第5話

「ドゥーヴァイン4星系のヘリオポーズ突入まであと一分です」


 ダンが航海長に報告する。ヘリオポーズとは星系の太陽から放射された太陽風が星間物質と混ざり合う境界のことで、本来の意味で星系宙域と言うと、この境界以内の範囲であるヘリオシースを指す。


 航海長はダンにカウントダウンを指示し、自分は全船に対してもうすぐ軽微な揺れがあるかも知れないことをアナウンスした。


「四……三……二……一……今」


 クイジーナ2は全く揺れなかった。

 少なくとも星間物質の濃度が変わり、太陽風を直接受ける宙域に差し掛かったことは確かだが、その程度では巨体を誇るこの船を揺するには足りなかったようだ。


「引き続きドゥーヴァイン4星系の末端衝撃波面まで現在加速度を保ったまま進行します。到達まであと五時間二三分です」


 ダンは続けて報告した。

 末端衝撃波面とは星系の太陽圏ヘリオスフィアとその外側の領域ヘリオシースとの境界であり、この波面を超えると太陽風は星間物質と衝突して一気に減速が始まる。そして太陽圏ヘリオスフィアの直径に数倍する直径を持つ領域ヘリオシースがその減速帯となり、ついには太陽風が周囲の星間物質と混ざり合って大体均一になる。この境界が先に述べたヘリオポーズだ。

 狭義の意味で星系宙域と言うと太陽圏ヘリオスフィアを指す事が多く、一般的にはこの太陽圏ヘリオスフィアを以って星系宙域と呼ばれることが多い。


「……よし、減速スケジュール報告」

「は。……現在速度、〇・四二三光速。五時間一四分後に〇・六八九光速に到達予定。加速を停止して船体を百八十度回頭。減速に備えます。末端衝撃波面到達と同時に再度エンジンに点火、減速を開始します。減速度は毎分〇・〇五二標準重力ずつ増やします」

「……いいだろう」


 出港してから今日までの半月以上に亘って繰り返し行われた跳躍移動ハイパードライブの合間に相当絞られたお陰で慣れたのか、どうやら航海長が満足の行く報告が出来たらしい。

 ダンが一息ついたところで、隣の航法席でセンサーからの情報をチェックしていたミッシュが報告の声を上げる。


「ドゥーヴァイン4星系の末端衝撃波面の内外に幾つかゴミが飛んでますねぇ。こちらとはほぼ反対側に一つ、百二十度左舷前方にもう一つ……太陽圏の中にもこちらに向かって一つと百五十度左舷前方に一つ……全部外側に向かっているようですが、なんだろ?」

「ゴミ? 小惑星か? 速度と質量は?」


 報告を受けた航海長のマシューが聞き返す。


「すごく遅い……〇・〇〇〇三光速くらいです……すぐに質量もチェックします……小さい、いや、軽いです。百キロあるかどうかですね」


 船の航行に問題のあるような軌道ではなかったうえ、センサーの誤差のような速度と質量であったためにミッシュも大して気に留めていなかった。


「人工物か? まずそれを調べろ」


 船長も興味を覚えたようで改めてミッシュに命令を発した。


「……ええと、人工物でした。物凄く微弱な電波が出ています」


 ミッシュの報告を聞いた船長は「人工物? 電波の解析は?」と命じつつ、脳裏にインプット済みの記憶を手繰る。


――ドゥーヴァイン4-3にたねを撃ち込んだのは五〇〇〇年前の筈だ……。当時の文明レベルは六――土器から青銅器に移行し、文字の原型が使用され始めた程度――だと聞いている。種を打ち込んでいる以上は当時のドゥーヴァイン4-3は文明らしい文明なぞ無かったのは確実だろう……。文明レベル六から僅か五〇〇〇年で宇宙に進出するような文明を築いたとでも言うのか……? 馬鹿な、あり得ん! しかし……。


「は、はいっ! 四つとも似たような弱い電波を発しています……でも、本船にではないようです……指向先は……ドゥーヴァイン4-3方面です!」


 人工物から発信されている電波にはある程度の指向性があるらしいが、クイジーナ2の高性能なセンサー群の目には捉えられたようだ。


「今すぐ全センサーをパッシブのみに切り替えろ! 航海長、直ちにシフトを一号に変更!」


 バーグウェル船長は敵国であるヴェルダイ連邦との接触を警戒したこともあるが、人工物から発信されているという電波がドゥーヴァイン4-3の方向に指向されている点が気になった。

 そして、念の為に電測を含む航法全般の実務だけでなく、シフトから未熟な訓練生を追い出し、正規の乗組員に戻すことにしたのである。


 続いて襟元のマイクに向かって「達する。こちら船長。当船は現時刻を持ってシフトを総員に変更する。訓練中の訓練生並びに教官は直ちに居住区に戻り待機せよ」とアナウンスした。


「通信長、当該人工物に指向性通信。所属を確認せよ」

「はっ」


 通信長は早速操作卓コンソールを操作してミッシュがマーキング済みである人工物に指向性通信を送る。


「返答、ありません!」

「繰り返せ! 航海長、電波解析まだか?」

「はっ、今終わりました。これは……通信派のようですね。通信長、内容は判るか?」


 航海長は当該人工物からクイジーナ2に向けて何の重力波や電波も放射されていないことを確認した。航海科の役割はセンサーによる周囲の観測であり、検測結果や傍受出来た通信内容の解析については通信科の役割である。


「……ものすごく内容の密度が薄いですね。しかもオンとオフしかない……これは……二進数か? ちょっと待って下さい……」


 四カ所を漂う人工物体からドゥーヴァイン4-3方向に向けて発信された電波を傍受した内容は、恐らく0と1の羅列であった。

 電気を動力源とする非常に原始的な、文明レベル四七に満たない初期のコンピューターなどで使用されている二進数であろうと思われる。


「……これ、遠隔測定装置テレメータ通信じゃないかと思われます。遠隔測定記録テレメトリ・データを送っているだけのようです」


 通信内容の解析を終えた通信長が船長に報告した。


「確かか?」

「ええ、恐らくは……確定しました。通信方式が原始的過ぎて少し手間取りましたが、通信内容からして四つとも単なる探査機のようですね。多分暗号化もされていないです。ええと……現在速度、周囲温度……こっちは探査機内部の温度かな? あと、定期的に画像データらしきものも送信しているようです。それから、相変わらずこちらへの応答はありません」


 ベテランの通信長が解析した通信内容によると、ゆっくりと漂う四つの人工物体は無害な探査機らしいことが判明した。


「船長。速度曲線や進行方向から逆算すると四つとも四〇年前くらいにドゥーヴァイン4-3から発進したと思われます。途中でどの程度加速したのか判りませんので、正確な発進時期は不明ですが、プラスマイナス二〇年くらいは有り得ます……」


 航海長からも報告があった。


「指向性通信止め。通信内容の解析は継続しろ」


 船長が新たな命令を発した時、船橋の扉が開いた。

 通路からはアナウンスによって呼び出された正規の乗組員が続々と現れ、各自のコンソールに向かう。

 後ろ髪を引かれる思いでダンとミッシュは座席から立ち上がり、ロッシ教官とともに船橋を後にした。


「ファクナー教授せんせいを呼んでくれ。意見が聞きたい」


 船橋の扉が閉まる寸前、船長の声がダンの耳に届いた。




■□■




 船橋に一番近い小会議室で船長と航海長、そして学術調査隊からはファクナー教授ともう一人がテーブルを囲んでいる。


「では、今のドゥーヴァイン4-3の文明レベルは最低でも一八程度になっていると?」


 船長たちから説明を受けるとファクナー教授からは感心したような声が漏れた。


「曲がりなりにも探査機を太陽圏外に送れるだけの科学力ですからな」


 船長も重々しく答える。


「俄には信じ難いですね……ファクナー教授せんせい教授せんせいたねを打ち込んだ時の調査内容はご覧いただいていますよね? 当時の文明レベルは六ですよ? やっとこさ文字を使い始めたかどうかという状況で、社会体制すら碌に出来上がっていない筈です。非常に限定的な村社会か、万が一原始国家でも発生していたのであれば上等な部類の筈です」


 ファクナー教授の隣ではホミール星人の助教授が赤銅色の腕を組んだまま唸る。

 ファシール合星国が今まで発見して来たり、合星国に参加、吸収されて来たいかなる星系でも文明レベル六から十八に達するまでには短い星でも一万年以上の時間が必要とされていた。

 それらの実例から平均的に考えると、現在のドゥーヴァイン4-3の文明レベルは一〇ないし一一くらいがいいところの筈であった。


 因みに、この一一という文明レベルは蒸気機関が出来るかどうかという程度であり、宇宙探査機など夢のまた夢、飛行機すら生まれていない程度である。社会的には絶対王政から民主共和制が誕生する前後くらいであることが多い。なお、文明レベルが二五で一個の惑星のすべてをコントロール出来る程度だ。そして、ファシール合星国やヴェルダイ連邦の文明レベルは六七であるとされている。


「しかしダモラン君。現実に四つも探査機が飛んでいる。それに、二〇〇〇以上もの人工衛星がドゥーヴァイン4-3の周囲を回っていると言うではないか。……これは凄いサンプルだぞ!?」


 勝手に会話を始めたファクナー教授とダモラン助教授を見て船長は溜息を吐く。


「そういうのは後にして下さい。今はたねからのデータ収集のためにどの程度まで接近してもいいかという話です」


 船長を横目に、呆れたように航海長が二人に言った。

 たねとのデータ通信自体は今居るヘリオシース内でも可能と言えば可能だが、打ち込んだ惑星の人類に出来るだけ長い間気付かれないようにするためにかなり出力を低く抑えている。そのために電波が宇宙空間を超える間に多くのノイズを拾ったり、またはデータに欠けが生じてしまうので通信効率は非常に低くなってしまう。


 ここでいう通信効率とはダウンロードするデータ通信に掛かる時間に大きく関わって来る。

 低軌道の衛星軌道あたりまで近付くのが理想的だ。

 それなら五〇〇〇年間で集めたデータのダウンロードはものの数分で終わる。

 尤も、当初予想されていた文明レベル一〇~一一では、拙いながらもそれなりの天体観測が行われている可能性は充分に高いので惑星ドゥーヴァイン4-4と惑星ドゥーヴァイン4-5の間にある小惑星帯に紛れてダウンロードする予定であった。

 それだけ距離が離れてもダウンロードには数時間というところだろう。


「ああ、これは失礼。しかし、これだけの人工衛星を利用している……文明レベルが一八にもなっていれば、この小惑星帯に隠れようとしても太陽圏ヘリオスフィアに入ったら発見される可能性は否めません。もし可能なら少しだけ軌道を変え、このドゥーヴァイン4-5の陰に隠れるように接近した方が良いでしょう。幸いドゥーヴァイン4-5はガス惑星のようですし、物理的にもドゥーヴァイン4星系内の惑星では最大のようですから隠れやすいのでは?」


「しかし、それだとダウンロードにはかなり時間を食ってしまいますな……」


 船長はタブレットを確認しながら渋い顔で答えた。

 物理的な距離が離れたことも勿論だが、発信元であるドゥーヴァイン4-3だけでなく、ガス惑星であるドゥーヴァイン4-5の大気圏を突破しての通信になる。

 タブレットには予想ダウンロード時間は約五七時間との推測値が表示されていた。


 その後、数十分に亘って討議がなされたものの、結局ファクナー教授の案の採用が一番現実的であろうとの判断が下された。


 バーグウェル船長は船橋に戻ると船員のシフトを元に戻し、航路変更の指示を下す。


「おら、航路計算間違えてるぞ」


 元のコンソールに戻ったダンの後頭部に航海長の罵声が飛んだ。




☆★☆




 その日の夜、第三船倉制御室カーゴコントロールルーム

 背の低い男が背の高い男へ現状の報告のような話をしていた。


「……そういう訳であと二日半はここで足止めになっちまった」


 現在クイジーナ2はドゥーヴァイン4-5の陰に隠れるように停泊しており、種からのデータのダウンロードを始めたばかりだ。


「ふーむ。それは興味深い話だな」


 背の高い男は感心したように顎に手を当てて頷いている。


「……ま、兄貴ならそう言うとは思ってたよ。学術調査隊の連中も大喜びでデータを眺めてる」

「そうだろうな。文明レベルが一八ともなれば、理論だけなら基礎的な造星学も興っている可能性が高いし……確かに俺も興味がある」


 造星学とは惑星改造のための研究である。

 基本的には知的生命体が発生する前の惑星を改造の対象とする。

 

 改造の目的はただ一つ。

 植民地である不動産を増やすことだ。

 宇宙には全く同じ環境であると言える星はない。

 同じように見えたとしてもそれぞれの環境は少しずつ異なっている。


 場合によっては合星国に所属するある星系の民には良い環境でも、他の星系の民にとっては辛い環境であることも珍しくない。

 発見した可住化改造が可能な惑星は、植民予定の星系人の特色に合わせて改造を行う必要がある。

 そのために大気の組成や動植物相の改造を行う装置がたねだ。

 単なるデータ収集だけがたねの仕事ではない。


 惑星の地表に打ち込まれたたねは大気循環システムやナノマシンを駆使して、惑星の環境を改造することを本来の目的として開発された。

 惑星の改造に要する時間は通常二〇〇〇~三〇〇〇年程度であるが、その過程で元々その惑星の地表上に発生していた生命体は死滅することもあれば改造の対象となって植民する者達の役に立つように急速な進化を遂げる事もある。


 要するにたねには、材料となる惑星さえあれば収集したデータを元にそのデータのコピー的な星を作る能力があると言っても過言ではない。

 尤も、普通はデータが揃っている(植民が予定されている星系の主星データを流用すればいいだけだ)ため、収集と惑星改造を同時、若しくは連続で行うことはない。


 なお、当然の事だが合星国でも連邦でも一般的な見解では知的生命体――道具として火を操り、原始的でも言語が発生している、文明レベル二がの堺だと言われている――が発生済みの惑星の所有権はその生命体に帰属するとされていた。


 そのため、発見時には既に文明レベルが六に達していたドゥーヴァイン4-3については惑星改造の対象とはならず、文化のデータ収集のみが行われている。その一方で、文明についてはあまりにも低いレベルなので得るものは何もないとされていた。


「兄貴も生データ見るか? 今のところここに居てもやる事なんか無いだろうし、暇だろ?」

「データフィルタも無いまま生データ見ても仕方ないだろう? ……あ、そうか。奴らが乗り組んでいるなら……」

「ああ、メインコンピュターにはデータフィルタのアプリケーションが入ってる。俺のアカウントを使えばいいさ。俺の資格ならアクセスログだって操作可能だからな」

「うむ。暇つぶしには丁度いい。頼む」

「へっ、そう言うと思って、もう設定してある。見るだけならそいつでいつでも見られるさ」


 背の低い男は背の高い男が持つタブレットを指差した。


「すまんな」

「いいって。兄貴は新しいことに挑戦しようとしただけなんだろ? 兄貴の正しさが証明出来るなら何だって協力するさ」

「……ありがとう」

「よせよ、水臭い。異端だと言って学会を追放した奴らに目に物見せてやってくれ」


 そう言うと背の低い男はそっとガスガンのトリガーを引いて、背中の方から扉へと漂い出す。

 すぐに両手を振って扉に正面を向けたが、何かを思い出したように再度くるりと振り返った。


「あ、そうだ。毎日二三時前後なら少し出歩いても大丈夫だと思うぜ。シフト交代の後だし、大半の連中は飯を食うのに夢中になってるからな。こっちの方には普通の船員はまず来ない。軍人の卵共もセンサーのチェックは昼にやらせるようにしてるからそう簡単に姿を見られることはないと思う。たまには外を眺めた方がいい。その服を着てりゃ遠目には船員にしか見えないしな」

「ああ、何回かやった。無重量状態にももう慣れたよ」

「そうか。じゃあな。出発は明々後日の夜中になると思う。確定したらまた来るよ」


 もう一度慣れた動作で向きを変えると、今度こそ扉を開けて通路へと消えた。

 背の高い男は弟を見送ると一つだけ小さく溜息を吐き、タブレットを持ち上げると何やら操作を始めた。


 暫く操作を行い送られてきたデータに目を通し始める。


「……ドゥーヴァイン4-3ね……僅か五〇〇〇年でここまで急速に発展するとは実に興味深い。サンプルをこのデータに変更しても良いかも知れんな……。まぁ、何にしてもデータを確認してからだ」


