第三章 疑惑と追及 3
流麗な水晶の装飾の入った細身の剣を腰に下げ、黄金で縁取りされた眩い濃青色の鎧に身を包んだ美しい乙女が、颯爽とした足取りで騎士たちの前へと躍り出る。
ディヴァ騎士団長に就任して間もない、踊り子出身の少女・シャジャルであった。整った美貌には、だが、愛嬌の
「ステファヌス隊、左翼方面に展開せよ! 皇帝陛下のご威光を、不逞なる反徒どもに見せつけてやるのだ!」
凛とした声は緊張感に満ちた、堂々たるものだ。タルペイヤ教会通りを挟んで睨み合う反徒どもにも、気迫で負けていない。
「小娘が、貴様の指図は受けぬ!」
反発の声が、味方から上がった。脂ぎった顔立ちに禿げ頭、筋骨隆々の肉体を半裸にして晒している、いかにもむさくるしいこの男が、騎士隊長のステファヌスである。
「我々は好きにやらせてもらう。騎士団長どのは後方でお人形遊びでもしているがいい」
「よく聞こえなかったな」とシャジャル。「もう一度、言ってもらおうか」
「おう、何度でも言ってやるさ。ねんねの騎士団長どのは、ママのもとに帰ってお人形遊びでも……して……お……れ……?」
冷笑とともに踵を返そうとしたステファヌスは、ただならぬ殺気を感じてそのまま硬直してしまった。気付いたときには、シャジャルの細身の剣の切っ先が、彼の喉元に突きつけられている。目にも留まらぬほどの早業であった。
「今は私が指揮官だ。従ってもらおう」
毅然とした態度で、シャジャルは言い放った。十六歳の少女とは思えぬ迫力であった。
「このシャジャルは、恐れ多くも皇女リヴィア殿下より正式にディヴァ騎士団長の地位を賜った。今は私が、貴様の上官だ。そのことを忘れるな!」
何か言い返そうとしてステファヌスは果たせず、虚しくあごを上下させる。鋭い口調で、シャジャルはさらに畳みかけた。
「私の指示に従わぬ者は、リヴィア殿下への反逆者とみなして、我が
騎士たちは、息を呑んだ。誰もが彼女のことを、皇女殿下の気まぐれで据えられた、お飾りの騎士団長だと思っていた。だが、そうではなかったのか。宿将たちですら唸らせるような威厳と気品が、今の彼女には備わっていた。
「異存はないようだな。よろしい」シャジャルは流れるような動作で剣を鞘へと納めた。「では諸君、私の命令通りに布陣してくれたまえ」
黙々と、騎士たちはシャジャルの指示に従った。その様子を、後方からうっとりした表情で眺めている人物がいる。
「うんうん。やっぱりシャジャルはかっこいいなあ。ボクの見込んだ通りだよ♪」
皇女リヴィアであった。酒場で踊りを披露していたシャジャルを騎士団長に抜擢した張本人である。その姿を見かけて、シャジャルは泰然とした様子で彼女の側へと寄っていく。
勇ましく敬礼して、そっとリヴィアに耳打ちする。
「リ、リヴィアさまぁ」
シャジャルの口から零れ出たのは、先程とはまるで別人のような、気弱な声であった。
「あたし、やっぱりこんなの無理ですぅ。こんな怖いおじさんたちを率いて、悪魔みたいな恐ろしい反乱軍の人たちと戦うなんて、できませんよう」
「ちょ、ちょっと。情けないこと言わないでおくれよ」リヴィアは狼狽した。「キミには、酒場で鍛えた剣舞の腕があるだろ?」
「あんなの、ただの宴会芸ですう」
「それに、今の堂々とした立ち振る舞いは、女傑の風格十分だよ」
「そりゃ、あたしは俳優志望でしたから」
「だったら、与えられた役を最後までこなしてよ。観客のボクを、楽しませてよ。ね?」
リヴィアが懇願すると、涙目になりながら、シャジャルは頷いた。
「ほら、涙を拭いて。毅然としてかっこいい騎士団長のシャジャルでいておくれよ。後でたっぷりご褒美をあげるからさ」
「ふぇん……わ、分かりました……でも、ご褒美は絶対ですよっ」
頼りない声で懇願してから、顔をキリッと引き締めて、シャジャルはよく通る大きな声を全軍に響かせた。
「皇女殿下のおんためにも、この戦い、負けられぬぞ!」
「そう。それでこそボクのシャジャルだよ」
リヴィアは満足して頷いた。シャジャルは、すでに落ち着きのある、堂々とした振る舞いを取り戻している。リヴィアの亡くなった姉デスピナにも引けを取らないだろう。
「さて、ボクも次の行動に移らなきゃ。泥棒猫のシャルロットはコロし損なっちゃったしね。次の策を練らないと」
シャジャルの勇姿を惚れぼれと眺めながら、リヴィアは呟いた。これでも彼女は、なかなか忙しいのである。
「ふう。『
自分に言い聞かせるリヴィアであった。
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