第四章 裏切りと忠誠と 1
「シャルロットとシルバーがまだだ!」
その報告に、皆の顔は真っ青になった。
サーカス劇場の舞台はめくるめく炎に呑まれていた。サーカス団の下っ端の男が、革命軍の目を盗んで魔導粉に火をつけて爆発させたらしい。組織ぐるみの不正を暴かれ、破れかぶれになっての行動なのだろう。
火傷を負い、あるいは煙を吸って肺をやられながら、ほとんどの者はどうにか観客席まで逃れることができた。ここにもいつ火が燃え移るか分からず、早く外に避難する必要があった。だが、金髪の娘と白銀の騎士の姿が見えない。
いろいろと茶化しはしているが、みんなシャルロットのことは大好きだ。シルバーは得体の知れない新参者だが、フェルセンを破ることができたのは彼の策があったからだと聞いている。ルクスが強く推している実力者だ。二人とも、今の自由革命軍に欠かせないメンバーである。ここで失うわけにはいかない。
「てめえら!」血の気の多い大男ヴァルデマールがサーカス団の団長の胸倉をつかみ、殴りかかろうとした。「よくもオレたちをたばかってくれたな!」
「やめなさい」看護兵のアンナがそれを制した。「自由革命軍では捕虜の虐待はご法度よ」
「ちっ」ヴァルデマールはやむなく拳を下ろした。
「だ、大丈夫よ」アンナは努めて明るい声を出した。「シャルロットが『絶槍フラゴレイヤ』を使えば、舞台の板くらいは簡単にぶち破れるわ。すぐに脱出……」
「フラゴレイヤとは、これのことかね?」
メディアの声に、皆が絶句した。黒いローブから伸びた細い指に握られていたのは、シャルロットが愛用する虹色の短槍だった。
「おいメディア。何で、お前がそれを持ってる」
「今は使わないから、預かってくれと言われた」
「駄目じゃねーか!」
ヴァルデマールは涙目だ。状況は絶望的だ、と誰もが思った。
「心配するな。シルバーは、こんなところでくたばる男ではないさ」
「そんなこと言ってもよお! あの炎の渦だぜ!?」
一人涼しい顔をしているメディアに、ヴァルデマールは顔に似合わぬ弱音を吐いた。
「オレ、シャルロットがいなくなったら、何のために生きてけばいいのか分かんねえよ」
「えっ、ヴァルデマール、お前、『あんな化け物女はカンベン』とか言ってなかったか?」
驚きの声を上げたのは、金髪巻き毛の優男、フランコだ。
「そりゃ言ったけどよ。化け物は化け物でも、化け物界の天使だろ、あのシャルロットの可愛さはよう」
「ではお前は、俺の恋敵ということになるな」
「何だと、お前もシャルロットに惚れてたのか」
「よし、一つ賭けをしよう。二人であの炎の中に飛び込んで、シャルロットを助けた者が彼女に告白する権利を得る。負けた方は、自分の気持ちを抑え込んで、そいつを応援だ。もちろん、二人とも生きて出られたらの話だがな」
「そいつは面白い。いっちょやってやろうじゃねえか」
大男と優男、対照的な二人が腕まくりを始めたときだった。誰かが炎の渦巻く舞台上を指さした。
「おい、あれを見ろ!」
炎の中から現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ人影だった。右手には光り輝く細身の剣を持ち、左腕で金髪の娘を抱きかかえている。剣で炎をかき分けるようにして、颯爽とこちらに歩いてくる。
皆が息を呑んだ。
「すげえ! シルバーの奴、炎に呑み込まれてもうダメだと思ったのに、美女を小脇に抱きかかえて華麗に脱出してきやがった! どんな奇術だよ! サーカス団の奴らもビックリだな!」
「というか、あの金髪の美女は誰だ……?」
「おい、あれ、よく見るとシャルロットじゃねえか。あの凶暴なシャルロットが、まるで可憐な乙女のようにしおらしくしてやがる! 俺としちゃ、そっちの方がビックリだ!」
「おいシルバー! お前いったいどんな奇術を使ったんだよ!」
皆が拍手喝采する中、エッツェルは無言だった。静かにシャルロットの身体をベンチの上に横たえる。
シャルロットは意識はあるようだが、朦朧として目の焦点がおぼつかない。看護兵のアンナが駆け寄って、彼女を介抱する。
「別に奇術ではない。奥の部屋にこれがあった」
振りかざしたのは、壮麗な装飾が施された細身の剣だ。青白い光に包まれている。
「『竜騎
「見つけてすぐ、これを使いこなしたってのか? シルバー、お前やはりただ者じゃねえな」
ニヤリと笑って、ヴァルデマールはフランコの肩を叩いた。
「勝負はおあずけだな、フランコ」
「まあ、何はともあれ、我らの姫が無事でよかった」
「よし、貰うもんは貰ったし、さっさとずらかるぞ」
自由革命軍の勇士たちは、劇場の外へ出た。入手した大量の武具が、台車に積まれている。火災のためにすべてを回収することはできなかったが、作戦は成功といってよいだろう。拘束しているサーカス団員たちを解放して消火活動を押し付けると、速やかに撤収に移る。まだ自力では立てないシャルロットは、ヴァルデマールが肩に担いだ。
メディアが険しい表情で、そっとエッツェルに近づいた。
「浮かない顔をしているな」
「顔は見えていないはずだが」
「兜で顔を隠していても、わたしには分かる」
言葉尻をとらえてごまかそうとしたエッツェルだったが、メディアには通じなかった。
「何かを、『心眼の加護』で見たのだな。言ったはずだぞ。『加護』の力に、呑み込まれないようにしたまえ、と」
エッツェルはしばらく無言だった。まだ心の整理が追い付かなかった。他人の心の中の、奥の奥にあるもの。それを覗き見るということが何を意味するのか、自分は少しも分かっていなかった。
「これが、『
「……なるほど、君は彼女の心の中を、すべて覗き見たというわけだ」
意地悪な笑みを、メディアは浮かべた。
「ようやく理解したようだな。もはや彼女は、君にとって他人ではない。彼女が悲しんだり、苦しんだりするところを見れば、それは我が事のように君の心の中に返ってくるということだ」
「俺の心の中に住んでいるのは、クレアただ一人だと思っていた。これからも永遠に、俺が死ぬまで、ずっとそうだと思っていた」
「ほう。死んだ婚約者のことをずるずると引きずっていると思ったら、もう別の女に惹かれているのかね。男というのは勝手なものだな」
「そんなんじゃない」
容赦のない言葉で、メディアはエッツェルを責め立てる。彼女は暗にこう言っているのだ。この程度の試練には、耐えてもらわなければ困る、と。エッツェルは繰り返した。
「そんなんじゃない」
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