第四章 裏切りと忠誠と 2
朧げな意識の中で、シャルロットは戦友たちの騒がしい声を聞いた。
「何でだよ、何でオレだけ除け者にされなきゃなんねえんだよ」
「フランコは男前だからいてくれてもいいのよ。観賞用の置物だと思っておけば気にはならないわ。あんたは邪魔。図体ばかりでかくてほんと邪魔」
「ということだから、邪魔者は消えてくれヴァルデマール」
「てめえ、フランコ! 自分だけシャルロットの側にいる気か!」
シャルロットが目覚めると、そこはゲマナ城の救護室だった。ベッドの上に寝かされているようだ。桶の水でタオルを洗っていた看護兵のアンナが、シャルロットに気付いて笑い声を上げた。
「あら、お姫様が目を覚ましたみたいよ」
何やら取っ組み合いの喧嘩をしていたフランコとヴァルデマールが、急に大人しくなって、シャルロットの枕元に駆け寄ってきた。
「大丈夫か、シャルロット!?」
「痛いところはないか? 気分はどうだ?」
「あ……うん。大丈夫。みっともないとこ、見せちゃったわね」
かあっと、顔が赤くなる。ぼんやりとだが、記憶がある。ヴァルデマールに担がれて、そのまま彼の肩の上で眠ってしまったのだろう。誰よりも元気で威勢のいい斬り込み隊長、男勝りな凄腕の女戦士。それが自分の持ち味だったはずなのに、それがいっぺんに台無しになってしまった。これではそこらのか弱い女の子と変わらない。
何よりも、よりによって
自分を殴りつけてやりたい衝動に駆られる。だが同時に、あのとき見せたエッツェルの振舞いに、言いようのない不思議な感覚を覚えたのも確かだった。
童女のように炎を恐れて取り乱したシャルロットを、エッツェルは笑わなかった。むしろ優しく励まし、気遣ってくれた。あの皇子にそんな一面があるとは意外だった。
「みんなは、宴会の準備をしているわ。作戦の成功を祝って、ね」
アンナが教えてくれた。アンナとはもともと仲良しだが、怪我知らず、病気知らずの自分が看護兵の彼女に世話になったのは初めてだった。
「まだコーディエ監獄に陽動に向かった部隊が帰って来てないんだが、まあじきに戻るだろう。そしたらパアッと派手に行こうぜ」
「お前は見た目通りの脳筋だなヴァルデマール。シャルロットは、安静にしていなきゃ駄目に決まっているだろう」
「いやいや、みんなと一緒に騒いだ方が元気が出るって。な、シャルロット」
「看護兵としては、フランコに賛成よ」
「アンナよう。お前はイケメンの言うことなら何でも賛成なんだろうが。この面食い看護兵め」
シャルロットはくすりと笑って、辺りを見回した。今、一番気になる男がこの場にいなかった。
「……シルバーなら、どっか行っちまったぜ」
「えっ」
「何だか知らないけど、あいつも忙しい奴だな」
ヴァルデマールの言葉に、残念なような、ほっとしたような気持ちでいると、アンナが食いついてきた。
「気になるの? 彼のことが」
「はあっ!? そ、そんなんじゃないってば!」
必死に、シャルロットは否定する。シルバーに気があると誤解されているのだとしたら、とんでもない話だった。
「あたしはただ、お礼が言いたくて。その、助けてもらったから」
「シルバーの正体には、私も興味があるわ。ふふっ」
アンナのことだから、男前かどうか気になるということだろう。エッツェルは、まあ、顔立ちは悪くない、かもしれない。
シャルロットは食堂を出て、二階の奥の部屋へと向かった。人質となっているアンジェリカの部屋である。
「ねえ、あいつはどこ!?」
扉を開けるなりシャルロットが叫ぶと、
「せっかちな女だな。エッツェルなら、オーミル城に帰ったよ。彼には門限があるからね」
アンジェリカに木製の玩具のようなものを見せながら、メディアが答えた。掌で玩具をこするようにして、勢いよくそれを宙へと飛ばす。アンジェリカがきゃっきゃと喜んだ。
「面白いだろう? タケトンボというのだよ」
「へえ、不思議なものね。……って、そうじゃなくて」
メディアののんびりした様子には、いつも調子を狂わされてしまう。そういえば、メディアっていつからが革命軍にいるんだっけ? よく思い出せない。
「気になるのか? エッツェルのことが」
「あ、あたしはただ、あいつにお礼を言おうと思って……」
