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晴れきった青空のもと、一紗と夢華のふたりは、通学路に面した山にある、あの墓地にいた。
「あれから、もう二週間が経つのね。」
『Anakasico』を停止させた後、警察が街になだれ込んできた。
避難できなかった人たちを助けるためだと思っていたが、その中のある一小隊が学校にやってきて、鐘ヶ江たちを片っ端から拘束していった。
その場にいたふたりも事情を聴取された。その時に聞いた話によると、その小隊は極悪犯罪人を追う極秘部隊だったらしい。
実は、鐘ヶ江はかなり前からその部隊に目をつけられており、事が起きたらすぐに捕えるつもりだったとのこと。しかし、予期せぬ爆撃から一般市民を保護することを優先したため、突入が遅れたとのこと。
部隊のお偉いさんから礼を言われたが、特に感慨深いこともなかった。
ただ、終わったんだなという実感だけが、ふたりを包み込んでいた。
そのため、解放される直前に、事件に関わる一切のことを世間に公表するなと命じられたことに、とくに反抗することもなく、素直に書面にサインをした。
ちなみに、この緘口令の理由は、終わったことで不安を煽らないようにするためだとか。
おそらく、それ以上の理由もありそうなものだが、興味もわかず、特に追求することは無かった。
そして二週間が経ち、ふたりはこの墓地にやってきた。目的は、奏の墓参り。
「辻家之墓」と掘られた墓石の前に来て、ふたりは手を合わせる。
「家族の墓、か。やっぱりこういうのがあるといいわね。」
「夢華にはないのか?」
「みんな一度に死んじゃって、遺体も残らなかったらしいから、誰も作らなかったの。管理してくれる人もいなかったからね。」
「そっか…。」
花の水を替え、お供え物を置く。今日のお供えは、奏がかつて好きだったお菓子。
「このお墓には、誰が?」
「俺が知っている人に限定するなら、奏と……両親。」
「ご両親?」
「そうだ。」
慣れた手つきで、お線香に火をつける。
そして、ぽつりぽつりと、一紗が語り出す。
「あいつが言っていた、俺とあいつが似ている点って、そういうことなんだろうな。」
「どういうこと?」
「俺は、両親を強盗に殺された。」
「え?」
「奏がまだ小さかった頃の話だ。ある夜、本当にいきなり前触れもなく家に強盗がやってきて、抵抗しようとした父さんに逆上して、暴れまわったんだ。」
――――大人しくしろ! 逆らおうとするな!!
あの声が聞こえた気がして、身震いがする。
「大丈夫?」
「……ああ、大丈夫。それで、父さんが殺され、母さんも殺された。俺の目の前で。俺は怖くてその場から動けなくなっていた。だけど、母さんは最後の力を振り絞って、俺に逃げるように言った。奏を連れて逃げろって。」
――――逃げるのよ、一紗。奏を連れて。
――――お兄ちゃん? どこにいくの?
「不思議なもので、その言葉で俺は動けるようになっていた。そのまま奏の手を引っ張って、無我夢中で逃げ回ったさ。おかげで、俺と奏は生き延びた。」
「そう、だったのね。」
「ああ。でもな…。」
話すことによって、朱色の記憶が蘇る。それは、きっと実体験通りの記憶ではない。それより派手に再構築され、押し付けられた、あのイメージ。
「……でもな、俺はそれから、毎晩のようにその日のことを夢に見るようになった。その夢は日が経つにつれて薄まっていくことはなく、むしろ恐怖をあおるように派手になっていった。それから俺は毎晩のように祈った。もう夢を見ませんようにって。」
「……それで?」
「それで、ある日とうとうその悪夢を見なくなった。いや、夢全般を見なくなったかな。でも想像するとすぐに思い出すから、子どもらしい空想も妄想もしなくなった。「将来の夢」みたいなものまで忘れることになったぐらいに。」
「………。」
夢華は、どこか寂しげな表情だ。
「そんな顔をするな。だからこそ、俺はこの頭脳を手に入れ、あいつの野望を食い止めることができたんだから、むしろ感謝するぐらいだよ。」
「………でも」
「そう思わなきゃ、奏も浮かばれないだろう。」
そう言い放つ一紗は、今すぐにでも泣きそうで。
その言葉は、奏のためだけではなく、自分を保つためにも放たれたもので。
気が付いたら、夢華はその手を伸ばし、一紗の頭をがしがしと撫でまわしていた。
「……なんだよ。」
「何でもないわ。撫でたくなっただけ。」
「そっか。」
「そうよ。」
「…………ありがと。」
「どういたしまして。そろそろ帰る?」
「ああ。」
荷物をまとめ、最後にもう一度手を合わせてから墓地を去り、いつもの通学路まで戻ってくる。
ふたりはそのまま、あの時と同じように、並んで通学路を歩く。
一紗が、呟く。
「だけどまあ、あれからこうなるとは…。奏に知られたら何て言われるか…。」
「いいじゃない。私はあの防空壕に好きでいたわけじゃないって、あのとき言ったでしょう。」
「でもなあ…。」
「それに、一紗にもメリットがあるのよ?」
「なんだよ。」
「まさかあなた、一人だとご飯の支度もろくにできないなんてねえ。」
「仕方が無いだろ。いままで、ずっと奏に任せっきりだったんだから…。」
「ふふ、そうね。」
夢華が一歩前に出て、正面に立つ。その顔は、どこか明るい。
最初に抱いた影のある印象は、今では微塵も感じない。
「だから、私が世話をしてあげるって決めたの。奏ちゃんの代わりにはなれないけど、いろいろ一紗には手伝ってもらったから、そのお返しとしても。私、頑張るね。」
「鐘ヶ江を止めたのは、俺が、俺のためにやったことで…。」
「それでもいいの。一紗がいなかったらあいつは止められなかった。それに、私はもうやりたいことなくなっちゃったの。だからこの身体で、きみの隣で、第二の人生を楽しむことにするわ。」
堂々と胸を張って言い張る夢華。その様子に、自然と笑みがこぼれる。
しばらく歩くと、あの交差点が目の前に迫る。
「そうそう、私のことはお姉さんとして敬いなさい。」
「身体は同い年だろ。」
「精神年齢は違うでしょ。」
「それはそれで「お姉さん」ってのは無理が…」
「な・に・か?」
「ごめんごめん、冗談だよ。」
「そう、ならいいわ。」
かつて別れた交差点。
「これから、よろしくな。」
「こちらこそ。」
ふたりは、自然と同じ方向へ足を進めていた。
Anakasico 銀礫 @ginleki
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