第3話

 あまりにもあんまりなカミラの言葉を聞いて、ダンはムッとしたような顔をしてしまう。


「エリスナーさん。あんた、もう少しで死ぬところだったぞ!」


 年若いダンにはまだ相手の心情を斟酌する度量が備わっていないのは無理も無い。

 つい、売り言葉に買い言葉の如く声を荒げ、ついでに内容も盛ってしまった。

 尤も今回に限っては救助を行ったダンに分がある。


「ちょ、ちょっと大声出さないで」


 顔を赤くして怒鳴るダンに、根が勝ち気な性格のカミラも言い返してしまう。

 彼の顔には見覚えがある。

 確かダン・グレイウッドと言ったか。

 彼女が嫌う軍人だ。

 軍人は人殺しを生業とする。

 いや、まだ訓練生だと言っていたか。


「あ? ああ、ごめん」


 ダンは自分が悪いと思ったらわりと素直に謝る質であった。


「本当、軍人ってガサツなのね」


 カミラは恥ずかしい所を見られたという意識と、嫌っている軍人に助けて貰ったという気持ちがないまぜになり、意識せずともそれらを隠そうとつい刺々しい声になってしまった。

 ついでに言うと、もしスカートを穿いていたりした日には、恥ずかしさのあまり憤死するか、こいつを殺して自分も死なねばならないと考える可能性すらあった。

 カミラの出身星の文化では未婚の女性が婚約者でもない異性に下着を晒すなど、あまりにも破廉恥な事であるとされている。自らそういう事をした場合には法で裁かれる対象にすらなる。


 それとは別にカミラが軍人を嫌うのには訳がある。

 彼女の生家は合星国軍のシャトル打ち上げ場として半強制的に買い上げられてしまっていた。

 また、出身であるサークロイス星系は合星国創立星系の一つでもある。星系自体が合星国の主星から僅か五光年という近傍であるため、地理的には合星国の領土奥深くに位置し、その御蔭でヴェルダイ連邦の攻撃に曝された経験もない。

 従って、当然の如く星系内の惑星が占領された経験などもある筈がない。


 合星国の中ではかなり豊かな星系であり、その経済規模に比例して多くの金銭と資源の双方を合星国に吸われているとも言える。それに不満を感じる市民も多く、世論は停戦・終戦派が圧倒的に多数であり、議員の椅子もハト派が大半を占めている。

 軍隊に入る人はまともな職を得ることの出来ない社会の下層民が中心で、貧乏で学がないため軍人になる程度しか出来ないと考えられている。また、軍隊の存在自体がある意味でそういう人々のための救済機関であることに加え、大量の予算を食う金食い虫だとも思われていた。


 そんな社会の上流にほど近い家庭で育ったカミラであるから、当然のように戦争を身近なものとして捉えることは難しいし、軍人を嫌うのもある意味で自然であると言えよう。

 何しろサークロイス星系では軍人やその家族以外の大多数が軍隊の存在価値を疑っているのだから。


「チッ。感謝しろとは言わないが、文句を言う前に一言くらい何かあってもいいんじゃないか?」


 ダンにしてみれば助けた相手から一言の礼すらなく、予想外の罵られ方をされた訳であるので流石に黙ってはいられなかった。


「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 僅かに硬い声で礼を言うカミラ。

 確かに嫌いな職業の相手だからといって一言の礼も述べないというのも余りに常識外れだと深く反省しながら。


――ああ、また……。


 カミラはいつもこれで失敗するのだ。

 生来の勝ち気で負けず嫌いな性格に加え、幼少期から余人の追随を許さないほど優秀な学力を誇っていることが高慢な振る舞いを助長させていた。

 これについては本人も理解しており、改めるべく努力はしているつもりなのだが……。

 普段はそこそこ上手く取り繕えていても、今回のように慌てていたり恥ずかしいところを見られたりしてしまうと、つい地が出てきてしまうのが数少ない悩みの種であった。


「どういたしまして」


 ダンは苦笑を浮かべながら礼を受けた。


「それはそうと、いつまで手を回してるのよ?」

「あ。ごめん」


 指摘されて初めて、今までずっと彼女の体をしっかりと抱き寄せたままだと気が付いたダンは詫びの言葉を口にしながら慌てて手を離す。

 しかし、否応なしに顔が紅潮してしまったのを自覚した。

 とにかく話題を転換して誤魔化さなくては。


「大体、何故バイタルスーツを着てないんだ!?」


 赤くなったダンにそう言われたことでカミラは更にダンを意識してしまう。


「それは……」

――あ……ぶ、ブラに引っ掛けて破いちゃったなんてとても言えない……。


 カミラも保安科の女性教官から「数分程度なら問題ありませんが、長時間重力エリアから出る際にはバイタルスーツは必ず着用して下さい」と言われていた。

 バイタルスーツは何も身に付けていない状態で着用しなければならないのだが、年頃のカミラには全身の素肌の上に直接、というのがどうにも抵抗を感じてしまい、つい下着を身に付けたままで着用してしまったのだ。

 そして、着用後に下着のズレを直そうといじっているうちに破いてしまっていた。


 元々それほど丈夫な物でもないが、上に着る服と擦れた程度で破損することはない。

 が、負傷時などを考慮されて手で簡単に破ける程度には柔らかい素材が採用されている。

 一箇所でも破れるとそこから簡単に破けてしまう。

 フィルム部分はよく破けるので船内には専用の製造設備もある。


 破いても替わりは作れると聞いていたが、数分程度なら問題ないと言われていた事もあってバイタルスーツは着用しないまま舷窓のあるこのエリアに転送機を使ってやって来たのだ。


「それに、磁力靴も履いてないし」

「だって………………」

「え?」

「……ぃ…………ょ」

「え?」

「……履いてたら飛べないでしょ」

「ぷっ」


 思わず噴き出してしまったが、訳を聞いてダンも納得がいった。

 先ほどの様子から見ても判る通り、この子は宇宙を知らない素人なのだ。

 折角来た宇宙。無重力状態を楽しんでみたいというのは些か子供じみてはいるが、歳相応の若い好奇心の健全な発露の結果とも言える。

 尤も、無重力状態を経験したことのない人にとっては、子供だろうが大人だろうが、機会があるのなら是非経験してみたいと思うのは普通だろう。


 少しだけ優しい気持ちになったダンは微笑んだ。

 カミラは赤い顔のまま舷側の窓から外を見ている。

 隣の桟橋に係留されている船が見える。

 巡航艦だろう。


「エリスナーさん、あんた、宇宙は初めてなんだな」

「なっ!? は、初めてな訳ないじゃない! 宇宙船くらい大学に入る時も乗って来たし、ここに来る時だって乗って来たんだし!」


 ダンに馬鹿にされたと勘違いしたカミラはキッと振り向いて言った。


「ああ、ごめん。そういう意味じゃない。無重量状態の経験が初めてなんだろうなって思ってね。客船だと、跳躍移動ハイパードライブ中は殆ど冷凍睡眠だろうし、通常空間だって人工重力に置かれていたろうなってこと。……そんなに恥ずかしがるような事じゃないと思うよ。誰だって初めての時はそんなもんだ。俺もそうだったし」

「え? うん。そう、そうよね。誰だって初めてはあるものね! ね?」

「……ああ」

――それでもあの仕草と慌てようは恥ずかしいけど……敢えて年下の女の子のプライドを傷付けるような事を言うのもなぁ。


 ダンは僅かに呆れたような声で返事をしながら話題を変えようとする。

 絶対に言っておかねばならないことだ。


「それはそうと、無重量エリアに来るならバイタルスーツを着なきゃだめだ。確かに一〇分やそこらではすぐにどうこうなるような事はないけど、五分程度でも顔がむくみ始めるよ」

