第四章 裏切りと忠誠と 3
シャルロットがアードラー隊の悲報を聞いたそのとき。
エッツェルは、オーミル城へと戻ってきた。何とか日没までに間に合った。勝手口からこっそり部屋に戻ろうとしたら、襟首を掴まれた。
「お城、抜け出してましたね、エッツェル様」
頬を膨らませてぷんすかと怒っているのは、オーミル城で下働きをしているアイシャだ。メイドたちの中では最年少、体格もかなり小柄だが、エッツェルやフィリップに対してもはっきりと物を言う。
「な、何のことかな」
「何が、『部屋にこもって作業をするから、絶対にドアを開けないでくれ』ですか! 遊びに行ってたんでしょう! もう、叱られるのは私なんですよ!」
だが、策はある。エッツェルはとっておきを出した。
「ああ、すまない。これをあげるから、勘弁してくれないか」
懐から取り出した包みを手渡すと、アイシャはぱちりとした目をひときわ大きく輝かせて、喜びを身体全体で表現した。
「こ、これは……ゲマナにあるビンゲン洋菓子店のいちごタルトじゃないですか! 凄い! 私が今食べたいものを、どうして知っていたんですか!? 心読めるんですか!? というか、どうやって手に入れたんですか!?」
「君が食べたいと話しているところを、偶然、聞いちゃってね。反徒どもの偵察も兼ねて、ゲマナ区に潜入して買ってきた」
「そ、そんな危険を冒してまで!? 私のために!?」
アイシャの瞳は、エッツェルへの感謝の念でいっぱいである。若干の後ろめたさを感じながらも、エッツェルは元気の良いメイドに愛想を振りまく。
「いつも君には世話になっているからね。ああ、これは兄上には内緒だよ。また俺が説教されてしまう」
「うわあ。誰かさんのせいでゲマナ区が陥落しちゃったんで、もう買いに行けないと思っていたんですよ! ありがとうございます!」
明らかに一言多いのは、この娘の欠点というよりは、愛嬌というべきであろう。
「はっ! お菓子で釣ろうなんてずるいですよ! お屋敷を勝手に抜け出すのは、やっぱりダメです! もう二度とやらないでくださいねっ」
「……」
「そ、その顔は、またいつか抜け出すつもりですね」
「頼むよ。来週、どうしても行きたいところがあって……。俺は、今度君とオーミル区立植物園でデートをする。そういうことにしておいてくれ」
「もう。でも、植物園なら、私行きたいです! エッツェル様と一緒に、真っ赤なバラとか見たいです! いつか、本当にデートしてくださいねっ」
「あ、ああ、そうだな」
「絶対ですよっ、エッツェル様!」
宿題を抱え込むことになってしまったが、まあ仕方がない。エトルシア帝国の皇子と、自由革命軍の正体不明の白銀の騎士。一人で二役を演じるのは、なかなか大変なのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます