第六章 新たなる決意 4
ステファンは、信頼する部下のゲディミナス伯をディヴァ城に派遣し、城主リヴィアが不在で機能不全に陥っている城の支配権を掌握させた。ゲディミナス伯は、三十年に及ぶ軍歴を誇る歴戦の猛将であり、著名な兵法書の作者として知られる軍学者でもあった。ごく最近まで西方諸州で政府軍の指揮を執っており、ステファンの東方遠征には参加していない。「自分がステファン様に従って従軍しておれば、ネフスキーごとき無学者に負けを喫するようなことはなかったものを」というのが、彼の最近の口癖であった。
ディヴァ城を接収すると、彼は兵士たちに向かって、「自分が守将となったからには、反徒どもには絶対にこの城は渡さぬ」と胸を張った。
――そのわずか三日後、ディヴァ城は陥落した。
「こ、これはどうしたことだ!」
白い頬ひげを震わせて、囚われのゲディミナス伯は革命軍に抗議した。彼の身体には、無数の槍が突きつけられている。彼は寝間着姿であった。ぐっすりと眠っている間に、城は敵の手に落ちていたのである。彼は反徒どもに対抗するための策をいくつも練っていたのだが、敵の動きがあまりにも早すぎて、何の準備もできぬままむざむざと醜態をさらす羽目になったのである。
「あんたがゲディミナス伯?」
金髪のシャルロットが虹色の槍をちらつかせると、白ひげの老人は胸を張った。
「いかにも、自分がかの『ゲディミナス兵法』の著者である」
ゲディミナス伯が記したその兵法書を、シャルロットは読んだことがなかった。だが、彼の著書に対するルクスの評価を聞いたことはあった。「よくできた教科書だな、だけど戦争ってのは教科書通りにはいかないものさ」と、赤毛の若者は笑って彼女に語ったのだった。
「自分にはお前たちを撃退するための、三十六通りもの秘策があったのだ!」ゲディミナス伯は、自尊心をにじませた。「時間さえあれば! わずかでも時間さえあれば、お前たちなどにしてやられることはなかったものを!」
「あなたに必要だったのは、三十六通りの策なんかじゃなくて、すぐにでも実行できるたった一つの策だったのよ」
冷たく言って、シャルロットは部下に伯を縛り上げるよう命令した。
本来の城主であるリヴィアの指示によって革命軍を城内に導き入れた少女が、おずおずと姿を現した。酒場の踊り子出身で、リヴィアによってディヴァ騎士団長に任じられたシャジャルである。
「リヴィア様!」
自由革命軍の中に主君の艶姿を見つけて、彼女は喜びの声を上げた。
「よかった! あたしたち、ずっとゲディミナス伯に軟禁されていたんです。よかった、リヴィア様がご無事で」
「ボクも嬉しいよ。久々に、キミの顔が見れて」
「あたしたち、リヴィア様の言いつけ通り、お城に火を放ちました。ゲディミナス伯が混乱して右往左往している隙に、城壁の石を取り外して、秘密の通路から革命軍の皆さんをお城の中に入れました」
ゲディミナス伯は、リヴィアによって取り立てられた娘たちを一ヶ所に集めて軟禁していたが、監視の目は緩かった。小娘と侮っていたのが、仇になったのである。
「すごい、すごい。褒めてあげるよ」
「ほんとですかあ」
「というわけで、縛られてくれる?」
「はいい?」
革命軍の女兵士たちがシャジャルに近寄って、寄ってたかって彼女を縄で縛り上げた。
「リヴィア様、ひどいです。どうしてあたしを縛ったんですか」
「ごめんごめん。でも、キミはディヴァ騎士団長の地位を剥奪されたわけじゃないから、いちおう政府軍の将ということになるんだ。しばらくは我慢しておくれよ」
敬愛するリヴィアが言うのなら仕方がない。シャジャルが大人しくしていると、こらえきれずにリヴィアがこぼした。
「それにしても縄がおっぱいに食い込んで、なかなかエッチな格好だよね」
「リヴィア様」
「うん?」
「もしかして、本当はあたしが縛られているところを見たいから、あたしのことを縛るようにお命じになられたのですか」
「ばれた?」
「おふざけはやめてくださいよう、ぐすっ」
「そこは『貴様たちなどには屈さぬぞ! ひと思いに殺せ!』ってかっこよく啖呵を切る場面だよ、もうっ」
緊張感のないやり取りを、呆れた顔で見つめているのはシャルロットである。
「やれやれ。このお姫様は、いったい何をしているんだか」
戦争も革命も、このお姫様にはお遊びみたいなものなのかもしれない。お守り役を命じられた自分こそいい迷惑である。
「……って、いけない、あたしの方こそ、いったい何をしているんだか」
リヴィアとシャジャル主従のやり取りを、のほほんを見ているだけではいけない。ゲディミナス伯を捕らえたとはいえ、ディヴァ城攻略はまだ完了していない。シャルロットの戦力は、この戦いの要なのである。
「結局、エッツェルに告白もできてないし……」
状況の変化が目まぐるしすぎて、それどころではなかったのである。
「『人生は短い。若者たちよ、大いに恋を楽しむべし』か……」
ルクスの言葉を、ふとシャルロットは思い出した。彼にならって、大胆な行動に出てみるのもいいかもしれない。そう思う彼女だった。
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