「うん」


 カミラは少ししょんぼりとした様子で力なく返事をした。


「脅すつもりはないけれど、過去に似たような事故を起こして発見されないまま何時間も放置されて死んじゃった人もいるからね」

「まさか、体液が上半身に行っちゃうのは聞いてたけど、そのくらいで……」

「いや、そっちじゃない。勿論その程度で死にやしないさ。宇宙酔いを起こして吐瀉物を詰まらせての窒息死だよ。バイタルスーツは宇宙酔いも防いでくれるからね。それだけじゃない。万が一の際に管理者に自分の居場所を知らせてもくれるから」

「ああ、そういうこと」


 この説明にはカミラも納得し、深く頷いた。


「うん、だからバイタルは必ず着てなきゃダメだ。多少破れてたり、穴が空いてても大丈夫だけど……コントロールユニットのバッテリー残量にも注意が必要だよ。それはともかく、無重量遊泳にはコツが必要だから、慣れないうちは必ず誰かと一緒に来るようにね。ちょっと練習すれば誰でもすぐに慣れると思うからさ」


 一介の術科学校の生徒風情が偉そうに、とダンも思わんでもないが、場合によっては命にかかわる事だけに、ダンとしては言わずにはおれなかった。

 自分が悪いことについて理解しているカミラも口を挟むことなく素直にダンの説教に耳を傾けている。

――破れてても大丈夫だったんだ。

 と思いながら。


「一度戻ってバイタルを着たほうがいいよ。あと、さっきみたいにその場で回転を続けちゃうのは無重量状態に怖気づいてゆっくりと床を蹴ったから。もう少し強く蹴っていればどこかの壁にに当ってた筈」


 確かにダンの言う通り、転送機から現れた直後、カミラは突然に体の重量を感じなくなった。そして、壁への衝突を恐れるあまり、ほんの僅かな力だけを爪先に込めてそうっと床面を蹴ったのだ。

 宙に浮き、興奮したのも束の間、すぐに思うような移動が出来ない事に気がついた。

 手足をめちゃくちゃに振ってしまった質量移動により体の向きだけは変えることが出来たが、埃が舞うような速度ですら比較にならないほど遅い移動にしかなっていなかった。

 思い余ってガスガンのトリガーを引いたものの体の重心点とは全く異なる方向、それも運の悪いことに体から離して全然違う方向に発射してしまったため、滅茶苦茶な回転を助長する結果となってしまった。


 元々相当に勉強の得意なカミラであるので、ダンの言うことはすぐに理解出来た。


「……要するに力の加減や体重の中心点の見極めを……」

「もう解ったわよ」


 照れくさそうに言うカミラの言葉を聞いて、ダンも口を噤んだ。


――本当かよ。頭で理解するのなんか、この程度、誰だって出来る。でも体の動かし方は慣れないとなかなか……まぁいいか。そこまで俺が心配することじゃない……。


 僅かに湿っぽい目つきでカミラを見やるダン。


「なによ、その目は。でも、いいわ。助けてくれたし、許してあげる。それにこの程度、明日には出来るようになってるから」

「は?」

――そりゃ確かにあんまりいい目つきじゃなかったことは認めるけど、許してあげるって、一体どんだけ上からだよ。


 カミラの偉そうな言い草に対して、流石にダンも目を剥いて絶句してしまう。

 対して、カミラはカミラでまた自己嫌悪に陥ってしまった。


――ああ、もうっ! 幾ら兵隊相手だとしても今の言い方はないわ! 早く謝らなきゃ!


