第11話
異次元空間内のクイジーナ2は相変わらず船体に紫電のような光を纏っていた。
この光は通常の
一体、なぜこのような光に包まれているのか。
調子の悪かった一部のエンジンが遂に本格的な故障に見舞われたのか。
単に航海長が隠れて入力した座標指定にミスがあったために齟齬をきたしてしまったのか。
仕事熱心だが無能な船員が斜め上方向に整備をしてしまったのか。
それに伴って機関だけでなく船体にも異常が発生したのか。
だが、既に無人となって久しい船橋では粛々と自動運転が行われていた。
通常空間に戻るためのエネルギーチャージは順調で、特に警告が発生することもない。
そして二〇時間程が経過した後、遂にエネルギーのチャージは完了し、臨界寸前の全力運転を行っていた対消滅エンジンは全てアイドル状態に戻る。
船体に纏わり付いていた紫電のような光はいつの間にか霧散していた。
クイジーナ2に搭載されている四機のエンジンはどれもが正常に運転しており、なんら異常は見られない。
四機のエンジンが作り出したエネルギーは長らくアイドリング状態にあった跳躍機関に送られ、今度は跳躍機関が全開の運転を始めた。
程なくして臨界を迎えた跳躍機関は炉心から真っ白な光を放つ。
異次元空間に留まっていたクイジーナ2は、内側から発生した純白の光に包まれると同時に3次元空間に転移した。
■□■
「えっと……」
船橋の持ち場に戻ったダンは現在地の確認と目標である惑星ルーグ2-4までの方位を確認すべくセンサーからのデータを待つ。
――なんだよ、反応が遅ぇな……。
が、いつもなら一瞬でディスプレイに表示されるはずの各種座標データは一体何事が起きたのか、いつまで経っても現在地の表示を行わない。
――ま、まずいぞ! また航海長に……。
青くなりかけたダンがそう思った時。
「現在地報告、まだか?」
いつまでも現在地の報告を行わない見習い航海士に痺れを切らしたのか、何と船長自らが問いかけた。
――げぇっ! せ、船長がっ!?
「あー、すみません、船長。ルーグ2はゴードリーズ腕からバーゾイル腕(作注:銀河系近3キロパーセク渦状腕とペルセウス渦状腕のこと)に遷移する辺りですからね。ここだとビーコンの密度も薄いし、なかなか捕えられない事も多いんです」
ダンが驚いたことに航海長がフォローを入れてくれたようだ。
実際にルーグ2がある宙域は開発も遅れており、全く調査が行われていない人跡未踏の恒星系も千万単位で残っている。
「おい。座標調査は俺がやるから、貴様はセンサーのチェックをしろ」
フォローどころか、下っ端の仕事である現在地報告まで航海長が引き受けてくれた。
「あ。は、はい。センサーチェック、始めます」
一体どういう風の吹き回しだ?
そう思う間もなくダンのホロディスプレイには船体各所のセンサーから送られたステータスが一覧表示される。
「第一から第一八赤外線センサー、異常なし。第一から第三六光学センサー、異常なし……」
ホッとしながらダンはカテゴリ別に一覧表示されたセンサーについて異常の有無の報告を始めた。
「第一から第四エンジン、アイドリングステータスで全機正常」
「
「第一から第二四スラスター、全機正常」
「第一から第四中間赤外線レーザー砲塔、異常なし」
「第六一から第七二スラスター、全機正常」
・
・
・
機関長やその部下たちからも矢継ぎ早にチェックの結果が報告され始める。
そして。
「船体外部、異常なし」
遂にクイジーナ2のステータスで報告されていないのは現在座標だけになってしまった。
――おかしい……。
そんな中で航海長は一人焦っていた。
――ば、馬鹿な……
自分一人の目に映るように視野角を調整されたホロディスプレイを何度も確認する。
本来であればそこには本当の現在位置が表示されていなければならない。
つまり、
そして、それを元に自動で計算されたハムノース7-3をルーグ2-4に見立てた座標などがダンの航法士席に表示されていなければならない。
だが、航海長の目に映るのは「座標データ取得中」の文字だけである。
「航海長、現在地報告はどうなっている?」
クイジーナ2の目的地であるルーグ2の第四惑星と現在のクイジーナ2の座標データが揃わないと姿勢制御も出来ない。宇宙船は目的地に対して正確に正面を向いてからエンジンを噴射しなければならないのだから。
つまり、現在位置が判明しない限りはもうやることがない。
出来る事と言ったら、未だ
「そ、それが……」
――糞! どうする?
