き継ぎを終えた彼らは思い思いに食事を摂り、シャワーを浴びるとまず眠ることだろう。
「特にやることはないからな。お前は時間まで座ってるだけでいいぞ」
ダンも前任者からの引き継ぎを受けていた。
但し、その場所は船橋ではなく旧戦闘指揮所の艦長席である。
「了解です」
少しだけ座り心地の良い艦長席に着いたダンは返事をすると自分の
操艦(操船)システムがタブレットの情報を読み取る。
次いで艦長席から身体固定用のジェルが染み出してダンの腰や背中を座席に密着させた。
シートベルトを締めるとシステムはダンに
旧態依然とした操縦桿だがその内部には無痛注射器が仕込まれており、ダンの体組織を登録されたデータと照合するためだ。
通常時だろうが戦闘時だろうが、操船に操縦桿やペダルを使用しなくなって久しいので操縦桿がこれ以外に役に立つことはまずない。
体組織によるDNA検査を行ったあと、正面の
虹彩と網膜をスキャンさせ、認証を終えてやっと
「ダン・グレイウッド伍長。これより船橋バックアップ任務につきます」
横に立つ前任の乗組員に交代を告げる。
「はいよ。ミズマド・ルフ・アーヴィング二等航海士。バックアップ引き継ぎ完了だ。じゃあな。ふああ~っ」
前任者が戦闘指揮所を出て行ったのを確認して出入り口をロックする。
ここでの本来の任務は船橋に万が一の事故が発生した際の予備なので、船の乗っ取りなどを警戒しての行為である。
このロックは次のシフト交代の時間まで何があっても解除されない。
例えダンが心臓発作を起こして苦しんでいても時間までは船長でさえ開けることは出来ないのだ。
最初から民間船として設計されている船には戦闘指揮所などそもそも存在しない。
このあたり、元軍艦であるクイジーナ2の面目躍如か、面倒くさいところと言ったところである。
ダン一人しかいない戦闘指揮所は薄暗い。
艦長席以外には誰も着座しておらず、従ってメインモニターも点いていない上にホロディスプレイも展開されていないためだ。
「さて……」
この練習航海で数回目となる旧戦闘指揮所勤務の御蔭で艦長席でしか見ること、扱うことのできない機能にすっかりと慣れたダンはクイジーナ2の地表を走査している光学センサーのモニターを目前に展開した。
センサー自体の方向を弄ることはできないが見ることは可能である。
センサーは地表のあちこちを走査して地形データを収集しているようだ。
「つまんねぇな……」
数分眺めてダンは飽きた。
別の光学センサーにモニターを切り替える。
こちらは地形データ収集ではなく単なる観察に使われているようだが、それでも秒単位でセンサーの指向先が切り替わっているので、面白そうな動物などを見掛けてもすぐに見えなくなってしまう。
「あと半日もここに居んのか……」
これから先の地獄のように退屈極まりない時間を思いやりながら天を仰ぐ。
「カミラは……」
乗組員のモニターを移してみる。
その中からカミラを探すとまだ食堂に居るようだ。
食堂にある監視カメラの画像を出してみた。
カメラの角度やズーム率を調整する事は出来ないが見るだけなら可能なのだ。
「おいおい、全部の撃ち込みを見るつもりか? ……もう良い時間なんだし、寝ろよ」
そうこうしているうちに、刻々と次の
数分前からは知り合いの位置検索をするのにも飽きて、ただぼうっとしていた。
流石に寝る訳にも行かないし、ベテランの乗組員のように音楽を聞いて暇を潰すような真似も下っ端であるダンには躊躇われる。
「ミッシュも言ってたけど、いつもながら退屈で死にそうになるな……」
ふと気が付いて
撃ち込む瞬間にどう変化するのかを見てみたいという、純粋な好奇心だ。
「一番と二番は撃ち込み済みで格納庫は空。次は三番かな?」
独り言を言いながら三番の
「電気系統、異常なし。スラスター燃料……んん? 七二%で補給完了? あ、そうか無駄に積んでも意味ないしな……」
大量の小さな文字で埋め尽くされた
その時だ。
「おい、貴様。遊んでるんじゃねぇだろうな? やる事ねぇからってボケッとしてんじゃねぇぞ? ああん?」
「うわっ! こ、航海長!?」
何というタイミングか。
いきなり新しいウインドウが開いたと思ったら、不機嫌そうな顔をした航海長が押し殺したような低い声で注意をしてきた。
ダンには知る由もない事だが、航海長は常から
そのお陰でダンによるアクセスに気が付いただけだ。
通常なら
しかし唯一、細工を乗り越える方法がある。
船内で二番目に高い権限を持つ航海長のアカウント以上の権限でのアクセスだ。
すなわち、最高権限者である船長か、それと同等の権限を持つ者によるアクセスが行われ、詳細なステータスを確認された場合、偽装に気が付かれる可能性がある。
船橋の
とは言えエンジン出力を調整して加減速するのは勿論、スラスターの一つも噴かすことは出来ないし、センサーの向きを変更することも出来はしない。
船長による権限委譲操作か、船橋内の生命反応がゼロにならない限りは、単に最高権限を持つ資格があると言うだけのことで、平時の戦闘指揮所内では船内装置について何一つ操作する事は出来ないのだ。
が、操作出来ないだけで船内の如何なるデータをも閲覧自体は可能なのである。
なお、船長という立場は非常に忙しい上に船内における最高権力者だ。
そのような立場の者が現場仕事である
また、仮に確認されたとしてもそう簡単に見破られないような手は打ってある。
「暇なら重力波センサーでも覗いて画面に慣れておけ。……そんなんでもそこは重要な席だからな? 分を弁えろ」
航海長は低い声で念を押す様に言う。
「は。了解しました!」
ダンが畏まって返事をすると航海長は通信を切った。
「ふぅ、びっくりした……」
ダンが監視をしようと新しく重力波センサーのウィンドウを開くように
「あ……」
しかし、モニタリングしていたまま開きっぱなしになっている三番の
「あれ?」
船内設備を調べてみると今撃ち込まれたのは七番の
「ああ、質量バランスかな?」
船首にあった一番と二番の次は船尾側に近い七番と八番が撃ち込まれ、次は三番と四番、最後に五番と六番という順番で撃ち込まれる事になっているらしい。
「なるほどね」
ダンは肩を竦めてステータス表示を八番の
そして、数時間が経過する。
あれから
その一時時間後くらいに最後の六番を撃ち込めば撃ち込み作業は完了だ。
その後、二〇分ほどで六時間シフトの交代になり、更に六時間後、ダンのシフト交代と前後する頃には全船での投票が行われる。
何一つ変化のない重力波センサーを眺めている以外、特にやることもないダンはあまりの退屈さから再び
ダンにしてみれば航海長に注意されたのは単なる偶然だと思っているので
注意されてから数時間も経過しているために「少しくらいいいだろう」と思っての行為である。
ミッシュも「暇過ぎて船内のあちこちのカメラを覗いたりしてた。勿論プライベートエリア以外な」と言っていたし、それで叱責されたという話は聞いていない。
この時、幸か不幸か、航海長は機関長など他の部門長達と共に船長に席まで呼ばれて投票の手順の打ち合わせをしていた所だった。
「あれ?」
あと数分で撃ち込まれようとしている五番の
「変だな……」
興味本位で
思い返してみると三番の
しかし、よくよく考えてみるとそれはおかしいことに気が付いたのだ。
――最高権限者である艦長席の端末からのアクセスで見れない部分って何だ? システムにブラックボックスがある?
アクセス出来ない部分と言うのは、
本来であればここには惑星改造用の元データが格納されている場所である。
だが、今の
「近い」と言う表現は、ナノマシンによる文化データ収集効率をアップさせるために、今現在も行われているルーグ3の地表データを流し込んでいる筈で、その分のデータが書き込まれるからだ。
要するに撃ち込みの順番が後ろの
尤も、撃ち込まれた後でナノマシン同士の通信によって
これくらいのことはカミラと付き合っているうちに学んでいた。
「んん?」
しかし……。
――何かおかしくないか? これ?
頭を捻るダンだが、何がおかしいのか確信を得ることができない。
――六番と比べてみようか……。
新しいステータスウィンドウを開き、最後に撃ち込まれる予定になっている六番の
特に不審な点は見当たらない……。
「……あ」
やっとおかしさに気が付いた。
データバンクの使用量の表示がない。
勿論、ダンは
しかし一般的なコンピューターや船に関する知識はある。
――そういうものなのかな?
念のために権限毎の表示の有無を確認してみる。
すると、技術設定用のかなり高い権限があればデータバンクにアクセス出来ることが判った。
――ん……最高権限なら全部見れなきゃおかしいのか……。
そして、表示オプション設定のうちで変更可能なオプションが弄られていた。
――設定の変更は……可能か。
当たり前だ。
何しろ最高権限者なのでどんな設定を行うことも可能なのだから。
また、今の表示オプション変更はあくまで「表示」だけなので設定変更が可能なのだろう。
一応、設定変更は行わずに理由を考えてみる。
――うーん。間違って弄らなようにわざと低い権限にしてたのかな?
あり得る話だ。
しかし、それにしては変更されているオプション群が少し妙だ。
間違って弄ってしまって困るのは動作モードやナノマシンの製造力調整、姿勢制御スラスターの最大出力などの、どちらかと言うとハードウェア的な部分である。
しかし、今設定されているうちで変更されているのはデータバンクに関する部分のみのようだ。
表示オプションの制限を外してみた。
――地形データってでかいんだな……。
「んん?」
五番の
それもかなり大きな違いで六番の
撃ち込み前の段階では違いはない筈だ。
撃ち込むギリギリの段階で地形データの転送は中止するだろうから、もう五番の
しかし、そうだとしても違いは僅かなものになる筈で……。
「五番と六番で何が違うってんだ?」
空き容量に違いがあるのは既に判明している。
その違いがかなり大きなものであることも。
と、なると、地形データとは別にそもそもデータバンクには何らかのデータが格納されていると考えるより他はない。
何らかの理由でそういったこともあるのだろうか……。
「しっかし、データバンクが使われているのはなんでなんだろうね? おまけにそれぞれデータ量も違うみたいだし……」
ダンとしては文化データの収集装置として使用する
むしろ、データの収集を行うのだからして、データバンクに余計なデータが大量にあるというのは記憶容量の圧迫になるので変だとすら思っている。
「あれ?」
一体どんなデータがあるのだろうか?
ひょっとしたら消し忘れか?
そう思ってデータバンクにアクセスしてみても不思議な事に何のデータもない。
――容量表記のエラーかな?
そうこうしているうちに五番の
☆★☆
五番の
連続した作業であるので、撃ち込みについて船長自らが音頭を取るのは最初の一基だけだ。
「では皆、部下の掌握はしっかりと頼む。自分の意見と反対になってしまった場合、乗組員の中から軽挙するような者が出ないようにしてくれ。私から言うことはそれだけだ。解散」
問題なく撃ち込みが行われたか確認するために一足先に席に向かった運用長の背中を見て、長々と打ち合わせを続ける事に遠慮したのか、船長はそう言って打ち合わせの終了を宣言した。
それを受けて自席に戻ったマシュー・ラングーン航海長は目を剥く。
ホログラムディスプレイの一つ、アクセス監視用に
――あのガキ……! また
旧戦闘指揮所勤務は暇を持て余すので、勤務者は寝込んだりしていない限りは好きな音楽を聞いて過ごすなど多少の事は大目に見られる。
周囲から怪しまれないようにそれとなく牽制したつもりだったが、甘かったようだ。
即座に旧戦闘指揮所艦長席の
急に現れた自分の顔に驚いているらしい小僧を睨みつけた。
「こ、航海長!?」
「……重力波センサーの見方には慣れたか?」
問われたダンはつい畏まってしまう。
「は。特に問題はありません」
「……そうか」
異常があれば正規の船橋要員がとっくに発見している筈なので当たり前だ。
航海長はちらりと横目で、最後に残った六番の
データバンク内の全てのタイムスタンプは昨日のもので中身が弄られていないことに胸を撫で下ろす。
少し考えてみれば例え
それに思い至り、航海長の表情は少し柔らかくなった。
「こんな状況だ。お前には今更だし、無駄になるかも知れんが、最後の訓練だと思って……」
航海長がそこまで言った時だ。
「あの、航海長。重力波センサーに問題はありませんが、別に問題……問題点だと思われる事柄を発見致しました」
画面の奥で申し訳無そうな表情をした小僧が、恐る恐ると言った声音で背筋の凍るようなセリフを言った。
そして、間の悪いことに航海長ともう少し話をしようと、自席を離れた船長が彼のすぐ後ろに立ったことに彼は気付いてはいなかった。
船長としては一部の乗組員が航海科全体を恨んでいることを心配していたのだ。
その一部の乗組員の動きに注意して、投票結果が出ても航海科は集団行動をするように注意を促すつもりだったのだ。
「問題? お前は戦闘指揮所勤務だったな? 言ってみろ」
船長が発言したことで航海長の座席は船橋内で注目を浴びてしまう。
ダンの説明を聞いた船長は自ら六番の
本来は何もせずに待機していないければならない旧戦闘指揮所任務だが、暇にあかせて各所のステータスを確認したりすることは誰でもやっていることなのでお目こぼしを受けたようだ。
「確かにおかしいな……」
船長席で
航海長は気が気でないが、どうにか平静を保っている。
――データの空き容量表記を見落としてたか……だが……
データ自体を見られないような偽装は見破られてはいないようだ。
これらの偽装工作は兄のゴードンがコンピューターシステムについて門外漢であるため、全て航海長が行っていた。
勿論時間を掛けて調査されればいずれ判ってしまう事だが、撃ち込み予定時間まではあと五〇分もない。
たとえ専門家である運用長や機付整備員でも、それまでに見破るのは不可能だろう。
動作モードについても撃ち込まれた後、半年程が経過してからデータ収集モードから惑星改造モードになるように細工をしている。
「運用長、君の方はどうかね? それと、撃ち込みが完了した七基の
船長は落ち着いた様子で運用長に尋ねる。
本当は今までの整備の際に気が付いていなければならない事ではあるが、今更それを責めても何の解決にもならない。
もし生きて戻れたら運用長と整備員の考課を下げるだけだ。
「うーん。まず、撃ち込みを終えた
「わかった」
「それと、データバンクの空き容量以外はどこもおかしなところはありませんね。今、試しに地形データの書き込みを止めてちょこっとしたゴミデータを書き込んでみましたが、その分の容量は減っていますし、消したら元に戻りました。因みに地形データの書き込みが原因ではありません。この程度の星の地形データなんぞ、全容量の何兆分の一にもなりゃしませんから」
「そうか。この容量でデータ収集は可能だと思うか?」
「そこまではちょっと。ですが、標準的な星であれば文明レベル九か一〇くらいで一杯になってしまうのではないかと思います。詳しいことはファクナー教授の方が……」
運用長に言われて船長は、都合よく学術調査隊が乗り組んでいる事を思い出した。
通信を食堂に繋ぎ、ファクナー教授を呼び出すように言うが、調査隊の一行は殆どが酒を飲んで酔い潰れて久しいとの返事だった。
唯一残っているのは酒を飲んでいない、最年少の女性だけだと言ってきた。
「素人よりはマシだ。意見が聞きたいから至急、船橋に連れてきてくれ」
■□■
一〇分後。
船長に意見を求められたカミラは素直に見解を述べる。
「空き容量が少なすぎます。特例であったドゥーヴァイン4は別にしても、これでは……」
どう考えても足りない。
カミラの表情が物語っている。
「データの記憶領域自体がエラーを起こしているのではないでしょうか? それで少なくなっている可能性はありませんか?」
大昔ならともかく、現在においてはそういう障害を起こすことは非常に稀であり、通常は無視される程の可能性である。
従って、カミラに指摘されるまで誰も記憶領域自体のエラーを疑っていなかった。
「む……確かに可能性は低いですが、現象から考えるとそれはあるかも……」
運用長もカミラの推測の後押しをしてくれた。
「でも、システムチェックを逃れている以上、我々にはそれを確認出来ません」
そういう障害はシステム自身が見つけて報告してくるものである。
「
カミラが提案した。
「いや、学術調査隊とは言え、部外者だ。それに……」
それまで黙って聞いていた航海長が口を挟んできた。
「私が許可する。これが最後の仕事になるかも知れない以上、可能な限り完璧を期そうじゃないか」
船長の決断によって
カミラが
未だ原因は判明していない。
「ところで船長。六番の撃ち込み予定位置まであと二〇分程で到達しますが……」
運用長が船長に声を掛けた。
それまでに原因が判明し、障害を取り除くことができれば良し、そうでなければどうするのか?
という言葉だ。
障害を抱えたまま予定通り撃ち込むのか、撃ち込み予定時間を延期して更にルーグ3を周回するのか?
そういう質問でもある。
クイジーナ2がルーグ3の自転に合わせて進路を変更すれば、一時間もしないうちにまた同じ場所を通過する。
しかし、その為には僅かだがスラスターを使う必要がある。
当然エネルギーを余計に消費することになるが、気にする程多い訳でもない。
「……時間は充分にある。が、そうも言ってられないだろう。二周するまでは待とうか。それまでに原因が特定出来ればその排除を行う。原因の排除が無理か時間切れなら……仕方ないがそのまま撃ち込む。可能なら撃ち込み後に通信の復旧を待って全部の種について再チェックをする」
決定は下された。
航海長は船長の決定に満足している。
――飛び級の天才だか何だか知らんが、たった二時間かそこらで見破れるものか。それに、撃ち込まれたら完全に自律モードに入る。外部からのアクセスはデータのダウンロード以外受け付けんよ。直接
「あの……調査隊の機材を接続してもいいですか? これだと使い慣れなくて、その……」
カミラが申し訳無さそうな声で船長席から言った。
「構わんよ。君には私の権限を渡しておこう。だが、あまり時間はない。急いでくれ」
「はい。わかりました」
カミラは機材を置きっぱなしにしてある会議室まで行くつもりだ。
配線などの都合もあるが、こういう仕事は自分が使い慣れた物の方が良い。
航海長としては移動することで時間を潰してくれるから有り難いくらいだ。
そして、勇気を振り絞って報告した結果について、何の説明すらないままに通信が切られて数時間。ダンがやきもきし始めた頃。
会議室で作業をしていたカミラは船長に通信を繋ぐと、原因が判明したと報告を行っていた。
「隠された大量のデータを発見しました。大変言いにくいのですが、誰かがシステムに細工をしているようです」
余程根を詰めて調べていたのだろう。
カミラの額には僅かに汗が浮いている。
「大量のデータ?」
オウム返しに言う船長に、カミラが説明しようとした時。
「デブリです!」
数少なくなった防空レーダーを監視していた電測員が叫んだ。
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