 カミラが謝罪の言葉を口にしようとした時、急にダンがカミラの手を掴み、引っ張った。


「ちょっ、何?」

「誰かが来る」


 簡単に体勢が崩れ、軽く床を蹴ったダンと一緒にカミラは舷側に設えてある舷窓の方へと移動した。

 それと同時にプップッ、プップッという特徴的な低い警告音が鳴り始めている。

 転送機の注意ランプが光っていることにいち早く気づいたダンが、使用者が現れる邪魔にならないよう、出現範囲から彼女を遠ざけただけの事だった。

 カミラが床の色違いの部分(出現範囲より少し広く塗られている)から出ると警告音は止み、先ほどカミラが出現した時のように、転送機の前に小さな粉末のような光がぱっと現れてすぐに人型をした光の塊になった。

 そして、現れたのは……。


「ん? もうナンパしてやがるのかぁ? 近頃の軍人の質が低下してるってのはこりゃ本当か? あぁ?」


 航海長の職にあるマシュー・ラングーンであった。

 背が低いため、ぎょろりとした大きな目でダンを下から睨みつけている格好だ。

 反射的に敬礼をするダンから視線を外したマシューは、今度はカミラを睨みつける。


「お嬢ちゃん、あんたも見かけによらねぇな。こんな見てくれだけの半人前に引っかかるようじゃあな。ふん、飛び級でウィングール大に入ってるって聞いたから……所詮はお勉強が出来るだけのお粗末な頭なのか? 出航前の忙しい時に乳繰り合ってるとはな」


 憎々しげに言うマシューにカミラはカッと頭に血が昇った。


「なっ!? 理由も聞かずにいきなり何を!? 失礼な。下衆の勘ぐりというものです!」


 叫んでいる途中で床から浮かび上がりそうになったので横に立つダンの腕を掴みながら余計に真っ赤になるカミラ。


「理由? んなもんどうでもいいんだよ。このクイジーナ2での実務は航海長の俺が大部分を取り仕切ってるんだ。俺が黒と言えば白も黒くなるんだ! 口答えすんな、ガキ!」


 顔の右半分を歪ませつつマシューは吐き捨てるように言うと「おい小僧、明日はもっと忙しいんだ。下らない事に精力使ってないでさっさと寝ろ! いいか? お前は俺に目を付けられたぞ!」と捨て台詞を吐いて、一緒に持って来ていた箱状の荷物を抱えながらガスガンを噴射して通路の奥へと消えていった。


「何あの人!」

「何って航海長だろ?」


 憤慨して言うカミラとは対照的に平然としてダンは答えた。


「航海長ってそんなに偉いの!?」

「偉いか偉くないかで言ったら偉いよ。船の副長かその次くらいにはね」


 肩を竦めながらダンが言う。


「だからってあの言い草は酷すぎない?」

「酷いね。でも、軍隊じゃあれが普通だし、航海長も元々軍人らしいからあんなもんだ。だけど、俺だけならともかく、君にまであんなふうに言うとは思わなかったよ」


 そう言いながらダンは、

――航海長は何か焦っているみたいだった。急ぎの仕事でイライラしていたのか……そんな時に俺みたいな半人前が女の子と体を寄せあってりゃ怒られるのも仕方ないな。

 と思っていた。

 さっき現れたのが虫の居所が悪い教官だったらあんな物では済まなかったろうし、殴られたり蹴られたりされなかっただけダンにとっては幸運以外の何物でないと感じられていたのである。

 術科学校では大分マシになっていたが、兵学校では何かにつけて殴られていたためにすっかり感覚が麻痺しているだけのことだ。


 二人はすぐに目の前の転送機を使って食堂脇に転移した。

 どちらともなく見つめ合う。


――勿論、もう少し時間があれば……私は優秀だし、自力でなんとか出来たはず。でも……でも、あの時すぐに来てくれて助けてくれたのは確かに……。


 カミラはダンに謝りたかった。

 先程は気にしていない風を装っていたが、あんなに酷い言われ方をされたのだからダンが気落ちしていると思ったのだ。

 彼女から見て(貧乏なせいで学がないために軍人になるしかなかった)かわいそうな訓練生。

 慌てていたために恥ずかしいところを見られてしまった。

 それに、ちゃんと礼を言いたかった。

 あんなふうに意地を張ったような口調をすることなく。


――ごめんなさい。私のせいであなたまで怒られてしまって。それと、助けてくれてありがとう。


 そんなカミラを気にかける様子もなくダンはバイタルスーツの手首にある時計を確認して「じゃあ、俺は行くから。次からバイタルは忘れないようにね」と言って船橋へ向かおうとしている。


――え? ちょ、ちょっと待って!