 何日も一人で過ごしているうちに独り言の癖が付いてしまったようだ。




■□■




 シフト交代の直後、船員食堂に食事に向かったダンは隅のテーブルに座るカミラを見つけた。


「やぁカミラ。暫くだね。ここ、いいかい?」

「あら……どうぞ」


 ダンとカミラはドゥーヴァイン4星系に到着するまでの間に、食事もダンのシフトの直後に一緒に摂るようになる程度には打ち解けていた。

 しかし、ドゥーヴァイン4-3に打ち込み済みのたねからのダウンロードが始まると、カミラはデータの検証や興味のある部分の解析にかかりっきりとなって食事も碌に取らない有様であった。


 ダンが見たところカミラの顔色は悪く、非常に疲れたような顔つきをしていた。

 しかし、休息するつもりは無いようで、食事を摂りながらもトレーの脇に置いたタブレット端末を操作し、ダンには訳の解らないデータに目を通し続けている。


「忙しそうだね」

「ええ……」


 カミラの返事は殆ど上の空、という感じだ。

 ダンは肩を竦めるとスープの入ったカップに口をつけた。


「面白い?」


 今回のメニューの主食であるゴイズ星系主星産の植物の実を加工して焼いたパンのようなものに手を伸ばしながら、つまらなそうな顔でダンは尋ねた。

 二十歳という年齢の若者にしてみれば折角知り合えてそこそこに親しくなった異性には、もう少しこちらを意識して欲しいという、自然な欲求の現れである。


「え? うん。すごく興味深いわ……これを見て」


 カミラが見せてくれたタブレットにはよく分からない曲線を描くグラフや、説明書きのようなものが所狭しと映っている。


「直近の一〇〇年強で文明レベルが五つも上がっているわ」

「へぇ、それって凄いの?」

「凄いわよ! それはもう、もの凄いとしか言えない。確かにこの辺りの文明レベルならそれまでと比べて爆発的な上昇をすることが多いけど、それにしても短期間過ぎる。文化についても洗練の度合いが高まっているし……こんな星、初めて発見されたんじゃないかな?」

「ふぅん……」


 次から次へとカミラはドゥーヴァイン4-3からダンロードしたデータを見せてくれるが、ダンにはどれもこれもがチンプンカンプンでよく解らないものばかりだった。


「ほら、この一番大きな大陸の端っこの島国なんてすごく面白いわよ。内実は結構変わってるけど、表向きは二〇〇〇年近くもの間、たった一つの家系が統治していることになってる」

「戦争に負けたことなかったのか? 普通なら……」

「そうよね。実際には何度か負けてるみたいだけど、対外的な大きな戦争に負けたのはちょっと前に一度だけね。……四〇〇年ちょっと前に大陸の半島に攻め込んで負けたりとか、一五〇年くらい前に自治領の一つが当時の大国と紛争したりとかした経験はあるみたいだけど、本格的に占領されて無理やり征服された経験は無いみたい」

「それならそういう事もあるんじゃないか?」

「そう。単にそこだけを見ればね。でも、不思議なのは大体一〇〇〇年くらい前から四〇〇年くらい前まで断続的に内戦が続いていたの。勿論、その最中には表向きの統治者である家系以外が内戦を制したというような状況もあるわ」

「へぇ。でもそれなら……」

「そうよね、そこで絶たれていてもおかしくはない。むしろそれが普通よね。実際、この島国以外の国では全部新勢力が発生したらそれに取って代わられてるの。この国独特の文化があったんでしょうねぇ」


 どこか遠い時空の彼方を見つめるような目つきをして語るカミラにダンは呆れた。


「それはそうとして造星学って、そんな事まで考えなきゃいけないの? 地質だとか、大気の組成だとか、何と言うか、そういう星自身の方なんだとばかり思ってたよ」

「ん~、それについてはその通りよ。星の地殻から地表までの地質の分析や鉱物の分布、発生過程を調べることも大事。勿論、大気組成も無視なんか出来る訳が無いわ」

「それにしちゃ原住民の歴史的な所に興味を持つんだな。面白いと言ってもドゥーヴァイン4-3の原住民がどういう暮らしをして来たかなんてどうでもいいじゃないか。原住民が居る以上、あの星を改造することは無いんだろ?」