何度も座標チェックを行ったにも拘わらず何一つ座標データは得られないなどということはまずありえない。
――まずい。幾らなんでももう限界だ。
その時。
「船長、右舷上空からデブリが……なんだこれ? 速い!」
ダンと同じ並びにある電測員席で防空レーダーを覗いていた乗組員が警告の叫びを上げた。
「対空防御を」
船長は落ち着いて命じる。
「了解!」
クイジーナ2では数少ない正規の保安部員達の長は船長に命じられるよりも先に対空防御兵装を自動迎撃モードで動作させている。
「デブリ、一番、二番、消滅を確認。しっかし速かったな。
電測員もレーダーを確認しながらもう落ち着きをとりもどしている。
この程度のこと、宇宙船ではままあることで珍しいことでもない。
だが――。
「ばっ!? 同方向、デブリ群です! かっ数は――」
「数は!?」
「さ、三桁を超えています!」
身を乗り出すようにしながら電測員は叫ぶ。
「全エンジン始動! 全速前進! 右舷側スラスターも全部噴かせ!」
船長が機関長や航海長に吠える。
デブリの方向はクイジーナ2の右舷のほぼ直上。
形状は様々である。
だが、それらが
船体の上方をカバー可能な対空砲台は中間赤外線レーザー砲が二門とエクサイマーレーザー砲が二門。
勿論、レーダー連動型の完全自動制御である。
クイジーナ2の保安長は電測員が報告した直後に自動迎撃を開始しており、第一波とも言うべき二つのデブリは難なく迎撃して蒸発させていた。
――数に伴って範囲も広いだろうが、今度も大丈夫。
船長を含めた全ての船橋要員達は楽観視している。
対空迎撃用の砲はほぼ九〇度の上方に対して高出力のビームを放ち続け、命中した瞬間に超高温に達する中間赤外線レーザーや、パルス発振によって対象に分子振動を促して破砕するエクサイマーレーザーをばらまいている。
それらがデブリに直撃してどんどんとその数を減じていくのは防空レーダーを自席に投影させている者には全て見えている。
しかし、如何せんデブリの速度が速かったことのみならず、その数が多過ぎたことが大きな問題であった。
「か、数が多過ぎます!」
「小型のものは無視させろ!」
保安長が叫び、船長が応じる。
“ドン!”
軽い振動がクイジーナ2に走る。
小さなデブリが船体を直撃したのだろう。
ダンとしては気が気ではない。
「心配するな、小僧。デブリ程度ならたとえ直撃でも大丈夫だ。それよりセンサーに被害が無いか確認しろ。そっちは飴玉程度でも一発でぶっ壊れちまうからな」
忙しくホロキーボードを叩きながら航海長がダンに話し掛けた。
「は、はい」
ダンも落ち着きを取り戻し、再びセンサーのチェックを開始した瞬間。
“ズシン!”
腹の底に響くような振動が船体を襲った。
高性能な対空迎撃システムの隙間を縫うようにまた一発。
船体への直撃を許してしまったのだ。
しかし、その一発の形状が問題であった。
直撃を許したデブリの形状は、直径約十センチメートル、長さも数メートル程度の比較的小型なものだったが鋭利な錐状をしていた。
もっと小さな、先ほどから何発か命中しているような、いわゆる極小から小型のデブリであれば戦闘用の装甲を施されていないとは言えども、元軍艦であるクイジーナ2であれば船体への直撃でも船体内部への侵入は防げたであろう。
また、この程度の体積であってもここまで鋭利な形状をしていなかったのであれば結果は同様だった筈である。
しかし、前面投影面積が小さい形状であったためか、自動迎撃システムはもっと危険度の高そうな比較的大きなデブリから排除を始めており、迎撃可能な数を上回る数で降り注いだデブリ群全てを撃墜することはギリギリのところで無理だった。
「被害報告!」
船橋は喧騒に包まれた。
船体には更に小型のデブリが衝突した衝撃が連続していた。
■□■
僅か数十秒のうちに合計で万を超える大きなデブリ群に襲われたクイジーナ2。
その大半は後先考えずに全開で噴かしたスラスターやエンジンによる運動回避、元々直撃コースではなない物も多かったこともあって虚空に消えていき、直撃コースを辿った数百のデブリは対空砲火によって無力化していた。
躱せなかった物もその全てが小さすぎて船体に穴を穿つ程の物ではない。
しかし、たった一発、そこそこの質量のデブリの直撃だけは避けられなかった。
とは言え、
しかし、恒星間宇宙船として受けた被害は甚大で、且つ取り返しがつかない程深刻なものであった。
錐のように細長く、鋭利なデブリはクイジーナ2の船体の右舷を上から下へ貫通し、その際に
ついでに二番と四番の対消滅エンジンもデブリが貫通したことでその機能を喪失してしまった。
そればかりか、外周走査を行うための重力波センサーも一二機全てが極小のデブリの直撃で失われていた。
生きているのは僅かに三つの光学センサーと二つのレーダーだけという有様である。
更に、現在座標も不明なままであり、このままでは行先不明の通常航行すらも覚束ない。
「座標ビーコンは捕まらんか?」
船長が航海長へ尋ねるが、返答は予想通りのものであった。
原因も全く不明なために、どうしようもなかった。
「仕方ないな。時間は掛かるだろうが、光学観測を行う。光学センサーの内容をメインスクリーンに出せ」
船長は船の周囲全てを観測してルーグ2の太陽(恐らく一番近い位置で光っている筈である)を元に座標の特定をしようとしていた。
――光学観測されちゃあここがハムノース7だってことが一発でバレちまう。兄貴、残念だがもう駄目だ……。それでも、それでも僅かでも時間を稼げば……。
「了解です。船長、
そう言いながらゆっくりと時間をかけてホロキーボードを投影した
「いや……被害確認も急いだほうが良いか……保安長、総員起こし始めだ。だが、カプセルはロックしておけ。出る前に私から事情説明を行う」
航海長の提案に頷いた船長は船橋要員以外の
命じられた保安長は使用中の全カプセルに対して覚醒信号を送り、一斉に覚醒剤注射コマンドを送信した。
程なくして全員目を覚まし、何があったのか、何が起こったのかを知ることになるだろう。
「航海長、画像まだか?」
一瞬だけ瞑目するように宙を仰いだ航海長は、すぐに「間もなくです」とだけ返答して操作を終えた。
装甲シャッターが降りたままの船橋の窓を利用したメインスクリーンに生き残っていた三機の光学センサーが捉えた映像が投影された。
そこに映っていたのは……。
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