「あ、あのっ」


「ん?」


――謝らなきゃ。それに……。

「その……」


「どうしたの?」


 船橋に行きかけたダンがカミラの前に戻ってきた。

 そこに、夜食を終えたところらしい数人の乗組員が彼らの側を通り過ぎる。

 感謝の言葉を言うにしても他の人にそれを見咎められたりしたらダンが叱責を受けたことが知られてしまうかも知れない。

 それはカミラの本意ではない。

 誰も二人の会話になどいちいち興味を持つ筈もないし、誰かが聞き耳を立てているなどという事もないのはカミラとて理解はしている。

 しかし、カミラはどうしても人目が気になってしまっていた。


――謝るのが無理なら……。

「アドレス教えて」


「俺のアドレスなら船内ネットの乗組員の術科学校グループにあるよ。じゃ!」


 それだけ言うとダンはすぐに背を向けて通路を走り出してしまった。


「あ……」


 ありがとう。

 そう言う前にダンの背中は小さくなり角を曲がって消えた。


「……ありがと。ごめんね。すぐに言えないのは私の悪いところだなぁ」


 一つ溜息を吐いたカミラは早速タブレットで船内ネットにアクセスしてみた。

 乗組員のボタンをタップ。

 臨時所属の中にウィングール大学学術調査隊と並んで術科学校を発見。

 その中で、取り敢えず一番上に表示されているゲムリード航海術科学校を開く。

 ……あった。

 ダン・グレイウッド。男性。伍長。本船では二等航海士相当。

 ゲムリード航海術科学校所属。カミラより一つ年上の二〇歳。

 軍籍番号は895-22543179-640589-7317-2553。

 その横にはモニタリングされているダンの健康状態と船内における現在位置、緊急呼出ボタンが並んでいるだけで他には一切の閲覧可能な情報はなかった。


 因みにアドレスには二つの意味がある。


 一つは軍人には常識の軍籍番号だ。

 これを知っていれば軍用またはローカルなネットワークを介して会話を含むすべての通信が可能である。

 当然、通信内容は全て記録される。

 特別なものを除いて部隊内の上位者であれば下位者の通信内容は簡単な操作のみで一言も余さずに全てが閲覧可能だ。

 その分、外部に対するセキュリティは非常に強固ではある。


 そして軍人以外、一般人に常識なのはコモンネットワーク上の個人的な住所である。

 コモンネットワークに接続可能な環境下であれば、軍用ネットワーク同様に会話やメールなど直接のやりとりを可能にしてくれる。

 こちらも通信内容は記録されるが、閲覧可能なのは通信キャリアに対して法的根拠を示した司法機関に限られる。

 軍用のネットワークとはセキュリティは当然として暗号化方式も異なっている。


 勿論、カミラが訊いたのは軍籍番号ではなく、コモンネットのアドレスである。

 しかし、ダンが言った場所にはコモンネットのアドレスは何一つ記載されていない。


 緊急呼出ボタンを押してコールしてしまったら何か大事になりそうな予感がした。


 少し怖かったので自分の船室に戻るとカミラは簡単に軍用ネットの仕様を調べてみた。

 そしてすぐに理解した。


――軍用ネットへのアクセスは可能でも、これじゃあ記録が残っちゃうし、おまけにこの船の船員は全員軍属扱いみたいだし、それなら通信内容だって見放題じゃない!


