第六章 新たなる決意 3
革命軍の本拠地であるゲマナ城にひょっこりとシルバーが姿を現すと、城じゅうがてんやわんやの大騒ぎとなった。行方不明であるはずのリヴィア皇女が、彼に同行していたからである。
重大な発表をしたいとシルバーが通告すると、作戦本部となっている大会議室に、ルクス、マーチャーシュ、カルロス、アードラー姉弟ら、自由革命軍の主だった幹部をはじめ、多数のメンバーが集まった。帝都七区委員会のお偉方もやってくる。
シルバーは革命軍の仲間たちに、驚くべきことを告げた。リヴィア皇女は、ずっと以前から皇帝の専制に心を痛め、自由革命軍に強く共感していたというのである。
「リヴィア皇女は以前より、ディヴァ区の民を苦しめる悪辣な腐敗貴族たちを一掃し、庶民の暮らしやすい社会をつくるために尽くしてきた。彼女の心は、我々とともにある」
そんな情報は初耳だったが、辻褄は合っている。他のどの区でも言えることだが、ディヴァ区の高官たちは、特権階級に属していることをいいことに、民に対してやりたい放題であった。賄賂をむさぼり、街なかで狼藉をはたらき、皇帝の権威をかさに着て威張り散らしていた。その彼らが、リヴィアが司令官となってからは次々と粛清されたのである。
「後任に年若い少女たちを充てていたのは、彼女らの政治への参画意識を高め、自立した市民として育てるためだったそうだ。決して決して、リヴィア皇女が単なる趣味でおこなった気まぐれ人事などではない……のだそうだ」
シルバーは淡々と説明していたが、すべてを見通す神ならば、シルバーという仮面の下でエッツェルが苦虫を噛み潰したような顔をしていることに気付けたかもしれない。彼は自らの言葉で語っているように振る舞っていたが、その台本を書いたのは、他ならぬリヴィアだった。
エッツェルとしては不本意極まりないのだが、誓約の女神ルクレティアの名を出して約束してしまった以上、従うしかないのである。ルクレティアは、彼の愛したクレアが深く信仰していた女神であり、彼女が斃れたのもこの女神の名を冠した教会であった。その女神への誓いを穢すことは、エッツェルにはできなかった。
「……というわけで、ジシュカ皇子に陥れられたリヴィア皇女は、帝国を見限って我々の味方となることを決意してくれた。諸君、温かく迎えてくれればありがたい」
「みんな、よろしくねっ☆」
最後にリヴィアが微笑みかけると、静かに説明を聞いていた革命軍の闘士たちは、ざわざわとおしゃべりを始めた。
「皇女サマまで味方につけるなんて、いつものことながらシルバーはとんでもねえ奴だな。いったいどんな手品を使ったんだ?」
「それにしてもリヴィア皇女、噂通りの、すっげえ美人だな」
「なかなか気さくな方じゃないか。皇女というから、どんなにお高くとまってるのかと思ったが」
「リヴィアさま! リヴィアさまが来てくれて、アンジェリカはうれしいよー!」
困惑しつつも歓迎、というのが、おおよその反応であった。リヴィアに目でせっつかれて、エッツェルはさらに駄目押しをする。
「ルクス、受け入れてくれるな?」
「もちろんだ」真顔でルクスは即答した。「こんな美しく可憐なお姫様に反逆の罪を着せるなんて、政府軍は最低だな。絶対に許せない。みんな、そう思わないか?」
ルクスは計算のできる男である。皇女であるリヴィアを味方に引き入れることの影響力を、よく知っている。加えて、リヴィアを悲劇のヒロインに仕立て、彼女を「迫害」した政府軍への憎しみを煽ることができれば、革命軍の団結力をさらに高めることができるだろう。
それくらいの算段は、即座にできるルクスである。だからエッツェルは彼に話を振ったのだが、美女には甘いルクスだ。単純にリヴィアの美貌にのぼせているだけなのかもしれなかった。
「我々帝都七区委員会も、リヴィア皇女の自由革命軍への参加を承認する。皆の衆、よろしいな?」
意思決定の遅さに定評のある自由革命軍の首脳部すら、二つ返事である。小難しい顔を必死で取り繕ってはいるが、老人たちの鼻の下が伸びているのを、エッツェルは見逃さなかった。男たちの心をいとも簡単に動かす双子の姉に、改めて恐れ入る彼であった。
「あたしは認めないわ!」
一人納得がいかない様子なのは、シャルロットである。気勢を上げて、彼女はエッツェルにくってかかった。
「だって、おかしいでしょ!? この女は、エトルシア帝国の皇族よ? あたしたちの敵じゃない! 仲間になんてなれるはずがないわ!」
「ならば問おう」とエッツェル。「政府の不正をただし、皇帝の無道を改めさせ、国家を変革せんと志すに、地位や身分など何の関係がある?」
「いや、それはそうだけど」口をとがらせるシャルロット。「でも、皇族として何不自由なく育ったこの子に、そんな気概とか志なんかあるはずないでしょ!」
「ほう。皇族に生まれた者は、例外なく皇帝の悪逆に与すると?」
「え……? そりゃ、中にはそうじゃない人も、いるかも、しれないけど……」
シャルロットの言葉が、急速にしぼんでいく。皇族というなら、シルバーことエッツェルも同様である。リヴィアを否定することは、エッツェルを否定することでもある。
巨漢のヴァルデマールが、ニヤニヤ笑ってシャルロットの肩に手を置いた。
「シャルロットよう。おめえの気持ちは、よく分かるぜ。昨日までお前のことをかわいいとか美人だとか褒めそやしてた連中が、そろってこの皇女サマに鼻の下のばしてんだものな。そりゃ面白くないわな」
「そういうことを言ってんじゃない!」
ぴしゃりと言って、シャルロットはヴァルデマールを睨みつけた。
「ねえ……シャルロット」今度は弓使いのセシルが口を開いた。「歓迎してあげようよ。何だかあたし、この皇女様とは初めて会った気がしないの」
この発言に、リヴィアはくすくすと笑った。セシルは看護兵のアンナと仲が良いが、そのアンナの正体こそがリヴィアなのである。本人は無意識であろうが、なかなか気の利いた発言と言うべきであった。
皆の視線が、シャルロットに集中した。いつの間にか、拒否しづらい雰囲気ができている。
「……分かった、わよ」
しぶしぶといった体でシャルロットが応えると、天真爛漫、子猫のような瞳をきらきらさせて、リヴィアはシャルロットに手を差し出した。
「よろしくっ、シャルロット! キミのことは、シルバーから聞いてるよ。ボク、キミとは仲良くしたいなっ。この前はコロしかけちゃって、ごめんねっ♪」
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