第一章 ゲマナ陥落 2
「ぐうっ!」
光の波がほとばしって、今まさに槍の一撃をエッツェルに叩きつけようとしていた女戦士の
≪ならば、くれてやろう。世界を変えるための、世界を手に入れるための、『加護』の力を≫
あの「声」がそう告げた瞬間、何か人知を超えた凄まじい力に守られたことを、エッツェルは感じ取った。傷の痛みが、すっかり消えている。
何が……起きたんだ? エッツェルは呆然となったが、驚いたのは女戦士も同様だった。
「何なの、今の衝撃は」
女戦士は弾みで床に倒れ込んだが、さほどダメージは受けていないらしい。ゆっくりと立ち上がる。エッツェルも、身体を起こした。先ほどよりもずっと、身軽になった感じがする。
動ける。戦える。何者かが未知の力によって、エッツェルに再び戦う活力を与えてくれたのだ。
≪わたしは君に、他の誰にもない『加護』の力を与えた。今や君は『
その「声」を聞きながら、エッツェルは紫のマントを翻し、床に転がっていた剣を手に取った。女戦士の絶技を受けたときに、取り落としたものだ。『竜騎刀ナーガ』の名で呼ばれる魔導戦器である。一方、女戦士の戦器『絶槍フラゴレイヤ』は、光の波に弾き飛ばされ、石壁に突き刺さっている。
形勢逆転だ。エッツェルはほくそ笑み、両手で剣を強く握りしめると、女戦士へと一歩を踏み出した。
精神を研ぎ澄まし、『斬撃』の絶技を放つ。振り下ろされた剣からほとばしるまばゆく青白い閃光が、まっすぐに女戦士を襲う。
――だが。
「何ッ」
女戦士の速さはエッツェルの想像を凌駕していた。しなやかに上半身をひねって『斬撃』を紙一重でかわすと、石畳を蹴り付け、勢いよくエッツェルに飛びかかる。エッツェルの背中に激痛が走った。気が付くと、彼は床に叩きつけられ、女戦士はその上に馬乗りになっていた。女戦士の左手はエッツェルの右手首をがっちりとつかんで離さず、右手の短剣は彼の喉へと突き立てられていた。『竜騎刀ナーガ』は、再び彼の手を離れて床に転がっている。
「ばかな」エッツェルはうめいた。「どうしてこんなことが」
簡単に、振り出しに戻されてしまった。『加護』とやらは、何だったのか。魔導戦器の威力は使う人間の力量に大きく左右される。それと同じで、自分のような無力な人間が身に着けても何の意味もないものだったのか。
「この、化け物女め!」
「化け物で悪かったわね!」憮然とした様子で答えて、女戦士は短剣を鋭くちらつかせた。「さっきは驚かせてくれたわね。でも、無駄よ。今度こそ、あなたの息の根を止めてあげるわ」
この女戦士には、かなわない。やはり、悪あがきだったのか。エッツェルが観念しかけたそのとき、驚くべきことが起こった。
≪こいつを倒して、この戦いを終わらせてやる!≫
声、のようなものが、エッツェルの心の中に流れ込んできたのだ。
≪皇子を倒せば、あたしが一番手柄だ≫
何だ、これは。異常な出来事に、エッツェルは困惑する。先ほど『加護』とやらを与えられたときと同じような現象だが、あの女のものとは違う声だ。
もしや……。この女戦士の、心の中の声なのか?
俺に与えられた『加護』とは、他人の心を読む力なのだろうか。女戦士の攻撃に必死で抗いながら考えを巡らすエッツェルの中へ、さらなる声が流し込まれる。
≪政府軍は、シャンベリ村のみんなの仇。母さんと、兄さんの仇。絶対に許すわけにはいかないわ≫
記憶をたどる。シャンベリ村。北東のアルラス県に位置する辺境の村だ。アルラス県は反徒どもに味方していたが、一年前、エッツェルの長姉デスピナを総司令官とする掃討作戦によって、制圧されている。デスピナの下で一軍を率いてシャンベリ村を攻略したのは、勇猛だが粗暴と強欲、好色で知られるフェルセン将軍だったはずだ。となれば、何が起こったのかは想像がつく。
「シャンベリ村のことは気の毒だった」
女戦士の動きがぴたりと止まった。驚きのあまり、口をぽかんと開けたままエッツェルをじっと見つめている。
≪あたしのことを、知っているの!? このシャルロットのことを≫
「お前がシャルロットだな。アルラス県シャンベリ村出身の」
エッツェルが語りかけると、女戦士は動揺して短剣を取り落としかけた。どうやら間違いないらしい。エッツェルとしては、与えられた能力に驚いている
「あの蛮行を行ったのは、フェルセン将軍という男だ。フェルセンの素行については、俺も常々問題があると思っていた。民をもっといたわるよう、本人には何度も忠告していたし、アルラス県制圧作戦の司令官から外すよう、皇帝陛下に言上申し上げたこともある。だが、聞き入れられなかった。それであの悲劇が起きた。今でも、本当に申し訳なく思っている」
「そんな……」
嘘である。エッツェルはフェルセン将軍と口をきいたことはないし、彼のことで皇帝と話をしたこともない。だが、彼が粗暴なフェルセン将軍を好もしく思ったことは一度もなく、その気持ちに限っては偽りではないといえた。
≪政府軍の中にも、そんな人間がいたなんて≫
信じる心と疑う心がシャルロットの中でせめぎ合い、前者が後者を呑み込もうとしている。そのことが、エッツェルには感じ取れた。
ばかめ。エッツェルはほくそ笑んだ。この娘を丸め込むまで、あと一歩だ。他人の心を読むこの『加護』の力さえあれば、小娘一人を言いなりにするなどたやすいことだ。
この状況を切り抜けてやる。そしてすぐに、この小娘も、『自由革命軍』を名乗る他の反徒どもも、残らず殺してやる。俺が愛したただ一人の女性――クレアを殺害した報いを、受けさせてやる。
そう決意したエッツェルの思念に飛び込んできた少女の『心の声』は、だが、彼の予想もしないものだった。
≪ううん、信じちゃ駄目。政府軍は、ルーアン公女クレアを殺害してあたしたち革命軍に濡れ衣を着せた卑劣な連中よ。そんな奴らの言うことなんか、信じられるわけがないじゃない!≫
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます