第六章 新たなる決意 1

 シルバー率いる自由革命軍により大きな打撃を受けながらも、ジシュカはかろうじて帝都へと帰還した。

 またしてもあの白銀の騎士――シルバーに名を成さしめたのは不本意であり、屈辱であったが、東方諸州の王となっていた反乱勢力の巨魁・ネフスキーを短期間で討ち果たしての帰還である。兄ステファンのときとは異なり、堂々とした凱旋であった。

 帝都に辿り着いたジシュカを待ち受けていたのは、「ステファンがエッツェルを謀反の疑いで拘束している」との報であった。部下から詳しい話を聞いた彼は、すぐさまステファンに面会し、次のように主張した。

「兄上。シルバーの正体は、エッツェルではない。それは、ありえない」

「だが、確かな証言があるのだ」

「私はイオティカ丘陵で、シルバーと対峙した。恥ずかしながら、私はサイノス河での戦いに続いて、またしても彼の計略にしてやられ、危うく生命を落とすところだった。あの智謀、あの作戦指揮能力。間違いなく、以前私がサイノス河で戦ったシルバーと、同一人物だ」

 口を挟もうとするステファンを遮って、ジシュカは言葉を続けた。

「その間、エッツェルはずっとエンジ城に囚われていた。であれば、エッツェルとシルバーが同一人物であるなど、ありえない」

「だが、ホスティリウス教会の司祭が告白したぞ。サイノス河でお前とシルバーが戦っていた日、エッツェルはこっそり外に出かけていたと。教会にこもっていたというのは嘘で、自分は奴に強要されてでたらめな証言をさせられていたと」

「ここに司祭への告発状がある」

 ジシュカは、一枚の羊皮紙をステファンに突きつけた。それを見たステファンの顔色が変わる。司祭がむさぼっていた賄賂のリストであった。

「このような金に汚い人物の証言を、私は一向に信じる気にはなれぬ」

「む……だが、この娘の証言は、どうだ?」

 ステファンが指差す先には、空色の髪の娘が控えていた。エッツェル付きのメイドを務めていたアイシャであった。エッツェルに関する重要参考人として、ステファンがエンジ城に連れて帰って保護していたのである。

「アイシャとやら。本当に、エッツェルが敵のバリケードの中に入るところを見たのか?」

 すぐさま、ジシュカは彼女に問いただした。

「おかしいではないか。反徒どもの間ですら、シルバーの正体はほとんど知られていないと聞いている。エッツェルの首には賞金もかけられている。仮にシルバーの正体がエッツェルだとしても、素顔を晒して反徒どもの下へ行くなど、ありえないではないか」

 ジシュカは、正確にアイシャの証言の矛盾を突いた。アイシャはにこやかな笑みを浮かべて、意外なことを言い出した。

「えへ……実は、エッツェル様にそう言えって命じられたんです。自分の無実を晴らすためには、そうするしかないって」

「……どういうことだ?」

 尋ねるステファンに、アイシャはけろりとした顔で説明した。

「エッツェル様が監禁されているときに、そのシルバーとかいう反乱軍の頭目が姿を現したら、エッツェル様の無実が証明できるわけでしょう?」

「……まあ、そうだな」

「ステファン様がエッツェル様の監視をお解きになってしまったので、エッツェル様は、かえって困ってしまったんです。だからエッツェル様が一計を案じて……言ってる意味、分かります?」

「なんだその言い方は! それぐらいは分かるわ! おれを小ばかにしておるのか!」

 アイシャの物言いに、ステファンは激昂した。たかがメイドの分際で、ずいぶんと生意気な女だ。腹を立てたステファンは、いつの間にか彼女のペースに巻き込まれていることに気付かなかった。

「兄上。エッツェルよりも、もっと怪しい人物がいる。リヴィアだ。リヴィアはこのところずっと、公の場に姿を現していないと聞いている。シルバーの正体が彼女であっても、私は驚かない。むしろ彼女を捕らえて、取り調べるべきだ」

「ふん、もういい。分かった。エッツェルは無実だ。釈放してやれ。だが、おれを恨まんでくれよ。おれは帝国のためを思ってやったんだ」



 ステファンとの会見が終わると、ジシュカはそそくさとエンジ城を立ち去ろうとした。それを呼び止めた人物がいた。エリアーシュである。

「見事、ネフスキーの首を取られたとのこと。おめでとうございます」

「うむ……」

 ジシュカの表情は苦い。ネフスキーを破りはしたものの、またもあの白銀の騎士にしてやられ、ユスティーナを失う羽目になってしまった。

「ユスティーナのことは残念でした。ですが、ネフスキーの参謀を務めていた逸材を部下になされたとか。彼女に代わって、殿下を支えてくれましょう」

「そうだな……」

 ジシュカがユスティーナと男女の仲になっていたことを、帝都に残留していたエリアーシュは知らない。ジシュカにとって、彼女の代わりなどこの世のどこにもいないことなど、彼は分からなかった。

「シルバーの正体についての推理も、お見事です。いやあ、私は絶対にエッツェル様は違うと確信しておったのですよ」

「いや、まだシルバーの正体がリヴィアだと決まったわけではない。エッツェルである可能性も、わずかながら残っている」

「え? ですが……」

 エリアーシュは黒褐色の瞳に困惑の色を浮かべてジシュカを見返した。エッツェルではない、と主張したのはジシュカ自身である。不思議がるのは当然であろう。

「例の、不思議な力のことがある」ジシュカは説明した。「帝都で囚われの身でありながら、イオティカ丘陵でシルバーとして活動するような術も心得ているかもしれぬ。例えば……瞬間移動、であるとか。あるいは意識だけを他の者に移すとか」

「では、なぜエッツェル殿下はシルバーではないと主張なされたのですか。私には、わけが分かりません」

「もしそのような術をエッツェルが心得ているとすれば、いくら奴を監禁したところで、何の意味もないだろう。であれば、私が奴のことを疑っていないと思わせた方が得策だ。私が奴ではなくリヴィアを疑っていると奴に思い込ませることができれば、奴も油断するだろう」

「あー、あああ、なるほどなるほど」エリアーシュは膝を叩いた。「私もそうではないかと思っておりました!」

「……本当にそう思っていたのか?」

「ええ、それはもう」

「……まあいい。そういうわけだから、以後、エッツェルを私に近づけるな。奴が私に面会を申し込んでくることがあっても、適当に口実をつけて断ってくれ。リヴィアもだ。他人の心を読むような得体の知れない不思議な力を、二人のうちどちらかが持っているという前提で、私は行動することにする」

 一礼して、エリアーシュは退出した。彼がステファンに宛てた一通の封筒を手にしていることに、ジシュカは気付いていた。正式にジシュカに仕えるために、ステファンに暇を請うつもりなのである。

 あることに気付いて、ジシュカは舌打ちした。エッツェルが心を読む力を持っているとすれば、エリアーシュに自分の考えを打ち明けたのは失敗だった。自分だけでなく、エリアーシュもまた、エッツェルに近づけるわけにはいかなくなったのだった。

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