第12話
船橋のメインスクリーンに投影されたのはなぜか明るい感じのする宇宙空間であった。
普通は漆黒の空間が広がり、全周に渡って星々の輝く宇宙の大海が表示される筈である。
当然、光学センサーの範囲内に船体の一部が入っていたとしても何光年も先で輝く恒星の光を反射するほどではない。
星系内であれば至近で輝く恒星の光を反射することもあるが、クイジーナ2がワープアウトしたのはルーグ2星系の外側、であり、星系の最外周を公転する惑星の公転直径の何倍も離れた場所である筈であるからして、こんなに光が強く感じられる訳などなかった。
つまり、このセンサーが映している側にルーグ2の太陽がある筈だ。
「明るいな……」
「まさか、星系内?」
光学センサーが捉えた船体表面には先程のデブリ群が衝突した際に出来たであろう傷や凹みが幾つか映っている。
高性能な光学センサーと言えども、それなりの光量を発する天体が至近にない限りは映像調整を全く行わずにそんな傷や凹みが見える事などないのでこの推測は正しいと思われる。
「ルーグ2を表示しろ。それから、本船の速度チェックも忘れるな」
光学センサーはある程度の可動域を持っているので、傍にある恒星を見つけるのは容易だ。
また、見付けてしまえば光学センサーでも光源までの距離は推測出来るし、距離が判れば角速度を計測することで大体の速度を割り出すことも可能である。
「は、はい」
命令に答えてダンはセンサーが捉えたもののうちで一定以上の光量を発する天体をリストアップさせた。
結果はすぐに表示される。
確かに一光日(約二五九億㎞)程離れたところに大きな光を発する天体がある。
これが目的の星系、その恒星のルーグ2であろう。
ダンの故郷、ライル星があるパードアーレ星系の太陽そっくりの、金色っぽい光線を発している。
距離があるので直視も出来る。
また、デブリ群の直撃を受けたクイジーナ2は慣性制御によってその大部分の運動エネルギーを殺しているが、それでも地上換算だと未だ相当な速度で移動し続けている。
「なっ!?」
思わず声が出てしまった。
距離を考えれば現在位置はルーグ2星系のヘリオシース内である可能性が高い。
いくら何でも近すぎるからだ。
――よく無事だったな……。座標指定にミスがあったんだろうか……?
殴られたようにショックを受けながらもダンはセンサーの一つが探知した天体が真ん中に映るようにメインモニターに表示させる。
ダンの声に彼の方を見た、バーグウェル船長を含む船員達も表示された太陽の傍に浮かぶ推定距離の数字を見て一様に驚いた顔つきをしている。
「なんだってこんな位置に?」
「あのデブリ群は重力変調で……?」
船橋要員の誰かが言った。
「航海長! これは……?」
当然のようにその理由を尋ねる船長。
「……いえ……そんな……私は……」
同様に絶句してメインモニターを見ていたマシュー・ラングーン航海長も驚愕に目を見開いて答えに窮していた。
「……すまん。とにかく原因の調査は後回しだ。今は座標の特定に専念してくれ」
ここで航海長を責める愚を悟った船長は、とにかく現状の把握を急がせた。
――
動転のあまりダンは現時点においてあまり意味のない行為に没頭してしまう。
「ごく普通の黄色矮星に見えるな」
誰かが呟くように言った言葉で現実に引き戻された。
――そうだ! 今こんな事をしていて何になる!?