 ダンの言葉を聞いてカミラは困ったような笑いを浮かべた。

 造星学についてよく知らない人が持つ典型的な疑問で、きちんと納得させる答えが存在しないからだ。


「表面だけを見ればそうなるわね。単に惑星を改造するだけなら確かに今貴方が言ったように惑星組成の物理的な面だけを考えれば事足りるわ。でも、改造した星には必ず移民が行われる。合星国に所属する一三六の星系のどれかからね。改造した結果、移民元の惑星と殆どそっくりな環境になっているとは言え、地形も異なるし動植物だって完全に同じじゃない。むしろ飼育や栽培に都合が良い用に変えるのが普通よ」

「そりゃそうだ」

「そういう改造パラメータの参考になるのはやっぱり自然に発生した動植物なの。勿論、ドゥーヴァイン4-3でも既に動植物の品種改良は行われているわ。だけど、人為的な改良と言うにはおこがましいほど低レベルだから自然発生したと言っても過言ではないの。たねが集めたデータでもそういう独自の生物の遺伝子やゲノム情報が全体の半分位を占めているしね」

「なるほど」

「自然に発生して進化したにせよ、それに多少原住民が手を加えて進化を促進したにせよ、その星の環境に適応しているのは確かだしね。サンプルは多い方が有効でしょ?」

「ああ」

「その、環境に適応した動植物を原住民たちがどのように利用しているのか、何のために進化の促進をしたのか、そういう事を理解するのはとても大切なことだわ。そして、その為には原住民たちの文化を知ることも重要な意味を持つと思うの。……これは私の個人的な考えだから一般論とは言えないとは思うけど。これで答えになったかな?」


 ダンは深く頷いた。


――研究者ってのはもっと小難しい事をこねくり回して自己満足に浸ってるもんだと思ってた……。でも、実際には誰かの役に立つように、って考えが根底に流れているだけなんだな。


 遅まきながらも当たり前の事に気がついて、ダンは自分がいかに目の前の事しか見えていない子供であったかと反省しきりであった。


「教えてくれありがとう。俺には難しいところもあったけど……何と言うか、少しカミラの考えや気持ちが知れたようで嬉しかった」


 素直に感謝の意を表したダンを見てカミラは僅かに微笑んだ。


「私も話せてよかった。本当はね、ちょっと怖かったの」

「怖かった?」

「うん。大学でも知らない人とか、マスコミとかから造星学についてインタビュー受けることがあるんだけど……あ、その、私、変なところで有名になってるから」

「ああ、飛び級か」

「……うん。自慢する訳じゃないけど学会とかだと質問攻めになることが多いの。今の話もしたことがあるんだけど……私の考えはともかくとして、気持ちについて認めてくれた人はいなかったわ」


 そこまで話すとカミラは少し暗い表情をして俯いた。


「あなたみたいな事を言ってくれた人はいなかった。大抵の人は妙な顔をしたり、それが一体なんの役に立つんだって言ったり……有り体に言って、優秀だと思っていた私が意味のない、子供みたいなことを言うから、やっぱり歳相応の子供なんだと馬鹿にしているように見えたの。こう言ってはなんだけど、私も自分の論文なんかには自信があるから……自分のことをそこそこ優秀だと思ってるし。私より能力が劣っている人にそんな風に思われていても気にしないんだけど……気にしないようにしているんだけどね」


 ぼそぼそと小さな声で話し出す。

 ダンは何か言ってやりたくなって思わず口を開く。


「多分、そういう事を言う君を見て安心したかったんだと思う。飛び級で大学院にまで入っている子でも無駄な事を考えてるんだってさ」


 ダンの言葉を耳にするとカミラはすぐに顔を上げ、ダンを正面から見つめた。


「そうなのかな……?」

「多分ね」


 そう言ってニコリと微笑むダンを見て、カミラの顔にもようやくはっきりとした笑みが浮かんだ。

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