エッツェルは鼻持ちならない男だが、生命を救われたのは確かだ。礼も言わないのでは、シャルロットの流儀に反する。それに、あのときの醜態は誰にも言わないよう、強く念を押しておく必要がある。ついでにエッツェル自身もきれいさっぱり忘れてくれればよいのだが……。
タケトンボを飛ばしながら、メディアは飄々とシャルロットをからかった。
「泣き落としで皇子をオトそうとするとは、やるではないかね」
「ち、違う! あたしは別にそんなつもりじゃ――」
「おや、ということは泣いたのは図星かね。カマをかけてみたのだが」
しまった。エッツェルは決して口の軽い男ではない。メディアは何も聞いていなかったのだろう。それなのに自分から口を滑らせてしまった。
「エッツェルさまをオトすのは、あたしだよー!」突然、アンジェリカが口を差しはさんできた。「クレアねえさまの代わりに、あたしがエッツェルさまとケッコンするの!」
「「そ、それは駄目!」」
そんな言葉が自分の口から飛び出して、シャルロットは驚いたが、メディアが同じ言葉を叫んだことにはもっと驚かされた。いつも冷静な彼女でも、慌てふためくことがあるのか。
「い、いやその。アンジェリカはまだ九歳だろう? いくら何でも早すぎる。エッツェルが幼女嗜好の持ち主だと誤解されてしまうではないかね」
「あ、問題はそこなんだ」
自分がエッツェルと結婚したいということではないらしい。考えてみれば、エッツェルとメディアがどういう関係なのか、シャルロットはよく知らずにいるのだった。恋人同士というわけではないらしいが、ただの知り合いという間柄でもなさそうである。
「だいじょうぶっ。アンジェリカは、慌てんぼさんじゃないよー。大人になるまで、ちゃんと待つからね!」
「君が成人になる頃には、エッツェルがおっさんになってしまうぞ」
「あっ、それは考えてなかった。うーん、困ったなー。でも、『るーあんこうしゃくい』をエッツェルさまが継ぐためには、いちぞくのものとけっこんすることがひつようだから、ええと……」
アンジェリカが深刻な表情で悩み始めた。
「……って、いやだからそうじゃなくて!」シャルロットは、無理やり話を戻した。「あたし、エッツェルに話があるんだけど、どうしたらいい?」
「おっ、告白かね?」
「違うってば。ちゃんとお礼がしたいだけ。あなたが思っているようなことは何一つないから!」
「そう怒りなさんな。タケトンボ、飛ばすかね?」
「いらない!」
「ええ!? タケトンボ面白いのに……」
アンジェリカががっかりした声を漏らす。どうもこの二人といると、調子が狂ってしまう。
ノックの音がして、ドアが開いた。現れたのは、ルクスだ。息を切らせている。慌てているようだ。
「シャルロット。まずいことになった」
いつもは陽気な赤毛の男が、青ざめた表情で告げた。
「アードラー姉弟の部隊が、全滅した」
「えっ……」
アードラー隊といえば、サーカス劇場から敵の目をそらすための陽動として、コーディエ監獄に向かっていた部隊だ。帰還が遅いとは聞いていたが……。
「彼らの撤退を密かに支援してくれるはずだったカタラス区の住人たちが、土壇場でデスピナに寝返って、アードラーたちの退路を塞いだんだ。民衆に手を上げるわけにもいかず、アードラー隊はそのままデスピナ軍に包囲されてしまった。一方的に攻撃されて、戦死者多数。残りは全員捕虜だ」
シャルロットは、唇をかみしめた。ゲマナ区を占拠して勢いに乗っている自由革命軍にとって、手痛い敗北である。
「僕が馬鹿だった! ゲマナ区を政府軍から解放したとき、大衆は熱狂的に僕たちを迎え入れてくれた。カタラス区の人たちも、心の中では僕たち革命軍を応援してくれているとばかり思っていた。でも、甘かった。彼らはデスピナの方をこそ支持していたんだ」
ルクスの口からは、いつもの冗談も出てこない。シルバーから提供された情報をもとに今回の作戦を立てたのは、彼である。それだけ責任を感じているのだろう。
でも、本当に彼らは裏切ったのだろうか。シャルロットの心に、一抹の疑問がよぎる。彼らには、何か事情があったのではないだろうか。
もしそうだとしたら、困っている仲間は助けるのが、自由革命軍の流儀だが……。
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