 クイジーナ2の船内の通信に限っては軍時代の仕様がそのまま残されており、コモンネットから接続しても記録は船内ネットワークのサーバー上に全て残るし、上級の船員はその気になれば簡単に内容を閲覧出来るようになっていた。




☆★☆




 ここは拡張燃料庫から主燃料庫への流量交換室の更に奥にある、今は使われていない第三船倉制御室カーゴコントロールルームだ。


「とりあえずこれで三日分くらいだ。次は明後日の当直ワッチの合間くらいになると思う」

「うむ、食料か。これはそのまま食べられるのか?」


 制御室に入ってきた背の低い男が元々部屋にいた背の高い男に箱を渡していた。


「勿論、一食分ずつパックになっている。あと、排泄パックもそれなりの量が入ってるから。必要だろ? ゴミは箱に戻して部屋の隅にでもまとめておいてくれ」

「ああ」

「それから、このエリアの重力だけど朝四時から六時間は確実に入れられると思う。明日は出港だから無理なんで、明後日からになっちまうけど」

「そうか。わかった。毎日重力が入るだけでありがたい。寝る時は重力があった方がいいからな」


 背の高い男は感情の篭った声で礼を述べた。


「いいさ。その時間の当直だけは外れないようにするから。その間はここには誰も近づけないようにする。あと、バイタルのバッテリーは明日の夕方持って来るよ。今のでも大丈夫だろうけどこまめに替えておこう」

「うむ。その辺りは俺は疎い。お前が頼りだよ」

「あと、乗組員のスケジュールに変更はないけど、少し厄介な事が起きた」

「厄介な事?」


 厄介事と聞いて背の高い男は僅かに眉を顰めた。


「ああ、軍の生徒が練習航海で乗り込んできた。基本的に個人行動はさせないつもりだけど、ガキだからな。規則に従わずに勝手な行動をする奴も居るかも知れないから見られないように注意してくれ。俺の目の届かない部署もあるし……」

「わかった」


 理由を聞いた背の高い男は、取り越し苦労だったかと安心したようだ。

 彼が恐れていたのは警察などの、各種犯罪を取り締まる司法機関であった。


「それから、学術調査隊の便乗も急に捩じ込まれた」

「学術調査隊だと?」


 背の高い男は興味を覚えたのだろう。

 身を乗り出すようにして続きを促す。


たねからのデータ収集なんかを実地で見たいそうだ」

「ふむ。と言うことは造星関係か?」

「ああ。兄貴のいたウィングール大の造星科だって……」


 どうやら二人は兄弟のようだ。

 会話内容から部屋にいた背の高い方が兄で、部屋に入ってきた背の低い方が弟らしい。


「まさか、ファクナー! あいつか!?」

「ああ……そうだ。タルボ・ファクナー教授だ。知ってるのか?」


 弟がタブレットで名簿を確認しながら言った。


「知らいでか! あいつ、あいつのせいで俺は……異端だと糾弾され……」

「おい、兄貴! そう興奮しないでくれ。あいつらにはたねを触らせたりしないからさ。俺には難しいことは解らないけど、兄貴はきっと正しいって思ってるから」

「糞! ファクナーめ……!」




■□■




 翌朝、クイジーナ2は全てのチェックを終え、予定通り午前九時に出港した。

 これから丸二日は通常空間を航行し、ラ・ムール星系の外を目指す。

 そして周囲の安全を確認。

 しかるのちに対消滅エンジンに点火して跳躍移動ハイパードライブに入る。

 一度の跳躍移動ハイパードライブで移動可能な距離はおよそ二〇〇〇光年にも及ぶ。

 最初の目的地はファシール合星国とは別の渦状腕にあり、約三万光年離れているドゥーヴァイン4と名付けられた星系である。

 その星系の第三惑星、ドゥーヴァイン4-3に対して五〇〇〇年ほど前に打ち込んだたねからのデータ収集がその目的であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る