第14話
クイジーナ2はルーグ3星系の最外縁部を周回する惑星、ルーグ3-9を取り敢えずの目的地として動き出した。
但し、四機あるエンジンのうち、二機が使えないのでゆっくりとした加速である。
ルーグ3-9近傍への到着までには四〇時間ほどが見込まれており、乗組員達はやっと通常のシフトに戻って順番に休息することが許された。
「それで、今の座標は判ったの?」
舷窓の前に漂いながらカミラはダンに尋ねた。
カミラもこの状況下で心穏やかにはいられないようで、初めて会った時のように硬い表情をしている。
「ん~、まだ判明はしていないけど候補は二桁まで絞り込めてるからあと数時間もすれば判ると思うよ」
ダンは少しでもカミラを安心させようと柔らかい笑みを湛えて言った。
事実、ダンが渡した祖父のアプリケーションによって座標の候補地を大きく絞り込めたために、どんなに手間取ってもあと一〇時間もしないうちに座標は判明すると思われている。
正確な座標さえ判明すれば超空間通信が使えるので救助を呼ぶことは容易い。
「そう。ならいいんだけど……」
それでもカミラは浮かない顔をして返事をした。
――正直言って、座標が不明な今、俺だって怖い……。
考えられる全ての方法を試し、あらゆる手を尽くし、それでも本当に座標が判明しないという最悪の場合、クイジーナ2に残された手段は僅かしかない。
一つは絞り込めた候補地のうちから可能性の高そうなものを幾つか選択し、「そこに居る」と仮定した上で一番近い通信施設の整った惑星なり、軍の基地なりに救助信号を送ることだ。
あとは出来ることはないので万が一の事態に対応する周辺監視のために最小限の人員で交代制のシフトを組み、他の全員は
監視要員の精神が持たないようであれば、運を天に任せて適当な小惑星に船体を固定するなどした上でいっそのこと全員で
これならエネルギーが尽きるまでの数千年くらい(多少長く見積もって五〇〇〇年程度だろうか)はなんとか耐えられる。
もう一つは候補地から一番可能性の高そうなものを選択して「そこに居る」と仮定するまでは一緒だが、思い切って救助信号を発しつつ一番近い有人惑星や軍の基地の方向へ通常航行することである。
勿論、エンジンが半分死んでいる今であれば数光年離れた恒星系に到達するにも一〇年単位の時間を必要としてしまうだろう。
しかし、通常航行を選択するのであれば起きていなければならない乗組員の数は監視要員どころの騒ぎではないので、この場合に耐えられる時間はいいところで数年程度、限られた食料をギリギリまで食い延ばしても五年も持てば御の字である。
むしろ食料が尽きる前に乗組員の精神が磨り減って参ってしまう可能性が高い。
どちらにしても恐怖以外の何物でもないことは確かで、まず有りないだろうとは思いながらもダンはその可能性を頭から消すことは出来なかった。
「ああ。座標は遠からず判明する。救助信号も打つ」
「ちょっと待って。救助信号を打つって、救助信号もまだ……?」
とんでもない事を聞いてしまったとでも言うようにカミラは驚いた顔つきで質問をする。
「あ、ごめんごめん。この救助信号ってのは指向性を持ったば超空間通信でって意味。相手と会話できるやつ。全方位に向けての、いわゆる救難信号はとっくに発してるから。まぁでもこっちの救難信号は余程の幸運に恵まれでもしないかぎりはあんまり意味ないんだけど。例えば、たまたま近くの通常空間を別の船が通りがかったとか」
ダンは肩を竦めて少しおどけながら言うと、続けて「そうしたら、まぁ、どんなに長くても一週間から一〇日もあれば救助船が来るからね。その間、俺達、いやウィングール大の皆は目の前のルーグ3を好きなだけ調査できるさ」と言ってカミラを安心させた。
☆★☆
「言語モジュールに手を加える暇くらいはありそうだな……」
第三
すぐにホロキーボードを操作して作業に没頭する。
これらのデータ類は今回の航海では使用出来ないだろうが、万が一、億が一、次のチャンスが巡ってきた場合に備えることくらいしか今の彼に出来ることはないと思っての焦りににも似た行為であった。