「えーっと、ルーグ2の太陽は黄色矮星ですから……」
予め用意しておいた資料をホロディスプレイに投影させていたダンはそれを横目で見ながら返事をする。
黄色矮星は銀河にありふれた発光天体であり、大半の発光天体の大部分はその一生のうちのかなりの期間を矮星として過ごすので当然と言えば当然だ。
その間、ダンの後ろの航海長席では航海長が座標確認のために忙しくホロキーボードを叩き、計算を繰り返している。
彼にしてみればあの太陽はハムノース7の太陽であり、その第三惑星をルーグ2の第四惑星と見立てる計算マクロに通さねばならないのだが、今はクイジーナ2の正確な座標を知る事が先決である。
クイジーナ2自体が危機に陥った今、物事の順序を間違うような男ではなかった。
重力波センサーが軒並み死んでいる今、光学センサーだけが頼りで時間が掛かるのは理解しているが、どうしても気が焦ってしまうのは避けられない。
――おかしいな。
手元の資料によれば、太陽から五千万㎞辺りのところに第一惑星であるハムノース7-1がなければいけない。
しかし、その範囲内にはどうしても天体を見つけることができなかった。
――ひょっとして、丁度太陽の陰になっている位置か?
可能性は一パーセントも無いが、偶然にそういった位置に居る事だって無いわけではない。
第二惑星であるハムノース7-2は太陽から一億二〇〇〇万㎞あたりが公転軌道である。
資料を確認して、太陽に第一惑星が隠れる位置の際に第二惑星があるであろう辺りを丹念に走査する。
――馬鹿な!? あり得ん!
ハムノース7-2は見つからなかった。
――ならば、あれはルーグ2か? それなら……。
太陽がルーグ2であれば第一惑星であるルーグ2-1の公転軌道は太陽から四七〇〇万㎞辺りの筈だが、その距離には何も見つかっていない。
当然、ルーグ2-1が太陽の陰になっていることを考慮してルーグ2-2の公転距離である七六〇〇万㎞辺りで、現在ルーグ2-2が存在すると思われる宙域の走査を始める。
しかし、これも徒労に終わった。
「航海長、現在位置の特定は出来たか?」
ついに痺れを切らしたのか、バーグウェル船長が航海長に尋ねた。
「申し訳ありません……第一惑星も第二惑星もその場所を特定できておりません。すぐに他の惑星も調べますので……」
航海長の返事を聞いた船長は小さな溜め息を吐く。
「光学センサーが三機しか残っていない現状で無理を言うつもりはないが、それにしても時間が掛かり過ぎではないか?」
「確かにそうですが……すみません。今暫く……」
船長は優秀な航海長がここまで焦るところを見たことはなかった。
「分かった。総員、担当の機材のダメージを確認し、一〇分以内に優先度を付けた上で私まで報告しろ」
まずは損傷の確認と復旧が先決なことは確かだ。
船橋要員に報告を命じた船長は覚醒待機の状態にある
■□■
それに伴って隔壁閉鎖されたブロックについても立ち入りが禁止される。
船内の予備部品や工作設備を使用することで復旧可能な見通しが立てられたのは、僅かに数機のセンサー群だけである。
しかし、重力波センサーさえ復旧すれば付近の天体は一瞬で観測が可能となる。
まずは重力波センサーのうちで一番被害の軽そうな物から復旧作業が行われる事となった。
但し太陽が特定されたルーグ2星系方向への姿勢制御や移動については、船が被った被害が確定されるまでは行われない事になった。戦闘中でもないし、こうなっては急いだところであまり意味は無いからである。
エネルギー源である反陽子燃料はあと数十回
これはルーグ2から帰還する為の燃料もあるし、万が一を考慮して多目に積み込んでいるのだから当然だ。
修理を行う者以外の船員は実際の被害箇所について船内から観察・確認するために全員がシフトに組み込まれた。
勿論、ダンも例外ではない。
訓練生であるダンも船内各所にあるセンサー整備用のハッチを開けて回り、実際の被害がどの程度であるのか、管理用コンピューターの報告と齟齬がないか確認しなければならないのだ。
メインコンピューターに感知されていない被害があるかも知れないので被害調査は二人一組で行われている。
ダンが組んでいるのは航海術科学校で同期生のミッシュだ。
念の為、二人とも簡易型の宇宙服を着用しているが、内臓ボンベの使用を抑えるためにヘルメットのバイザーは開けている。
――えーっと。……そういう訳で暫くは食事の時くらいしか会えないかもしれない。これで良いか。
勿論、音声入力や映像入力を行わないのはその様子をミッシュに見られたら恥ずかしいからというのが主な理由である。
ふと前方を見ると二〇m程先の通路には隔壁が降りている。
隔壁の先に空気があることを確認してから隔壁を開けなければならない。
「空気濃度良し。開けるぞ」
「ああ」
ミッシュが確認し、ダンが答える。
隔壁が開ききる前に、二人は次のブロックへとガスガンを噴かせた。
☆★☆
被害を確認しに行っている乗組員達からの報告を受けて、船橋では船の状況を把握しつつあった。
しかし、光学センサーから得られた情報だけでは座標を特定するに至ってはおらず、未だにビーコンも捕まえられていない。
そして、遂に船外に出て重力波センサーの復旧をしている乗組員から「復旧作業、終わり」の報告が届く。
「よし、一三番のシステムを立ち上げるぞ」
復旧が完了した第一三重力波センサーが息を吹き返す。
船橋のメインモニターにセンサーが感知した結果が表示された。
「え?」
「どういうことだ?」
幾つもの疑問符が船橋に溢れた。
「なっ? 馬鹿なっ!?」
ひときわ大きな声を発し、自分のホロディスプレイとメインモニターを見比べているのは航海長だ。
その様子をちらりと横目にすると、船長は腕を組んでメインモニターを凝視した。
メインモニターに映っていた天体の位置関係は船長も含め船橋にいる誰一人として見覚えのないものだった。
勿論、銀河に存在する星系を、調査済みのものに限っても覚えている者など誰一人存在しない。
しかし、メインモニターに表示されていた星系名欄には“検索中”と表示され、観測可能な恒星の位置関係から推測される座標についても“座標データ取得中”の表示であった。
重力波センサーによって目の前の星系は惑星だけでなくその衛星の位置も全て判明している。
本来であれば各惑星の公転速度や推測される公転軌道などから船内のデータバンクに収められている膨大なデータを検索し、近い候補の中から更に絞り込んで「ほぼ確実にこれだ」という物を表示する筈だ。
勿論データバンクは巨大なので検索に多少時間が掛かることはある。
あるが、幾らなんでも長過ぎる。
それが意味するところは、誰の頭にも一つしか思い当たらない。
「新発見の星系ってことか?」
「新発見って、普通は観測して見つけるもんだろ……?」
「はは……座標もわかんねぇのに、新発見とはね」
「ツイてる船、汝の名はクイジーナ2か」
冗談を言いながらも船橋はパニック寸前になる。
それも当然だろう。
最後の頼みの綱であった重力波観測が行われたにも拘らず、自分達が宇宙の何処に居るのかも判らないということが判明したのだから。
「うろたえるなっ!」
船長が叫び、船橋は秩序を取り戻した。
「……他のセンサーによる観測はどうだ?」
静かな声で船長が航海長に尋ねる。
「もうやっていますが……」
返答の調子で誰にも理解できた。
同じ結果なのだろう。
「座標指定に問題は?」
船長が尋ねると船橋に詰めていた全員がある航海士を見る。
航海士は真っ青な顔で
「座標に問題はありません。
航海士に代わって航海長が座標の数字の意味を解説しながら答えた。
勿論、真実は航海長自身の手によってハムノース7への座標を入力していたのだが、それにしても座標数値に異常は見当たらないのは何度も確認済みだ。
「……とすると、機関の異常か……?」
誰かが呟いた。
今度は一斉に機関長が注目を浴びた。
「止せ。原因の究明は必要だが、それは今するべきではない。光学観測や重力波観測、赤外線や放射線の観測によってデータは集められた。しかし、現在地は不明。相変わらずビーコンも捕まえられない。……航海長、こういう場合、どうやって我々は位置を特定すれば良いかね? 意見を聞かせてくれ」
そう言うと船長は航海長を見つめた。
しかし、航海長にも良い案は浮かんではいない。
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