第17話

「ルーグ3への対地高度、そろそろ二〇〇〇㎞を切ります。減速はどうしますか?」


 重力波センサーから送られてくるデータを見つめながらダンは報告した。

 電波高度計は事故でその向きが変えられなくってしまっているので使えないのだ。


「エンジンが二つ死んでるからな……航海長、一発で三〇〇㎞の軌道に遷移する必要はない。何周回っても構わんから安全を鑑みて慎重にな」


 ダンの報告を受けたラングーン航海長が減速スケジュールを言う前にバーグウェル船長が割り込んできた。

 確かに半数のエンジンが運転不可能な状態にある以上、いつも通りの操船はかなり難しい。

 それでも航海長なら半数だけのエンジンを上手く使っていつもとあまり変わらないペースで軌道変更が出来るだろう。

 しかしそれは、残っているエンジンに無理をさせることと同義である。


 場合によってはこれから年単位で加速を続けさせる可能性があるので、念のために安全策を取ったのだと思われた。


「了解しました。……おい、高度二〇〇〇㎞、静止トランスファ軌道の近地点丁度から標準重力〇・一八で減速開始。減速噴射七秒。以降三十分毎に同じ重力で五回減速だ」


 船長の意を汲んだ航海長の命令が航海士へと飛んだ。

 航海長は僅か数秒で計算を終えたようだ。

 ダンが素早くコンソールのシミュレーション枠に数値を入力すると、この減速度であれば高度三〇〇㎞の衛星軌道に遷移するまでにクイジーナ2はルーグ3を六周半も周回し、八時間ほどの時間が掛かるとの予想だった。


「了解。これより低高度の衛星軌道に遷移します。目標高度、ルーグ3海面より三〇〇㎞。減速開始まで五七六……五七〇……」


 航海士は返答を行いながら、高度表示を睨みつつ慣れた手つきで減速スケジュールを入力していた。

 あと一〇分ほどでクイジーナ2は減速噴射を開始し、低軌道へと遷移を開始する。


 恐らく、最初の減速噴射を開始した時点でシフトの変更が言い渡されるだろう。

 今船橋に詰めている者のうち、ダンを含めた半数は連続一二時間の当直がほんの五分前に終わっている。

 規定ならこの減速が開始された直後に船長がシフトの交代を宣言して六時間から一八時間の休息が与えられるはずだ。

 重大な事故があったのは確かだが、乗組員も誰一人として失われてはいないので勤務シフトは事故直後の一日目以降は通常通りに戻っている。


――食堂のモニターにはルーグ3が映っているだろう。カミラもそれを見ているだろうから、飯でも食いながら一緒に眺めるのも悪くないな。


 引き継ぎの用のデータをホロディスプレイに投影しておく。

 次にこの席につくのはダンと同期の訓練生であるミッシュだ。

 後任が着座してすぐに必要だと思われる情報にアクセス出来るようにしておくのは術科学校でさんざん叩き込まれている。


――船長も流石に休むかな? 記録では……げっ! さ、三十六時間連続……その前も六時間しか休んでねぇ……。


 何の気なしに今の船橋要員のうちで誰が休息に入るのかを確認したダンは度肝を抜かれた。

 実戦状況下における軍艦の指揮官は四八時間も休まずに指揮を執り続けることもあるとは聞いていたが、そんな勤務状態などダンには全く実感ができなかった。

 何しろこの十二時間勤務ですらダンはヘトヘトになっていたのだ。




■□■




 ダンに言い渡された休息時間は十二時間だった。

 次のシフトはルーグ3の低軌道上を何周か周回してから開始されることになるだろう。

 ひょっとしたらたねも幾つか撃ち込んだ後かも知れない。

 だとすると、最初の何本かはカミラと二人でゆっくりとモニターで眺めることも……。


――現実逃避はよそう……その後が地獄だった。


 次のシフトでは旧戦闘指揮所に詰めなくてはならない事を思い出す。

 たった一人、特にやることもないまま、船橋から離れた一室でバックアップのためにセンサーや計器を眺めるだけの本当に退屈な仕事だ。

 それでも事故の前であれば、余分なセンサーを使っていろいろな状況を想定しての自己演習も可能だったのだが、殆どのセンサーが死んでしまい、復旧すら行えていない今は文字通りやることすらない缶詰の時間なだけで、苦痛以外の何者でもない。


「おっと、ここまでだ。お先」


 ダンの先を歩いていた船員達が転送機の操作を始めた。

 一度に転送できる質量に限界があるため、同時に転移が可能な人数は限られている。

 ダンを含め、何人かは転送機の使用が終わるまで転送範囲から離れて待つ必要があった。


――不景気な面を下げていても仕方ない。暫くはカミラと過ごせるんだし、切り替えよう。


 転送機の警告ランプが消えるまで待ってから転送先を指定する。


「船員食堂前でいいですか?」


 念のために聞くが当然の如く船員達の返事は決まっている。

 シフトの終了後は、まず食事が当たり前だ。


 食堂に入ったダンはまずカミラが居ないか見回した。

 壁面に取り付けられている大きなモニターにはルーグ3の映像が映っており、その前のテーブルにはそれなりの人数が固まって何やら会話に興じている。

 植物だけでなく、動物の発生が確認された星は近年では珍しいので、こんな状況下にあっても誰もが興味を持っているのだ。


――あそこにいるかな?


 しかし、モニターの前は疎か、食堂内のどこにもカミラの姿を見つけることは出来なかった。

 

 携帯情報端末タブレットの接続先を操船用の特別回線に接続しっ放しだった事を思い出し、一般の船内ネットワークに接続し直す。


 カミラからのメッセージが一件。


 どうやら学術調査隊には僅かに残っている光学センサーのうちの貴重な一基が割り当てられており、会議室のモニターに接続して、全員でそれを眺めているという。

 きっと、捉えられる映像のあちこちを機材の性能限界までズームしたりして舐めるように見ているのだろう。

 ダンのシフトが終わったら会えるから連絡を待っているとのメッセージだった。


――シフト終わり。これから十二時間の休み。食堂で飯を食ってる。


 簡単に連絡を入れるとミールべンダーに並ぶ列の最後尾に付いた。




☆★☆




 第三船倉制御室カーゴコントロールルーム

 ゴードン・ラングーンも船橋にいる弟から送られてきた映像を眺めていた。


「夜の側か……この明かりは……建物から漏れる明かりとは違うな……焚き火かそれに類する……」


 限界までズーミングされた夜のルーグ3。

 その地表のうちのあちこちに小さな明かりがある。

 ゴードンは光量の乏しさなどから電灯などの人工的な灯りではなく、焚き火のようなものだろうと推測したようだ。


「人がいる証明だな、これは。だが、文明レベルは大したことはないだろうなぁ……」


 刻一刻と近づいているため、当初は不明だった地表上の様子も大分判明してきている。


 未だ個体の姿形までは不明ではあるものの、人が居て、住居らしい非常に簡素な建造物があることまでは確認できている。

 なお、原始的でも農耕が始まっている様子はない。

 畑のようにそれなりの面積が広がっていても、人の手が入っている痕跡は全く確認されておらず、小規模でもその近傍に人が住む集落らしきものは発見できていなかった。

 しかし、大規模な都市や街の形成がなされてはいないのは当然として、狩猟や採集を中心とする原始的な村社会が築かれているのであろうとは思われた。

 恐らく、文明としてはレベル五から六程度だと推測される。


 このレベルであればたねは問題なく撃ち込まれる。

 文字が発生していたとしても、かなり初期のものであり、記録媒体が板や洞窟の壁など自然物を利用したものである可能性が高く、天から降ってきたたねについて記録されたとしても後世まで残らない可能性のほうが圧倒的に高いからだ。

 しかしながら、撃ち込まれるたねは文化などの情報を収集して記録するだけであり、可住化を含む星の改造モードとして動作させることはない。


「私の研究テーマにはおあつらえ向きじゃないか……!」


 ゴードンは歓喜に打ち震えて拳を握りしめる。

 高度な自我が形成された人類が発生した星に対する、たねの改造モードでの使用。

 勿論、この行為は禁忌とされ、法律でも厳しく禁止されている。


 だが、ゴードンの研究はそれによって引き起こされるであろう進化の促進だ。


「ふ。ふふふ。何という偶然か! ハムノース7よりも余程良い条件じゃないか!」


 興奮を隠せないゴードンはもう一度たねに格納したデータについて確認を始めた。

 その殆どは、あの、奇跡とも思える爆発的な進化変貌を遂げたドゥーヴァイン4-3からダウンロードしたデータを基にしている。


「ドゥーヴァイン4-3が文明レベル六から一八にまで発展したのに要した時間は僅か五〇〇〇年。しかも、文明レベル一一から一八までの八レベルは二〇〇年も掛かっていない! この記録を上回る可能性があるぞ!」


 これが実証されれば合星国の勢力圏下にある未だ文明レベルの低い有人惑星は全て短期間のうちに爆発的に進化をするであろう。

 それに伴って合星国の国力は大幅に上昇し、ヴェルダイ連邦との戦争にも有利に働くはずだ。


「ま、どう転んでもその頃俺達は誰一人として生きちゃいないが……」


 自嘲するような、シニカルな笑みで片頬だけを引きつらせたゴードンは忙しそうにクイジーナ2に搭載されている八機のたねのデータリストを確認していた。


「しかし、大陸が六つか……。あのでかいのに三つ、残りは一つずつ撃ち込むことになるんだろうな……糞」


 本来、星の可住化改造モードでたねを撃ち込む場合、ほぼ等間隔で星をぐるりと一周するように撃ち込む。

 そこが海だろうが山だろうが、はたまた平原だろうが関係はない。

 高度な思考力を有する生物も存在していないことが前提だし、そもそもまともに海すら無く、草木の一本すら生えておらず、呼吸に適した組成の大気すらないこともあるのだ。

 勿論例外もあるがこの際それはどうでもいい。


 だが、このルーグ3はそれとは全く異なる。

 何よりも改造モードでたねを使用する必要はないのだから、文化データを収集しやすいように半径三〇〇〇㎞以下の大陸はその中心部に、それ以上に広い大陸には収集範囲が重ならない程度に適当に撃ち込むことになる筈だ。


 それでは本来の改造パフォーマンスを十全に発揮出来ない可能性が高いので、ゴードンとしてはなんとかしたいところではあるが、現実として如何ともしようがない。

 当然、撃ち込む際にたねのロケットモーターにパラメーターを与えて理想的な場所に撃ち込まれるように細工をすることは可能だ。

 しかし、最初の一本の撃ち込みを行った時点で異常が判明し、残りのたねを総点検されてしまう可能性が高い。

 従って、撃ち込み場所を弄る事ができるのは最後の一本だけだ。

 それまでの七本はデータ収集に適した場所に撃ち込まれる事になると思われる。

 余程運が良ければ一つくらいはマシな場所が選ばれる可能性もあるが、低い可能性に期待をしてもあまり意味がない。


「ファクナーか……あいつならどうするか……」


 学術調査隊の隊長であり、ウィングール大学では同僚でもあったかつてのライバルを思い出す。

 恐らく、撃ち込む場所には彼の意見も取り入れられるだろう。

 このクイジーナ2も過去に何度もたねを撃ち込んで来た実績もあるから、船長たちは大まかな位置を決められる能力は持っている筈だが、折角専門家が乗り込んでいる機会であることに加え、このたねの撃ち込みがクイジーナ2の最後の仕事になる可能性が高いのだ。

 万全を期してファクナー教授の意見を聞くことは確かだと予想された。


 六つある大陸のうち、五つはそれぞれ一本のたねで充分にカバーできる程度の面積しか無い。

 従って、ここに撃ち込む五本のたねについては各大陸の中心部か、狭い大陸なら将来的にも目立ちにくいように近くの海中に撃ち込む可能性が高い。


「……ん? 待てよ……」


 ここでゴードンはもう少し効率的なたねの撃ち込み方に気が付いた。

 まず、六つある大陸で一番大きなものはどう考えても複数のたねを撃ち込まなければならないだろう。欲を言えは五本くらい撃ち込んでおきたい程には広大な面積を誇っているからだ。


 しかし、残りの五つの大陸はその一番大きな大陸と比較すると合計して半分の面積も無いだろうほどに小さい。


「これとこの大陸の間、そして、この大陸の間の海に撃ち込めば……」


 観測して得られたルーグ3の地形データを睨みながらゴードンは地形データに半径三〇〇〇㎞の円形を重ねる。

 すると、比較的距離の近い三つの大陸は二本のたねでカバーできることが判った。

 小さな大陸のうち、残る二つは相当に距離があり、一本のたねで双方をまるごとカバーすることは出来ないが、それでも二つともかなりの部分をカバーできる。


「小さな五つの大陸は合計三本でカバー可能か……」


 ニヤリとほくそ笑むゴードン。

 これならば残る最大の大陸に五本の種を撃ち込むことが出来る。


「ふむ。早速マシューに伝えておこう」


 ゴードンは航海長へ送るメッセージを書き始めた。

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