「ふむ……ドゥーヴァイン3-4の言語モジュールでいいか。話者人口の上位10程度の言語をモジュール化……それに公用語も……」
作業の合間には独り言が漏れ、たまに宙に浮かべたままのチューブ食料パックから内容物を嚥下し、目を閉じて黙考したかと思うと再び何かに取り憑かれたような猛烈な勢いでホロキーボードを叩く。
「ん?」
久々に弟のマシュー・ラングーン航海長がこの部屋を訪れたようだ。
「すまん、あんまり長居は出来ない。でも、現状の説明をする前に、一つ朗報がある。中止せざるを得ないと言っていた
「お?」
ゴードンの眉が僅かに動いた。
「とにかく聞いてくれ。本当にすまんが今は質問はなしだ」
余程激務で疲れているのだろう。
マシューの顔には隈が浮かび、非常に憔悴した様子だった。
「今目の前にある星系は新発見の星系であることは確かなようで、ルーグ3と名付けられた。特徴は太陽が第三惑星で、同程度の質量を持つ第四惑星とは連星として公転していることだ。つまり、星系中心の恒星ルーグ3は発光天体じゃあない」
「ほう?」
学会を追われたとはいえ造星学の権威でもあるゴードンは、ルーグ3の特異性を耳にして目を見開く。
「で、もしもこのルーグ3星系に可住化出来そうな惑星があった場合には
「……」
僅かにニヤリとしながら言うマシューの言葉に頷きながらも、ゴードンの顔には諦めの表情が張り付いている。
彼の実験に必要なのは単なる可住化可能な惑星ではない。
原始的でも他の個体とコミュニケーションを取り、炎を使える程度の人類が発生していることが最低条件だったからだ。
「……その可能性が極小だってことくらい、俺にも解ってる。けど……」
「すまん……」
気落ちしているであろうゴードンに少しでも希望を見せたい、感じさせたいとのマシューの気持ちに感謝し、ゴードンは僅かに微笑んで礼を述べる。
「いや、いいさ。とにかく、兄貴の実験範囲に合う星があった時のことも考えておくべきだと思ってね。……だが、そうなると入れ替えた
「すまんな。気を使わせて」
弟の言葉を聞いて顔を綻ばせる兄。
「あと二日弱で再外縁のルーグ3-9の近傍に達するから、星系内の惑星についての調査はあと三日もあれば全部終わると思う。や、勿論通り一遍の調査しか出来ないけどな。それでも惑星上に生命が居るかどうかくらいは判るさ」
「……」
マシューの言葉を聞いているうちにゴードンの目には希望の光が戻ってきた。
「ふふ。俺も全く根拠無しで言ってる訳じゃないんだ。実は、恒星のルーグ3なんだけど、多分水があるし、生命活動には丁度よさ気な大気もありそうなことが判ったんだ」
「何っ!!」
今度こそゴードンは目を見開いて弟の顔を見つめた。
「この時点で多少は希望が持てそうな話だろ? まぁ、遠くからの光学観測だと今はここまでが精一杯だけどな。だから希望は捨てないでくれ」
「ああ。ああ! 勿論だ! 勿論だよ! ありがとう、マシュー!」
嬉しそうに言うゴードンを前にしてマシューは一度だけ足元の方に視線をやるとすぐに兄を見る。
「礼を言われるようなことなんか何もしてない。それどころか、兄貴は俺の座標指定について一言も責めなかった。勿論、俺は入力した座標のミスをしたなんて思っていない。ハイパードライブ後にも何回も確認したし。だけど、今の状況を考えたら俺の責任だと思うのが普通だろう……だから俺は……」
「お前のミスだなんてこれっぽっちも疑っていない。俺は、いつだってお前のことは信用しているし、お前の腕も信頼している。今回の件は偶然の事故だ。お前が気にするようなことじゃない」
ゴードンの言葉にマシューはゆっくりと頷くと言葉を継ぐ。
「ありがとう。それはそれとして、データの内容やパラメータを変えるなら時間はあんまりない。申し訳ないけど、俺も殆ど手伝えそうにない。メディアの入れ替えとか兄貴一人でやって貰うことになると思う」
「もうやり方は解ってるし、そっちは俺一人でやるから気にするな。ただ、
「ああ。そっちは何とかする」
後はクイジーナ2の当面の予定や、三日後くらいには光学センサーの一つをゴードンにも使えるようにするつもりであることなど細かな話をしてマシューは部屋から出て行った。
「ふ。ふふふ。水も空気もあるって!? 素晴らしいじゃないか!」
宙に浮かんだままのチューブ食料パックに手を伸ばすと、ゴードンは内容物を一気に啜り込みホロキーボードを展開させた。
■□■
翌朝。
ついに座標は絞り込まれた。
「まず間違いありません。気が狂いそうですが」
航海長が落ち窪んだ目のまま船長に言う。
「……そうか。航海長、ご苦労だった」
バーグウェル船長は航海長を労うと半日の休息を命じた。
航海長が報告した座標は銀河の中心点であった。
正確に言うと目の前の星系の中心であるルーグ3が銀河の中心にあると思われるとの報告である。
銀河の中心部には超大質量のブラックホールがあると考えられていたのが通説であり、あまりに大きな重力のお陰で傍を航行することすら危険であるとされている。
事実、ファシール合星国もヴェルダイ連邦も数万年前から何度も調査船団を送っているが、どんなに安全を心がけていても、一定以上の距離に近づいた船は一隻として戻っていない。
それらは常識とされており、まともな教育を受けている合星国国民であれば知らぬ者はない。
当然、それを知らぬ船乗りなど一人もいないので航海長が「気が狂いそう」と言うのも頷ける発言だ。
なぜなら、ブラックホールも天体の一種であるからだ。
天体が重力崩壊を起こし、自分自身の重力によってその質量のシュヴァルツシルト半径以下に押し縮められる事により天体はブラックホール化すると考えられている。
つまり、ブラックホールにも“中心核”は存在するという事である。
当然、事象の地平面を超えた先にあるために観測はできないが。
航海長の考えでは、銀河中心の超大質量ブラックホールが“無い”もしくは“銀河で輝く星々の光がブラックホールの大重力の影響を受けない”と仮定した上で、銀河中心点から観測出来るであろう星々の位置が既知の星と完全に一致するというものであった。
そう仮定しない限り、銀河のどこにいても今の観測結果は得られないと航海長は結んでいた。
航海長の仮定が正しいかどうかはともかく、ルーグ3からの距離はほぼ正確な計測が可能である。
宇宙空間に見える他の恒星の角度を計算すれば“正しいのではないかと予想される”座標を得ることが出来る。
「通信長、測定された現座標を正しいものとして救助信号を送り、再優先で超空間通信を開け」
船長が通信長に命じる。
船長以下、結果を知らぬまま休息には行けない航海長も含め、船橋に居た全員が祈るような目で通信長を見た。
「……接続出来ません」
通信長は苦渋に満ちた声で全員の希望を絶った。
成り行きを見守っていたダンは目の前が真っ暗になったような気がして体から力が抜ける。
頭から血液が引く音すら聞こえたように感じる。
周囲を見回しても全員がダンと似たり寄ったりの表情を浮かべ、シートに体を沈めていた。
「じょ、冗談じゃねぇ!」
誰かがパニックを起こしたように引きつった叫び声を上げるが、ダンの耳にはそれも遠い場所での声のように聞こえるばかり。
――確かに冗談じゃねぇ……でも、どうしたらいいんだ?
「落ち着け! 通信長、もう一度接続を試みろ。また、全方位に救難信号を再発信しろ」
船長の言葉も耳を右から左に抜けるようにダンには響かない。
「もう一回、ちゃんと座標計算をしてくれよ!」
「そうだ! ラングーンさんよ。あんたも航海長なら責任を……!」
「俺、去年やっと結婚したばかりだぞ! ガキだって先月生まれたって……ホラ、見てくれよ!」
何名かの船員がパニックを起こし始めている。
「黙れっ! 通信長、超空間通信機をもう一度チェックするのを忘れるな」
船長の喝や、周囲の冷静な船員の声掛けにより、パニックを起こし始めた船員もなんとか落ち着きを取り戻したようだ。
「りょ、了解。通信機の再起動とセルフチェックを行います……」
通信長が言うと船橋は完全に静寂を取り戻したが船員たちは通信長の次の言葉を唾を飲み込んで見守るように注目していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます