第二章 皇族たち 1
およそ三百年前。戦乱渦巻くエトルシアの大地は、武略に長けた一人の男の下に統一された。男は自らが征服した領地に帝政を布くことを宣言し、エトルシア帝国初代皇帝ロムルス一世と名乗った。
ロムルスが目指したのは、強力な中央集権国家である。強引な強制移住政策によって、帝都アウラには百万の民が集められた。
帝都アウラは、サイノス河・アサノス河の両河から運ばれた土砂が堆積してできた扇状地の上に作られている。西方諸国の交通の要であるこの都には、商人、旅芸人、学者、職人など、多種多様な人間がつどい、金細工、象牙、絵画、絹織物、葡萄酒、胡椒、馬、魔導石など、あらゆる交易品が市場を賑わせた。「帝都アウラは世界の半分」と称されるゆえんである。
ロムルスは己の権力基盤をより強固にするために、帝都アウラに恐るべき仕掛けをほどこした。魔導の力を用い、自身が住まう皇宮の周囲に『皇宮結界』と称される不可視の障壁をつくり上げたのである。これがある限りいかなる敵も皇宮に侵入を果たすことも、攻撃を仕掛けることもできない。ただ一つの攻略方法は、皇宮を取り囲む七つの区をすべて占拠し、皇宮に通じる七つの門を同時に攻撃することだと言われている。
皇帝の執政は過酷であった。民は強制的に徴用され、税は重く、毎年のように近隣諸国への軍事遠征が繰り返された。皇帝に対するいかなる批判も禁じられた。当然、不満は皇帝への反乱という形をたどったが、『皇宮結界』が暴君の絶対的な守護神となって彼らをはねのけた。
二十年にわたる治世を経て、皇帝ロムルス一世が病に倒れると、人々は次の皇帝が先代よりは民のことを思ってくれることを期待した。後を継いだ長子オレステスが、少なくとも見かけ上は温厚で情のある人物に思えたからである。だが即位からほどなくして、オレステスは父と代わらぬ、いや父以上の暴君としての本性を現した。再び反乱が発生したが、やはり『皇宮結界』が彼を守った。
以後、エトルシアには三百年にわたり三十七人の皇帝が君臨した。彼らの中には武勇に優れた者、奸智に長けた者もおれば、芸術に秀でた者、あるいは政治に何の関心も持たぬ凡愚の者もいた。だが、皇帝たちには一つの共通項があった。歴代の皇帝は、ほとんど全員が暴君だったのである。初代皇帝がつくり上げた強大な防御機構は、ほしいままに奪い、殺し、支配することを彼の子孫たちに許した。
現在の玉座の主は、第三十七代エトルシア皇帝アレクサンデル二世である。歴代の君主に倣い、彼もまた恐怖と専制によって民を支配した。南方へ無益な遠征を行うために群衆を強制的に徴用し、豊かな財力を誇る名家を難癖をつけて潰し、美女を手に入れるためその夫に無実の罪を着せて殺した。まさにエトルシア皇家の血筋にふさわしい性格の持ち主であった。
だが、いつの世でも圧政に抵抗しようと志す者は必ず現れる。アレクサンデル二世に対しても、その支配を打倒しようとする動きが民衆の中から起こった。いつしか彼らは自由革命軍を名乗り、皇帝に忠誠を誓う政府軍との間に抗争を繰り広げてきた。
皇帝アレクサンデル二世には七人の皇子・皇女があり、それぞれが帝都アウラの七つの行政区の司令官を務めていた。彼らはまた、それぞれの区の行政の中枢たる城の城主も兼ねている。
すなわち、
長男ステファン、二十六歳。新緑の街エンジ区の司令官。
次男ジシュカ、二十三歳。風と竜の街ズィモーク区の司令官。
長女デスピナ、二十一歳。月影の街カタラス区の司令官。
三男フィリップ、二十歳。商業の街オーミル区の司令官。
次女アニエス、十九歳。魔導の街ジャヤ区の司令官。
三女リヴィア、十八歳。光彩の街ディヴァ区の司令官。
四男エッツェル、十八歳。職人の街ゲマナ区の司令官。
の、七名である。
だが、エトルシア建国紀元三一八年十月十四日。その一角が、ついに崩れた。末子エッツェルが守るゲマナ城が陥落し、その支配権が自由革命軍へと移行したのである。
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